Act12:天使と武家
武国エスパーダ。それは百年以上前、一人の剣士によって斬り開かれた国。
当時、大戦後に一種族として認められ始めていた魔人族の中に一人、一切の協調を受け入れない者が存在していた。
魔人族の中でも最高位の力を持つ存在に与えられる魔王の称号、その中でも頂点たる大魔王に匹敵するとされた男。
《黒牙》のガイゼリウス――災害級の魔物を多数従えた獣の王。
この地はかつて、人類に対して並々ならぬ敵意を抱いていた魔王により支配されていた土地だったのだ。
「――その魔王を倒したのが今ある武家の先祖達……そして、そんな彼らを率いていた者こそ、《剣神》と呼ばれた剣士、ディオスだった訳だ。その力と栄誉を讃え、この首都は『ディオステア』と名づけられた訳だな」
「へぇ……」
いつになく上機嫌で、なおかつ饒舌な様子のクレイグさんの言葉を、一応は頭に通しつつも半ば聞き流しながら相槌を打っていた。
一応最初のほうは聞いていたのだけど、そのディオスと言う剣士の話が大半だったので、途中からは流してしまっていたのだ。
魔王ガイゼリウスと相打ちになった最強の剣士ディオス――そんな彼は、クレイグさんと同じように魔法を使う才を持っていなかったらしい。
だからこそ、クレイグさんにとっても憧れの人物なのだろう。
僕としても、別に興味がない訳ではないのだけど、馬車の中で延々と語られた相手の話はもうそろそろお腹いっぱいだ。
中へと足を踏み入れたディオステアは、流石は武国というだけの様相をしていた。
辺りを見回しても、半分以上が武器を持った人々なのだ。
恐らくはコントラクターだと思われる人々が多数、残りは全身鎧を纏った衛兵らしき人々。
驚くべきというかなんと言うか、衛兵の人たちは巡回をするのにもその全身甲冑を纏ったままで行っているのだ。
見た目からしてもかなり重そうな品で、しばらく纏っているだけでもかなり疲れそうなものだ。
魔導器の気配は感じないし、足音も重いから普通に鎧なんだろうけど……それだけの重武装にもかかわらず、軽い足取りで警邏を行っている。
「イリス、何を見て……ああ、武王騎士団ね。我が国自慢の騎士たちよ」
「騎士って、貴族の人たちですよね? そんな人たちが巡回警備を行っているんですか?」
「見ての通り、この街は力を持った人間の集まる場所なのよ。それだけ、警邏の人員も実力が問われる訳ね。新人も混じっているようだけど、いい仕上がりだわ」
満足げに頷くクラリッサさんだが、僕の目では誰が新人なのかさっぱり分からない。
全員フルフェイスの全身甲冑な上に、一切足並みが崩れていないのだ。
どこを見たら新人とか判断できると言うのか。
去っていく騎士たちの背中を見送り、僕は思わずため息を零していた。
何と言うか、ある意味では納得の街である。この街なら、クラリッサさんが育ったと言われてもまったく違和感がない。
「イリス、何か今変なことを考えなかった?」
「い、いえ、滅相もない!」
「ふぅん……まあいいけど。さて、到着した訳だけど、あなた達はどうするのかしら?」
軽く肩をすくめたクラリッサさんは、そう声を上げながら後ろへ――クレイグさんとローディスさんの方へと振り返っていた。
彼女の視線を受けた二人は、視線を一度街の奥のほうへと向けてから返答する。
「ま、とりあえずは報告に戻らんとな。今日はここで解散ということにしておいていいんじゃないのか?」
「ええ、そうですね。流石に、報告はそうすぐには終わらないでしょうから」
「ふむ。となると、明日の朝にコントラクターのギルドで集合、でいいかしら」
「帰ってきたのに仕事に行くのか?」
「別に、集まりやすいのがそこってだけよ。貴方、なるべく武家にはいたくないのでしょう?」
「……お心遣い、痛み入るよ」
嘆息しつつ視線を逸らすクレイグさんに、クラリッサさんはどこか呆れた表情を浮かべていた。
まあ、クレイグさんの事情は一応聞いているし、武家に近寄りたがらないのも納得だ。
