紅葉に烏は鳴く
揺らめいた其れはまるで秋の日の紅葉のようだ。消えることを知らないとでも言うように、俺の里を焚き尽くす。
俺は立っていた。そう。立っていた。
手には漆黒の刃、烏一文字。甲冑に刺さる無数の矢。
落ち延びる事は出来た。だが、それは無数の犠牲の上での事。
そう。俺は生かされたのだ。
闘いたかった。
この命散ろうとも、我ら一族の名が過去の物になろうとも。
俺は闘いたかった。それが俺の、いや…それが脈々と受け継がれる我が一族・ハーネストの誇りなのだ。汚す事など誰にも許されない事。
そう思っていた。
だが、彼は言った。
草であれ。踏まれようと、抜かれようと命を守り育てる草であれ、と。
そうして俺は生かされた。
ならば。
俺はこいつらを、守る。守るのだ。
そして。
いつか俺はもう一度、草のように空を見上げよう。
手の中の烏一文字が、その漆黒が、紅蓮の焔を哀しく見つめ続けた。
ここは古来よりセイラの平原というらしい。
なんでもセイレーン族が昔ここに住んでいたとかいないとか。しかしそんな遺跡の痕跡なんてなく、きっと後世の作り話なのだろう。大した魔獣が出る訳でもない、気候も温暖な、過ごしやすい場所だ。
だが、この辺りには村らしいものは存在しない。ファルウルスの勢力圏に近いというのも理由の1つだろうがそのファルウルスですら開拓を進めていないのだ。それはこの場所が恐らく見渡す限り平原で、資源に乏しいのからなのだろう。
おかげで私達は特に苦労する事なくアウベルスへの旅路を進める事が出来た。しかし、資源に乏しいのは旅をする者にはなかなか深刻な問題だ。
そう、食料問題。水に関しては街道が小川の近くの為問題無いのだが、レイチェルとバースが旅に出るときにもって来た携帯食料の在庫もそろそろ芳しくない。小動物にでも出くわせば、それなりの食事も出来るだろうが、しかしそうそう遭遇出来る訳もなく、実際問題のんびりと旅路を楽しんでいる場合ではなかったのだ。
「あともう少しで黒霧の森が見えてくる頃ですよ」
前を行くレイチェルが私に振り返る。森に入れば木の実や食べられるキノコなどの山の幸もあるはず。食糧問題はある程度解決されるだろう。
「そっか、もうすぐか〜。ねぇ、その黒霧の森からアウベルスまでどれ位かかるのかな?」
「何事も無ければ半日で森からは抜けられるでしょうな」
ん?何事も?聞きづてならない言葉に私は俄に反応する。
「森は古来より魔獣の巣窟でしてな。人はおろか魔族ですら滅多に近寄らない場所なのです」
「ちょ、何それ!?そんなトコ二人で抜けてきたの?他の道は!?」
びっくりしてちょっと大きい声出しちゃった。
「ファルウルスの領土を避けるには森を抜けるしかなくて…。でも不思議なんですけど私達が通った時は1回も魔獣に出会さなかったんです。魔獣の気配はしてたんですけどね」
それはもう怖かったんですよ〜、とレイチェルは自分の肩を抱いて身震いしてみせた。
「でも帰りはエル様もいますし、心配いらないですね!」
うぅ、期待の眼差しが重いっ。
…うん。使える魔術、もうちょっと検索しておこう。備えておく事に越したことはない。
「エル様、お嬢」
バースが不意に立ち止まった。何やら空を見上げ身構えている。
「どうしたの?バース。雨でも降りそう…て今日もいい天気だよね」
「いえ、強い魔力を空に感じましてな。何か来ますぞ」
言い終わるとほぼ同時。逆巻く風を纏いながら、彼等三人は私達の目の前に舞い降りた。
一人は角度によっては緑にも見える長い黒髪を後頭部で結った、武士のような甲冑姿の精悍な青年。もう一人は青みがかった茶髪を短く乱暴に切った髪型が特徴的な、槍や刀を腰や背中に何本も身に着けた少年…と言っても差し支えないようなややあどけなさの残る顔立ちの青年、そして灰色の長い髪の、やつれてこそいるがどこか上品さを醸し出す、華奢で背の低い袴姿の少女。
そして一番目を引くのは三人共その背中に生えた烏のように真っ黒な翼。
「人族の子等よ、良く聞け!俺の名はトキワ・ハーネスト!!誇り高き翼人族、ハーネスト家の棟梁である!!」
トキワと名乗った武士のような青年は、腰に差した黒曜石のように黒く輝く刀を抜いてこちらに突きつけた。
前の世界なら刀なんか向けられたら怖くて動けなくなっちゃっただろうけど…何だろう?この状況を解決する方法を私、今頭フル回転させて考えてる。余裕がある、と言ってもいいのかもしれない。
それに、トキワからは殺意のようなものは何故か感じられなかった。この世界に来て感覚が少し変わったのだろうか。
「ここを通りたくば、荷物を置いてゆけ。俺は無駄な殺生は好まん。大人しくすれば命までは取らない」
えーと、これは…追い…剥ぎ?
