マリーゴールド
「さて、困った事になった」
微かに響く空調の音以外静寂を保っていた小会議室は、君山係長の一言で停止した時間が動き出した。
愛流が消えて数日。
あの場面に遭遇した花織と市山だが、社の他の人間や上司にどう説明するか頭を抱えていた。
思案の結果、監視カメラに映ってないか?と思いつき、警備の方に頼んで録画を見せて貰った所、案の定ばっちりとその現場はカメラに押さえられていた。
ならば直接見せた方が早いだろう、ということで直属の上司である君山にたった今見せた所なのだ。
「事態は理解した。…したがこれはどうしたものか…」
対処のしようがない。そう言われた気がした。
それもそうだろう。分かりきってはいたが、誰に見せても結局は同じ事。何せ突然魔方陣が現れて、突然人が消えたのだ。
いくら映像として残ってはいてもそんな非科学的な事、理解しようにも頭が追いつかない。
フィクションが現実に起こるなんて誰も想像出来ないのだ。
「…何かの手の込んだ悪戯…と済ませたいが、実際この日鎌柄の退勤が押されていないのと無断欠勤が続いているのではそういう類ではないよなぁ。何より鎌柄がそういう人間では無いのは承知の上だ」
あるいは最近の映像技術を使えば、あの現場を再現出来るのかもしれない。
だが、それは所詮映像『作品』だ。
リアルタイムで警備会社が録画した映像である以上、これは紛れもない事実なのだ。
そんな手の込んだ事を警備会社がするメリットなんて何処にもありはしない。
「警察に捜索願いを出しますか?」
市山が問う。だが、こんな訳の分からない状況を警察がまともに取り合ってくれるだろうか?
…ないだろうな。警察も暇ではない。
第一、社内で失踪者が出たと警察沙汰になれば社の信用問題にも繋がる。何れは表に出る事案であろうが、その辺の判断は一社員たる私や市山がすべき事ではない。
八方塞がりだ。
「…はぁ。愛流…。まったくしょうがない娘なんだから」
溜息しか出ない。せめて連絡がつけば良いのだが、愛流の携帯に何度電話をしても返って来るのは機械的な音声ばかり。
自宅に連絡しようとも考えたが、よくよく考えてみると今の御時世固定電話を引いている方が稀で、愛流も例に漏れず連絡先は携帯のみだ。
仮に自宅に電話があったとしてもこの状況下で家にいるとはまず考えられないのだが、携帯文化の発達した今の世の中をついつい恨めしく思ってしまう。
皆、一様に口を噤んでしまった。また小会議室の時間が止まってしまう。
…が、その矢先部屋の扉がガチャリと音を立て開いた。
「おー、君達。頑張っているかい?」
にこやかな顔をしてそこに立っていたのは、倉渕勝海。若くしてこの会社を立ち上げた、我が社の敏腕社長。
大方何時ものようにスケジュールの合間を縫って視察という名の社内徘徊をしていたのだろう。その手には配り歩いているのだろうか、ケーキ屋の箱が握られていた。
「あ、社長…お疲れ様です…」
君山を筆頭に三人は軽く会釈をした。社内の人間同士なら社長・幹部問わずフランクに接する事。それが倉渕の方針だった。
しかしながら、依然解決策が思い浮かばない花織達の表情は重い物であった。
「どうしたの、元気ないなぁ。まぁ、これでも食べてよ」
「ありがとうございます。…あ、これ!」
倉渕の差し出した箱に書かれた文字を見て花織は思わず声をあげた。最近テレビでも取り上げられた、有名洋菓子店の人気のケーキ。開店後即完売と話題になっていていつか食べてみたいと愛流と話していたものだった。
「お、さすがに良く知ってるね!やっぱりこういうのは女の子には敵わないな。所で君達は何を見てたんだい?」
それが本題だ、と言わんばかりに君山に見せるため監視カメラの映像を映していたパソコンのモニターを覗き込む。
映像は丁度愛流が魔方陣に吸い込まれる所で停止させていた。
「あぁ〜、これね。これは困った事になったよなぁ…」
「社長、知ってたのですか!?」