とはいえ、情報交換は大事だし、一度集まる必要はある。ギルドと言うのはある意味最適な場所だろう。
「まあ、とりあえず解散ね。時間は指定しないけど、遅れるような馬鹿は……ここにはいないわね」
「大層な信頼ですね。ま、違えるつもりはありませんよ」
「ああ。と、そうだ……エルセリア、お前はどうする? 俺についてくるのはやめた方がいいだろうし」
「ん、そうですね」
ふと思い出したように、クレイグさんはエルセリアに対してそう問いかけていた。
てっきりクレイグさんについて行くものだと思っていたのだけど、どうやらクレイグさんはあまり乗り気ではないらしい。
家族関係が複雑なのは知っているけれども、エルセリアが絡むとさらにややこしくなるとでも言うのだろうか。
「とりあえず、適当に宿を取って待ってますよ。どうせ、武家に泊まるつもりはないのでしょうから、後から合流しましょう」
「だな。という訳で、俺らはこれで失礼する」
「ええ、また明日ね……貴方もでしょう、ローディス」
「イリスさんをエスコートしたいところでしたが、今回は振られてしまいましたからね。おとなしく戻るとします。では、また」
いつも通りの調子でエルセリアと共に去っていくクレイグさんと、相変わらず優雅に一礼してきびきびと立ち去るローディスさん。
そんな二人の背中を見送り、クラリッサさんは一度息を吐き出すと、小さく笑みを浮かべて僕の方へと視線を向けてきた。
「さて、それでは行きましょうか、イリス? それとも、少し寄り道するかしら?」
「え、報告じゃないんですか?」
「どうせ今日は家に泊まるのだから、急ぐ必要もないでしょう。さて、どうするかしら?」
軽い調子のクラリッサさんに、特に問題はないのだろうと判断し、僕は頷く。
それならば――
1.さっさと目的地へ。
>2.軽く露天とかを覗いてみたい。
3.さっそく、修練場へGO!
4.それなら寄り道がてら色々とお話しませんか?
5.軽く? いやいやがっつりマッピングだ
「何だか、色々とお店が出てますよね」
「ああ、あれ? 見習い錬金術師が出してたり、遺跡で見つけたガラクタを売りさばいていたりと、まあ色々よ。食べ物があるのはこの辺りじゃないわね」
「イリスちゃん、見透かされているのですよ」
「いやいやいや、食べ物ばっかりじゃないですから、ちょっと掘り出し物に興味があっただけですから!」
「ああ……まあ、無いとは言わないわよ。さっき言ったように、遺跡からの発掘品もあるわけだから」
「まあ、大抵はガラクタですがね」
そう付け加えるエメラさんに、僕はがっくりと肩を落とす。
でも、僕としても勝算が無いわけではない。
古の魔導器、遺物というものは、基本的には効果が非常に分かりづらいものが多いのだ。
特に、一部のものは特定の条件を満たさないと機能が現れないような品もあり、普通に見ただけでは遺物だとはわからないようなものも多々ある。
けれど、人造天使としての機能を持つ僕ならば、遺物は見ただけで判別することができる。
さらに手に取れば、その効果まで解析することができるのだ。
この力があれば、例え見逃されている遺物だろうと、きちんと価値を把握することができるだろう。
「ま、まあ本当に何かあるかもしれませんし、そういう発掘品を見てみたいんです」
「ふぅん……ま、いいわ。どうせ道すがらあるでしょうしね。行きましょう」
「はい、お嬢様」
歩き出すクラリッサさんたちに続き、僕とアイもディオステアの中へと足を踏み入れていく。
雑然としているけれども、活気に溢れた街並み。
ああやって騎士団が巡回しているためなのか、治安も非常にいい様子だ。
というか、あれだけの練度を持つ集団が歩き回っていたら、そうそう問題を起こそうとも思わないだろう。
僕ではあっという間に叩きのめされてしまいそうだ。
「さてイリス、どんなものがいいの? 基本的に、この辺りにあるものなんて小物ばかりだけど」
「はい、そんな感じで大丈夫です。どうせ武器とか防具とか、あんまり使いませんし」
