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デリート(DELETE)   作者: 赤の虜
日本・願望成就の光玉
2/17

2 友人と似非サンタクロース

 

 二〇一九年十一月一日。高校の教室。

 生徒から陰で子守唄と呼ばれる古典の授業を聞き流しながら、茅打沖人はここ一週間で世界に起きたことを振り返っていた。

 オーストラリア大陸は巨大な足が生えて走り出した。あれほど大きなものが走るということは実際に目にするまで沖人にとって信じ難いものであった。いや、目にしても尚目を疑う光景であった。その上に住んでいた人間や動物達はその強烈な加速に耐えきれず、縦横無尽に大陸の上で吹き飛んで、かき回されるようにして舞ったとか。そして、その後は通信機器が大陸の暴走で破損したのか、連絡がつかない状態が今でも続いているようだ。

 この大陸には世界中の誰もが近づきたくないようで(当然だろう、近寄っただけでも津波に襲われる)調査も滞っている。

 ユーラシア大陸では生物が全て無気力状態となっただけでそれといった災害があるわけではなく、日本が調査隊を送ることになった(アメリカや他の先進国は自国の混乱を抑えることに精一杯でそれどころではない)。そして、調査隊は無事にユーラシア大陸へと降り立ち、全員が一斉に無気力状態となってしまい、その後も帰還することはなかった。調査すらできないと判明してからは無人機を飛ばして調査をしているものの、無人機も大陸にたどり着くとすぐに機能しなくなるようで手が付けられない状況にある。

 アフリカ大陸では現地の報道から一日に何度か逆転現象が起きるということが判明した。男女の性別転換から天地の逆転、幼児が老人に老人が幼児に、などとにかく法則なく逆転を繰り返しているらしい。ここは人も無事だから日本や他の無事の国と連携して原因の解明にあたるらしい。

 南アメリカ大陸ではランダムで何かが増殖しているようで、二酸化炭素が大量に増えたときには緊急警報があったとか。

 北アメリカ大陸では夢幻や怪奇な人ならざる者達が跋扈して、人と戦争しているそうなので、ある意味で一番人間味に溢れた物騒な状況に陥っていると言える。他は基本的に解決策を探るところから始まっているので、マシと言えるかもしれないが、毎日ゴブリンやドラゴンといったファンタジーな生物に襲われるということに、沖人はまったく羨ましいとは思えない。

 そして、最後が日本である。日本だけはどういうわけか願いを叶えてくれる光玉が降ってくるというありがたいものだった。しかし、光玉は東京を中心として一部の地域にしか降ることはなかったようで、東京周辺以外は意外にもいつも通りの生活を続けていた。

 かく言う沖人の住む町もその普通の生活を続ける地域に含まれており、願いを叶える光玉は未だにテレビの中でしか見たことのない手の届かない存在であった。

 沖人は思う。

 願いを叶える光玉。本当にそんなことが可能なものがあるというのなら、自分は一体どんな願いを願うのだろうか。そもそもその光玉の叶えることができる願いとはどこまでの願いを指すのだろうか。無から有を生み出せるのだろうか。概念を捻じ曲げることが可能なのか。世界を変えることができるのだろうか。……死んだ人間を生き返らせることができるだろうか。

 そこまで思ってから、沖人は自分の考えを馬鹿馬鹿しいと否定する。

 自分は一体何を愚かなことを考えているのだろう。

 いくら光玉が素晴らしいものであるとはいえ、今の東京に自分が行くことなんてできるわけがない。

 沖人がどうしても叶えたい願いがありながら光玉を諦めるには理由があった。それは今では東京に、いや東京周辺というべきだろうか。そこに向かうことは無可能になってしまっていたのだ。

 東京とその周辺は今や日本から隔絶されてしまった。光玉に目がくらみ、欲に駆られた一部の人間達が徒党を組んで、光玉の願いを使用。東京周辺に天まで続く光の壁を生み出したのだ。その光は人間の侵入を阻んだ。自衛隊が武器を使用しても弾かれ、人が生身で突入しようにも壁で弾かれるだけだった。

 いくら光玉を欲してもいてもそれにたどり着く方法がわからないのならば、その願いを叶えようとは思えない。

 もしも光玉をその手に掴むことが叶うのならば……。

 沖人はそのもしもについて、考えることをやめた。そんなことは考えても詮のないことだからだ。できないことばかり考えても己の無力を嘆くことしかできない。そんなのはごめんだった。

 あと。

 幸運にも願いが叶う状況になったとき。自分がどうなってしまうのか。それを考えることが恐ろしくもあった。

 しばらくして。放課後となった。日が暮れはじめ、窓から夕日が差す。

 沖人はなかなか席を立たなかった。また、あの独りだけの部屋に戻ることが嫌だったのだ。


「やっぱりまだいた」


 茶髪のショートで日焼けした少女が沖人の顔を覗く。


「咲か……」


「そうよ。悪い?」


「別に」


 腕を組んで、不快そうに眉をひそめる少女。彼女は芦屋咲。沖人の幼馴染みで水泳部の部長をしていて、運動神経抜群、険のある目つきをしているが、少女漫画でときめく乙女な少女である。悩みは水泳で色素の抜けた髪で、毎日髪のケアをして踏ん張っているらしいが、沖人はそこのところにはあまり詳しくはない。