未経験の状況に大きな戸惑いを覚える。…やっぱりここは異世界だ。治安のいい日本ではない。でも追い剥ぎって本当にいるんだ。
「ごめんね、私達だって本当はこんな事したくない。でも、生きるためには仕方ないの」
後ろに控えた女の子も身構えながら続けた。掌に魔方陣が現れる。あれは氷結魔術の術式だ。無詠唱で発動待機している所を見るとかなりの術者だと思う。…て、私見ただけでなんでそこまで分かったの?
「ウルミ、口を慎め。そなたは俺の後ろで見ているだけでいい」
「しかし、トキワ様!」
「控えよ、俺に任せておけ」
なんか…訳ありなのかな?
でも、こっちだって大人しく荷物を取られる訳にはいかない。まだアウベルスは遠いし、こんな所で野垂れ死になんて冗談じゃない。アウベルスを守るって、私約束したんだ!!
「レイちゃん、バースさんちょっと下がってて。私、ちょっと戦ってみる」
「おぉ、エル様の戦いを早々に拝見できるとは。さ、お嬢。後ろに控えましょう」
「エル様、お願いします!!」
やけに遠くから聞こえる二人の声。振り向くと二人はすでに近くの岩影に隠れていた。
あー、ちくしょう!!最初から私に戦わせる気だったな〜。
「やはり大人しく逃げてはくれぬか。…仕方ないな」
その整った眉をしかめながら、トキワは小さくため息をついた。
「殿、お気を付けを。あの変わった身なりの女から凄まじい魔力を感じますぞ」
いつの間にか武器だらけの青年も手に持つ槍を構えていた。俄かに緊張がこの場を支配する。
「分かっている。だが、ツルバミ。お前も下がれ。あれは俺の獲物だ」
不意に、トキワは嗤った。心底楽しそうな、そんな笑みだ。
「やれやれ、殿の困った癖が出ましたな。分かりましたよ。それにあなたは昔から言い出したらテコでも動きませんしね」
ツルバミ、という青年はやけにあっさりと引き下がった。どうやら彼はトキワの性格を熟知しているみたいだ。
「すまんな、お前はウルミを頼む。…待たせたな。貴公、名は何という」
トキワが刀を構えて私に問う。戦いの前に名前を名乗るなんて、本当に武士みたいだ。
「私はエル。宵闇の魔女・エルよ」
鎌柄愛流、とは名乗らず“エル”として名乗りを上げてみる。
理由は簡単。この世界で私はもう“エル”なのだから。それにちょっとカッコつけてみたい気分になったのだ。
・・・・・
一瞬、時間が止まったような気がした。
「宵闇の…魔女だと?………はっはっはっ!!」
トキワが笑いだした。え、もしかしてやっちゃった!?
途端に恥ずかしくて顔が真っ赤になっていくのを感じる。
あー、私のバカバカ!やっぱり普通に名乗れば良かった!!
「あの伝説のか!!そんな冗談を言う奴、初めて見たぞ!!」
や、やっぱり〜!!うぅ〜、穴があったら入りたい…。
「しかし、その凄まじい魔力、あながち冗談ではないかもしれんな。…面白い!!」
トキワが闘気を開放する。さながらその姿は昔何かで見た烏天狗のよう。
異世界にきて初めての戦いが始まる。相手はこの先戦いになるであろう、ファルウルスにいるという翼人族。
二人の為にも、私だって負けられない。
「ゆくぞ!!」
今、戦いは始まった。
いつもありがとうございます。
本当は2話に分けるつもりでしたが、1つにまとめました。
次回、エルさん初戦闘です。
7月30日修正致しました。