「イリスちゃんにこれ以上の武装なんてそれほど要りませんしね」
「ですが、あまり目立たせないようにするための普通の装備も必要なのでは?」
「下手な品だと、僕が振るったら壊しちゃいそうなので……」
僕の膂力はかなり高いし、量産品だと本当に使い捨てになりかねない。
いい品だとしても、僕が力任せに振るっていたらすぐに壊れてしまうだろう。
僕の全力についてこれる『神槍』こそが異常なのだ。
「まあ、廃棄品を投げつけて使うぐらいならいいかも知れないですけど、それなら魔法使った方が安上がりですし」
「変わった悩みねぇ……と、イリスの目的の品が売られていそうなのはこの辺りの区画かしらね」
どうやら、露天にも位置取りというかジャンルごとに決められたスペースがあるようだ。
目的のお客さんが集まりやすいから、その方がいいのだろうか。
まあ、客としても品物を探しやすいし、その方が助かるけれども。
「さてと……何かあるかな」
ぐるりと周囲を見渡し、遺物の気配を探る。
感じ取った気配の大体は、辺りを見て回っているコントラクターの物らしかった。
けれど、いくつかは露天の中から感じ取ることができた。
そして、その中でも強い気配を放っている品物は――
「……ロザリオ?」
近づいてみた露天に展示されていた品物。
それは、シスターが手に握り締めているようなイメージのある、銀色の十字架。
中心に白い石の填まったそれは、アクセサリにするにも若干大きく、中途半端な印象を受ける品物だった。
手にとって確かめてみれば、どうやら確かに遺物の機能を有している様子。
しかも、これは――
「お嬢ちゃん、それが欲しいのか?」
「あ、はい。そうですね……お願いします」
「へぇ、物好きだねぇ。アクセサリにするにも大きいし、付いてる魔石も不良品みたいだし……置物にしかならんぞ?」
「はい、大丈夫です。デザインが気に入ったので」
頷きつつ、書かれていた料金を支払い、ロザリオを購入する。
価値が分かっていない相手にちょっと申し訳ないけれど、騙しているわけではないし。
店の前から離れつつ購入品を仕舞っていると、覗き込んできたクラリッサさんが疑問の声を上げてきた。
「いきなり微妙なものを買ったわね、イリス。どうしてこんなものを?」
「えっと……ここだとちょっと。後で教えますから」
「ほほう、面白そうなこと言うわね、イリス。それなら、さっさと屋敷に帰って見せて貰うとしましょうか」
楽しそうに表情を綻ばせるクラリッサさんに、僕も首肯して後に続く。
他にもいくつかあるけど、目ぼしいと思えるほどの品ではない。
異物は便利な物も多いけど、持っているだけで厄介ごとを呼び込むとも言える。
下手に持ちすぎない方がいいだろう……研究施設を出る前の僕にも、その認識は欲しかったけれど。
とりあえず、それなりに使えるものも手に入ったし、こんなものでいいだろう。
少し弾む気分を抑えながら、僕はクラリッサさんに続いてディオステアを進んでいった。
* * * * *
ドライ・オークスは貴族の家。
だから、その屋敷ももっと都市の中心部に近い位置にあるのかとも思っていたけれど、それは僕の予想よりももっと近い位置に存在していた。
貴族街へと続く二つ目の門、そのすぐ近くに、ドライ・オークスの家は存在していたのだ。
どうやら、他の武家も含めて、この二番目の外壁の近くで中心部を取り囲むように配置されているらしい。
それは都市の中心を護ることよりも、外延部と外を護ることを意識したような配置だった。
理由を聞いてみれば――
「剣武帝閣下がそうしろと仰ったのよ。自分に対する護衛などあるだけ無駄だから、と」
ということだった。
まあ、この国最強というぐらいだし、下手な護衛だったら無いほうがいいのかもしれないけれど。
まあともあれ、こうして辿り着くのが楽だったのは歓迎すべきことだ。
ドライ・オークスの家はかなり広大な敷地を有している。