「その様子だと少しはマシになったみたいだね」


 そして、もう一人。沖人に声をかける男がいた。松原秀一。文武両道のイケメンというハイスペック男子である。秀一と沖人は高校に入学してから同じクラスで意気投合し、仲が良くなり、それからは沖人と咲と秀一、今はいないけれど上牧奈々という少女の四人組でよく遊ぶ仲であった。


「まあな、ずっとあんな部屋にいても辛いだけだし……」


 沖人は目を逸らしながら言う。


「なら沖人が元気になるように私が部屋に遊びに行ってあげようか!」


 咲が沖人の肩を掴んで言う。


「いいよ。むしろ、来るな」


「酷い! どういうことよっ、せっかくこの私が励まして上げようとしてるっていうのに……。ねえ、秀一っ」


 と笑顔で秀一を巻き込む咲。

 秀一は少し真面目な表情で、二人に近づいて咲の手を掴んで沖人から離した。


「やめておいた方がいい。咲が行く必要はないよ」


「えっ」


 冷たく低い声でそう言う秀一。そして、沖人を一瞥してから微笑んで、


「咲は料理とかできないだろう? なら僕が行った方がいいよ」


 と言った。


「なんだとー! 本当のことだとしても言っていいことと悪いことがあるでしょ!」


「これはいいことじゃないか?」


「沖人は黙ってて!」


 友人との会話で自然と沖人から笑顔がこぼれた。それを見て咲と秀一は互いに見合って頷き合う。

 それから友人たちと一緒に沖人は帰る。

 仲の良い三人組だったからか、とくに話し合うこともなく三人と上牧奈々だけが知る人気の少ない近道を選ぶ。


「最近の世の中は滅茶苦茶すぎて困るよね? オーストラリア大陸のニュース見た? まさか人類の母なる大地である大陸が走り出すとかもう意味不明だし」


 咲の言葉に沖人が言う。


「ニュースキャスターも混乱して口調がおかしかったな」


「でも、あんな大質量が走り回っているのにどの大陸にも震災も津波被害ないのが不思議だよ。きっと大陸同士の異変はブロックでもされているんだろうね」


 すぐに考察を始める秀一に沖人と咲は呆れる。


「また秀一の考察タイムが始まっちゃった」


「名前からして頭を使うことが生き甲斐なんだろ」


「それ以上言ったら怒るよ」


 友人から酷いことを言われた秀一は怒ったふりをする。三人での会話ではしばしばこういう絡みがあるので慣れたもので、それほど怒りを感じていないのだ。

 人気がなくなり、静かになる。


「静かだね」


「咲以外はな」


「だね」


 そして、再び咲が怒る。そんなことを繰り返していると前方で見るからにヤンキーっぽい四人の男達が円になって、誰かを蹴っていた。


「うわあ。かわいそう」


 虐めだろうか。咲が同情したように言う。


「なあ、秀一。あの人助けたら竜宮城に連れていってもらえるかな?」


「沖人、あの人が亀に見えるなら僕が責任をもって医者のいるところに連れていってあげるよ」


「ってそんなこと言ってる場合じゃないでしょ! 助けないと!」


 咲に言われて面倒そうにする沖人。助けることがいいことだと言っても流石にあの人の代わりに自分がサンドバックになるのだけはごめんである。できれば無傷で事態を収拾したいところだ。

 沖人は秀一と目を見合わせてから、無言で頷き合う。こういうとき仲の良い友人はいい。アイコンタクトだけでなんとなく互いの思いがわかる。この場合は手っ取り早く終わらせよう、といったところか。


「おまわりさんこっちです!」


「早くしてください! 怪我をしている人がいるんです!」


 沖人と秀一の大声により、おまわりさんを恐れた四人組が全力で逃げ出す。おまわりさんを呼ぶ真似という作戦は成功である。

 ヤンキーの人達が戻って来ないことを確認してから、被害者に近づく三人。

 地面に倒れ込んでいる被害者は赤い衣服に身を包んでおり、その衣服は三人もよくクリスマスのおじさんを想起させるには十分だった。

 クリスマスのおじさん。そう、おなじみのサンタクロースの衣装である。

 しかし、沖人たちはそれでサンタクロースが虐められていたと思うわけもなかった。

 被っていたであろう帽子は頭から落ち、その薄い毛髪から透けて見える頭皮を晒していた。そして、小さいこと、太っていること、中年のおじさんであることを考慮すると、どこからどう見てもサンタクロースの格好をした不審者がヤンキーにボコボコにされていたという理解をするしかなかった。


「ねえ、沖人。サンタのコスプレしたおじさんを助けたらどうなるの?」


 咲の質問に沖人は少し考えてから、


「男なら行きつけのメイド喫茶に連れていってもらえて、女なら一万円くれるんじゃないか」


「女性へのお礼が生々しすぎるね」


 三人が明らかにサンタの格好をしたおじさんを警戒していると、張本人が目を覚ます。痛みに顔を歪めながら立ち上がり、沖人たちを見て周囲を見渡し、納得したように顔をする。そして、なぜか沖人たちを見てからサンタクロースのおじさんは放心する。

 サンタクロースのおじさんは続けて、「彼らが叶えるべきだ」とまるで何かに憑りつかれたように呟いてからニコッと笑顔になった。


「どうやら助けていただいたようで……いやー、助かりましたー」


 えへへ、と人懐っこい笑みを浮かべながら感謝を述べる男に沖人の警戒心は増すばかり。


「私は石見サンタクロース……じゃなかった、石見一美(かずみ)って言います。お礼と言ってはなんですがあなた達三人が願いを叶える手伝いをしたい」


次話は2時です。

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