「ふっふっふっ。僕を誰だと思ってるんだい?伊達に社内を徘徊してないさ」
人差し指をぴっと立て、倉渕は得意気に笑って見せる。
あんなに悩んでいた時間は何だったのか。羽織っているカーディガンが肩からずり落ちたような気がした。
しかし、映像についてまるで一度目にしたかのようなこの口振り。一体いつ見たのだろう。
「まぁ、監視カメラの映像は毎日流しでチェックしてるからね。いや、僕もびっくりしたよ。まるで映画か何かかと思った」
この人、毎日社内の監視カメラのチェックなんかしてるのか…。一体幾つカメラがあると思ってるんだ。何処にそんな時間があるのか。
それより何より、毎日社長にチェックされてるかと思うと背筋が凍るような気がした。下手な事は出来ない。
恐るべし、社長。
「どう対処しようか君山係長に相談していた所なんです。社長の判断を仰いでもよろしいですか?」
あえてチェックの件はスルーする事にして、現状の説明をする事にした。
…とは言ったものの一言で片付いてしまったのだが。
「心配しなくていいよ。もう手は打ってあるんだ。流石に隠すのは問題だろう。どのみち隠した所でご家族やご友人が連絡を彼女に取ったときに表に出るだろうし、それでは問題を先送りしてるだけだ。後々の方がきっと厄介になる。そこでだ。警視庁の知り合いに頼んで色々手を回して貰っているんだ」
警視庁の知り合い…。なんとゆうパワーワード…。
もう、深くは追求するまい。しかし、喋れば喋るほど不思議な人だ。社長がこの部屋に来てから一気に状況が動いた。こんな事ならさっさと上司や幹部なんかすっ飛ばして最初から社長に相談すればよかった。
「はい、これ」
倉渕が徐ろに名刺入れから一枚の名刺を差し出してきた。市山がそれを受け取る。
飾り気のないその名刺には、『小鳥遊静奈』という名前と携帯の電話番号のみが記載されていた。
「え…と、これ、は…?」
市山が代表して倉渕に問う。一体誰の名刺だろうか。
「その知り合いにね、紹介して貰った不可解な失踪事件の捜査を専門にしている刑事さんだよ。僕も名刺を貰っただけでまだ面識はないんだ」
「…つまり、私達は…」
手筈は整っている。そして名刺を渡された。
と、言うことは答えは一つしか無いだろう。
「さすが!察しがいいね!!」
わざとらしく指をパチンと弾く仕草をする。
「君達二人は彼女と同期だし、何よりこの現場に実際にいた人間だ。今日より二人には業務として鎌柄さんの捜索に当たってもらう。
…なおこれは社長からの直の業務とするので二人には明日付で社長室に異動とします。今まで当たって貰ってた業務に関しては君山くんが他の人間に振るなり対応するように。人員補充は近日中に行うよ。異論はあるかい?」
異論なんてあるはずもない。願ったり叶ったりだ。しかし、よくもまあこんなにいっぺんに重要事項を喋れるものだ。流石は社長、といったところか。
ふと花織は隣に立つ君山の顔を見た。同時に市山も振り返る。人の顔ってこんなに青くなるのか、と思う程君山は青ざめていた。
二人分の仕事の対応だ。無理もないだろう。
すいません、と二人は心の中で君山に頭を下げた。
「さぁ、忙しくなるな。何かあったらまた教えてね。動ける分は僕も動くから。それじゃあまた明日」
言うやいなや踵を返し片手を上げながら退出してゆく。まるで嵐でも去ったかのよう。
決めるのは一瞬。後は行動あるのみ。社長の持論は周りからすればただただ凄まじい。
だが、これで愛流を探す事が出来るのだ。
待ってて。私が必ずあなたを見つけて、そして。
必ず、連れ戻してあげる。
最新話更新です。
エル捜索プロジェクト始動。
主人公が異世界に転移した後の残された現実世界側はどうなるのだろう、という事で書いております。
もう一人の主人公…という立場ですが、それにしてもエルさん出て来ません(笑)
次回、エル御一行様アウベルスへの旅再開予定です。