顔パスで門をくぐったクラリッサさんに続けば、そこには立派な屋敷と庭園が目に入る。
武に特化したと言うからどんな魔境かと思ったけど、案外普通――そう思った、瞬間だった。
「……ぉぉぉぉおおおおおおおおおおおああああああああっ!?」
上空から――否、屋敷を飛び越えるように吹き飛ばされてきた男性が、庭園の端にある泉に落下したのは。
派手な水音を立てて池に沈むその人物に、僕とアイは思わず言葉を失う。
そして、そんな様子を目の当たりにしたクラリッサさんは――
「ふむ。今日も調子良さそうね」
「いやいやいや、今のそれだけで済ませちゃうんですか!?」
「え? 何かおかしい所があったかしら?」
きょとんと目を見開くクラリッサさんに、僕は思わず頬を引きつらせていた。
まったく動揺していない。と言うより、これが当たり前だと思っている様子だ。
乾いた笑いを零しそうになり、それよりも今の人を救助せねばと振り返って――その瞬間、まるで先ほどの光景を巻き戻したかのように水柱が爆ぜ、泉の中から先ほどの男性が飛び出してきた。
「くっ、流石は当主様! 燃えてきたぜ! うおおおおおおおおッ!」
そしてその男性は、何やら元気よく叫ぶと共に、屋敷の裏手の方へと全速力で駆け抜けていった。
再び呆然とその様子を見送った僕とアイは、無言でエメラさんのほうへと説明を求める視線を向けていた。
そんな僕たちの感情を理解したのか、軽く苦笑と共に彼女は声を上げる。
「どうやら、当主様が組み手をなさっているご様子ですね。調子は良さそうです」
「修練場にいるなら好都合ね。混ざりつつ報告でもしてこようかしら……エメラ、貴方は屋敷のほうで部屋の準備」
「かしこまりました。イリスさん、貴方はどうしますか?」
「え、ええと……」
何か色々とツッコミたい所はあったけど――
>1.クラリッサと共に当主に挨拶。
2.エメラと共に屋敷へ。
3.テンション有り余って討ち入り
やっぱり、武家の人たちの組み手となれば、それなりに気になることも事実だ。
しかも、武において最高位に近いドライ・オークスだ。実力者の戦いは、見ているだけでも参考になるだろう。
「ちょっと、見に行ってみたいです。当主様に挨拶もしないといけないでしょうし」
「そうね、お父様も貴方には色々と興味があるでしょうし……ではエメラ、イリスの部屋を用意してあげて。その間、私がイリスを案内するから」
「かしこまりました。それでは、また後ほど」
優雅に一礼するエメラさんに頷き、クラリッサさんは屋敷を回りこむように歩き出す。
僕もそれに続けば、先ほどとは違い、荒れ果てたとまでは言わないものの少し整備が行き届いていない様相が見て取れた。
その様子に僕とアイが首を傾げていると、クラリッサさんは苦笑交じりに声を上げた。
「屋敷は、正面ぐらいは見栄えを良くしておけという忠告を受けてね。正門から屋敷までの間は、きちんと整備してるのよ。他も整備していない訳ではないのだけど、手が回らなくてね」
「手が回らないって……使用人の人たちがいっぱいいるんじゃないんですか?」
「ええ、いることはいるわよ。ただ――」
苦笑いを浮かべながら角を曲がり――瞬間、クラリッサさんは足を止める。
そしてそんな彼女の前を掠めるように、吹き飛んできた一つの物体が屋敷の壁に突き刺さっていた。
壁に頭から突っ込むように突き刺さっていたのは、一人の人間。
顔が見えないため年の頃は分からないが、かなり鍛え上げられた肉体を有している男性だ。
頭から壁に突き刺さっている彼は、脱力して足を投げ出している。
「えっ」
「なってないわね、空中で受身を取らないから頭から突っ込むのよ」
呆れた様子のクラリッサさんの言葉も聴き零しながら、僕は呆然とその男性の様子を見つめる。
ピクリとも動かない、下手をしたら死んでしまっているのではないか――そう思った瞬間、男性は壁に突き刺さった状態から外へと弾き出されていた。
意識を取り戻したのかと思ったけど、それとも違う。壁の内側、屋敷の中から突き出されてきた足が、男性を外へ向かって蹴り出していたのだ。
「まったく、いつまでも気絶してないでくださいよ、修理も大変なんですから……」
壁の中からはそんな声が聞こえると共に、すぐさまレンガのような石材が敷き詰められ、瞬く間に修理されていく。
元に戻るまでに一分と掛かっていない、鮮やか過ぎる修復であった。
「……手が回らないって、これですか」
「そうなのよね。流石に、別の家に向かって弾き飛ばす訳にもいかないから」
「いや、別の家って……」
この屋敷の裏庭の敷地はかなり広いようだし、そんな遠くまで吹き飛ばせるものじゃないと思う――と、そんな風に思いつつ、先ほど男性が飛んできた方向へと視線を向ける。
その先、おおよそ50mぐらい離れた地点――そこで、一人の男性が大暴れしている姿が見て取れた。
【――《鷹の目》――】
鎧を纏い、大仰な手甲と足甲を装備した大柄な男性。
周りの人と比較してみても、その身長は2mを下回ることはないだろう。
そんな彼が腕を振るうたび、彼に対して群がっていく人々がまるで冗談のように空へと打ち上げられていく。
その内の大半は空中で体勢を立て直し、そのまま男性のほうへと向かっていくのだけれども、一部の人々が先ほどと同じように建物の壁やら近くにある池やらに放り込まれていたのだ。
「あれが……」
「ええ、私のお父様。ディフセン・ドライ・オークスよ。さて、行きましょうか」
「は、はい」
「だ、大丈夫なのでしょうか」
何だか映画でも見ているかのような勢いで吹き飛んでいく人々の様子を眺めながら、僕たちは彼らの方に近づいていく。
よく見てみれば、全員が彼に挑みかかっていると言うわけでもない。
明らかに技量が足りていないと思われる人たちは、少し離れた場所で訓練を行っているようであった。
「まだまだ元気な連中がいっぱいね……となると、終わるにはもう少し時間が掛かるか。イリス、私はアレに混ざりつつちょっと報告に行ってくるわ」
「え、アレに混ざりながら報告!?」
「ええ。ちょっとその辺で待ってなさい。その辺の子達と適当に組み手してもいいわよ」
そう言い残すと、クラリッサさんは勢い良く当主様の方へと駆け出して行ってしまった。
その背中を呆然と見送り、僕は思わずアイと顔を見合わせる。
適当に待っていろと言われても、さてどうしたもんなのか。
「勉強になるかとも思ったけど……あの集団はレベルが高すぎる」
どれもこれもクレイグさんやクラリッサさんに逼迫するようなレベルの人たちが揃っているのに、鎧袖一触とばかりに吹き飛ばしていく当主様。
正直、何をやっているのかさっぱり分からないレベルだ。
槍の方も、もう少し鍛えておいた方が良かったかな――
「おい、そこのアンタ。お嬢と一緒に来たけど、入門か何かか?」
「え? あ、いえ、僕は……」
横合いから声をかけられ、振り返る。
そこにいたのは、クラリッサさんと同じように手甲を装備している一人の女の子だった。
クラリッサさんよりは若干年下――見た目的には、今の僕と同じぐらいの年齢だろうか。
焦げ茶色の髪をポニーテールにまとめた、僕と同じぐらいの背格好の少女。
けれど、鍛え上げられたしなやかな肢体は、彼女が戦士であることを告げていた。
僕のことをじろじろと眺めていた彼女は、首を傾げながら声を上げる。
「お嬢と一緒だった割にはあんまり強くなさそうだな……見習いか?」
「ええと、クラリッサさんにはちょっとお世話になってまして……一応仲間、でしょうか」
「仲間ぁ? アンタみたいな弱っちそうな奴が?」
「む、随分な言い草なのですよこの女! あの褐色幼女よりも口が悪いのです! お前なんかイリスちゃんに勝てるはずがないのですよ!」
「妖精? 珍しいもん連れてるな……にしても、言うじゃねぇか」
アイの言葉を受け止めて、彼女はにやりと笑みを浮かべる。
獰猛な、獣の威嚇のような笑み。敵意と言うより、戦意に近いそれ――しかしそれでも、僕が戦闘体勢に入るには十分な圧力を有していた。
【――《戦闘用思考》――】
背中に背負っていた槍を外し、構える。
相手も武装しているのだ、こちらだけ手加減するような理由もない。
もっとも、流石に遺物の機能を使うつもりはないけれども。
アレは加減が聞かない、殺してしまう。
「アタシはリエリラ。戦の作法だ、名乗れよ丸出し女」
「丸……僕はイリス。やるからには、きちんと相手をしますよ」
興味はあった。僕の周りにいる人たちは、皆僕よりも圧倒的に上の実力を持っている。
だからこそ、ある程度近い実力の相手とも戦ってみたいと思っていたのだ。
恐らく目の前の彼女は、僕の反対……武術に傾倒し、魔法をあまり重視していないタイプだろう。
肉薄されればこちらが不利。それを悟らせぬよう、僕は槍を構えて視線を細める。
「イリスか……面白い、楽しもうぜッ!」
「――っ!」
その言葉と共に、リエリラの足元が爆ぜた。
爆発のような踏み込み。凄まじい勢いで駆ける彼女は――しかし、フェリエルと比べてしまえば目で追えてしまう程度のものだ。
【――《戦闘用思考》――《槍術》――《怪力》――】
そんな彼女に合わせるように、僕は槍を薙ぎ払う。
力任せの、技術の伴わない一撃だ。無論、本気で放ったわけではない。
僕が本気で武器を振るったら、下手に当たれば即死させてしまう。
事実、リエリラは瞬時に反応し、その場で跳躍して僕の槍を躱していた。
「甘ぇぜ、イリス!」
そのまま宙を駆けた彼女は、体を捻りながらまわし蹴りで僕の頭を狙う。
対し、僕はその一撃を左手で掴み取っていた。
体重の乗った攻撃だけど、僕の膂力ならば十分に可能だ。
今のは決まったと、仮に防がれてもダメージを与えられると思っていたんだろう。
リエリラの表情は、大きな驚愕に染まっていた。
「油断大敵ですよ!」
言い放ち、僕は力任せにリエリラの体を勢い良く持ち上げ――いや、振り上げる。
そしてそのまま、足元の地面に対して叩きつけようと彼女の体を振り下ろしていた。
どうやら、生命力による身体強化は行っているみたいだし、柔らかい地面に叩きつけるぐらいならば問題ないだろう。
そう思っていたが、どうやら彼女は気に入らなかった様子だ。
僕の狙いを察した瞬間、彼女はすぐさま右足で僕の手首を蹴り飛ばし、僕の手の拘束から逃れていた。
振り下ろす最中だったので明後日の方向へと飛んでいくリエリラ。
けれど、まともにダメージは入っていないのだ、まったく堪えた様子もなく空中で体を捻り、体勢を立て直していた。
【――《魔法・天:光の弾丸》――《魔力充填》――《並列思考》――】
無論、僕もそれをただ見ているつもりはない。
瞬時に発現させた光の弾丸を、僕は彼女へと向けて撃ち放っていた。
高速で飛来する光弾に、リエリラは獰猛な笑みで拳を構える。
「天属性とは、色々と面白いなぁ、イリス!」
そう言い放ち――彼女は、その拳で光の弾丸を打ち払っていた。
ただの拳で出来ることではない。恐らく、生命力を纏わせた拳で魔力を防いでいるのだ。
生命力は魔力と拒絶反応を起こしやすく、魔法に対する防御としても用いることはできる。
無論、それは完全ではなく、衝撃は間違いなく通っているはずだけど――どうやら彼女は、身体強化がかなり得意なようだ。
僕の魔法弾を弾き飛ばしているにもかかわらず、その拳がダメージを負った様子はない。
もっと凝った術式を組まないと、彼女にはダメージを与えられないだろう。
現在、リエリラは弾丸を弾きながらゆっくりとこちらに近づいてきている。
このままでは、間違いなく距離をつめられ、接近戦に持ち込まれてしまうだろう。
それならば――
1.爆発で距離をとり、術式を切り替える。
2.槍での戦いを挑む。
3.さっき購入したロザリオを使う。
4.逆に距離を取らず肉弾戦に持ち込む
5.魔法槍を使う
>6.ちょっと汚い真似をする
【――《並列思考》――《魔法・天:光の弾丸》――】
思考を分割し、弾丸の内の一発に異なる術式を組み込む。
生憎、この状態だとまだ複雑な術式を組むことはできない。けれど、この程度の単純なものならば十分だ。
見た目も他の魔法と変わらず、外見だけで判断することは不可能。
そんな弾丸は、接近してくるリエリラの正面へと放たれ――弾かれた瞬間、大きく閃光を発しながら弾けとんだ。
「――――ッ!?」
至近距離で放たれた閃光に、リエリラは咄嗟に目を覆うが、生憎と間に合ってはいなかった。
今の光量をまともに受けては、しばらく視覚に頼ることはできないだろう。
もっとも、クラリッサさんぐらいになると、視覚に頼らずとも正確に相手の位置を把握してきたりするので、油断はできないが。
念のため魔法弾をいくつか配置したまま、ゆっくりと近づいて槍を構える。
リエリラは周囲の警戒をしているようだけれど、流石に動きは無く――僕の槍の穂先は、彼女の首筋に突きつけられていた。
「僕の勝ちです」
「……ちっ、ああくそ、負けだよ負け」
その言葉に僕が槍を離せば、リエリラは嘆息交じりにその場に寝転がっていた。
若干不満げな様子ではあるものの、今の決着に難癖をつけるつもりは無いようだ。
武家らしい、と言えばその通りだろう。結局のところ、彼らは過程ではなく結果に重きを置いているのだ。
「天属性ってそういうのがあるからいいよなぁ……てか、何でそんな一瞬で魔法を切り替えられたんだ?」
「え? ああ、単に思考を分割して、そっちで組んでただけですけど」
「成程……ああくそ、まだまだ足りねぇか。こんなんじゃ、当主様との組み手に加わったら一瞬で殺されちまう」
「ああ、はい……僕もそれは同じだと思いますけども」
あの人の場合、遺物を全部使っても勝てる気がしない。
そんなことを考えながら先ほどクラリッサさんが向かっていった方向へと視線を向ければ――件の人物が、こちらに向かって近づいてくるところだった。
慌てて姿勢を正して跪こうとし――その瞬間、当のその人物の声が掛かる。
「無駄に畏まる必要はない。立っていろ、娘よ」
「は、はい!」
低く、重い、バリトンの利いた声音。
その短い言葉の中にすら、物理的な力が篭っていると錯覚してしまうほどの、強大な気配。
かつてネームレスと対面した時にも似た、圧倒的な強者を目の前にした感覚。
思わずごくりと喉を鳴らした瞬間、仏頂面の男性は口元をにやりと笑みに歪めて見せた。
「成程、聞いていた通りか……娘よ、俺の名はディフセン・ドライ・オークス。第三武家の当主にして、この国の守護の一角たる《拳武王》だ」
「は、はいっ……ぼ、僕はイリスと言います。クラリッサさんには、とてもお世話になっています」
「当然だ。民を護ることこそ武家の使命……例え貴様の出生がこの国と違えど、貴様の立場は既に我らが国に組み込まれている。ならば、貴様も我らの護るべき民だ」
力強い言葉だけど、要するに僕のことは戦う者として認めてはいないと言うことだろう。
まあ、そう言われても仕方ない部分もあるけれども。
僕はまだまだ未熟だ。戦うものとして数えられるには、実力も経験も足りない。
――そんな僕の考えを見透かしたかのように、当主様はにやりと笑う。
「ふ……そこの娘よ」
「は、はいっ!」
当主様はちらりと視線をリエリラのほうへと向け、声を上げる。
急に水を向けられた彼女は、完全に緊張状態だ。
「搦め手に弱いのは貴様の弱点のようだ。同じ相手とばかりでなく、今回のように様々な相手と戦い、経験を磨け」
「は……あ、ありがとうございますっ」
「うむ。では、客人の娘よ、屋敷へ来るがいい。クラリッサ!」
「は、はい」
唐突に声をかけられ、遠くの方でよろよろと立ち上がる影が一つ。
どうやら、当主様にぼろぼろにやられたクラリッサさんのようだ。
もう一度、ちらりと当主様の方へ視線を向けてみるが、彼の体には一切の傷が無い。磨き抜かれている鎧にも、埃の一つすらついていなかった。
アレだけの数を相手にして、一切攻撃を受けてないのだろうか。
「まずは応接間に案内しろ。俺は鎧を片付けてくる」
「分かりました、お父様。ご教授、ありがとうございました」
「精進することだ」
頷いた当主様は、そのまま屋敷のほうへと去っていく。
重厚な鎧を纏っているにもかかわらず、足音を一切立てずにだ。
何だか、同じ人間なのかと疑いたくなってしまうような人物である。
呆然と彼のことを眺めていたところ、若干ふらついているクラリッサさんが僕のほうへと近づいてきた。
「お疲れ様、イリス」
「いえ、何と言うかそれは僕の台詞なんですけど……」
「相変わらずお父様は凄まじいわ……私もまだまだね」
「あれは凄まじいで片付けていいのですか……?」
アイの言葉に、僕は胸中で苦笑交じりに同意する。
あれだけの実力差は、正直馬鹿馬鹿しく思えてきてしまいそうではあるけれども。
まあでも、クラリッサさんもいずれはあのレベルに辿り着こうとしているのだろう。
そうでなければ、最強の武を誇る武家の当主になんてなれないはずだ。
「さあ、行きましょう、イリス。しばらくお父様をお待ちすることになると思うけど」
「分かりました……っと、リエリラ」
「お、おう? どした?」
当主様に声をかけられ、呆然としたままだったリエリラが、僕の言葉で我に返る。
そんな彼女の様子に苦笑しつつ、僕はぺこりと頭を下げていた。
「ありがとう、いい経験になったよ」
「……ははっ、そりゃこっちの台詞だっての。機会があったらまたやろうぜ、イリス」
「うん、またね」
ひらひらと手を振り、僕はクラリッサさんに続いて歩き出す。
来たときは衝撃を受けたけれども、何だかんだでいい経験になっただろう。
満足しつつ、僕は屋敷の中へと足を踏み入れていった。
* * * * *
応接間にて、当主様の到着を待つ。
クラリッサさんは僕をここまで案内した後、僕のことをエメラさんに任せて一度部屋へと引っ込んでいった。
先ほどの訓練で汚れてしまった服を取り替えるらしい。
どうも当主様も汗を流しているようだし、話し合いの開始までしばらく掛かるだろう。
それまで、僕はエメラさんからの歓待を受けつつ待つこととした。
「けど、驚きましたよ……いつもあんな訓練をしてるんですか?」
「ええ。尤も、あの組み手は当主様がご在宅の時だけですが」
人がワイヤーアクションみたいにすっ飛んでいく光景を思い浮かべ、僕は乾いた笑みを零す。
強くなりたいとは思うけど、毎日アレに突っ込んでいくのは想像ができない。
エメラさんの淹れてくれたお茶で喉を潤しつつ、僕はちらりと周囲へ視線を向ける。
応接間は、なかなか立派な造りをしている。恐らく屋敷の入り口と同じで、人の目に付く所は見栄えをよくしているということなのだろう。
「まあでも、これが第三武家と言われれば結構納得かも……」
「武家はそれぞれ個性が強いですからね、流石に、第三武家ほど武に傾倒しているものは少ないでしょうが」
くすくすと笑うエメラさんに、僕も肩を竦めて同意する。
他の武家を見ていないからどうともいえないけど、少なくとも個性的なのは確かだ。
当主様も、個性はかなり強かったし……何と言うか、三国志最強の武将のイメージが定着してしまった。
「さて、イリスさん。お話を始めるまでしばし時間がありますが……何か、お聞きしたいことなどはございますか」
「質問、ですか?」
「ええ、こちらから話を振ってもよいのですが、あまり多くの話題を提供する時間はありませんので……何か一つ、聞きたいことを仰って下さい」
「はあ、成程。それなら――」
>1.第三武家について。
2.当主様について。
3.クラリッサさんについて。
4.あなたの戦闘技術について。
5.「第三武家」という立ち位置から見た場合のエメラさんについて
6.最近の不穏な情報について
若干気になっていたのは、この家の成り立ちだ。
この国の成り立ちについてはクレイグさんがさんざっぱら説明していたけれども、この国の武家は、元々は《剣神》ディオスに協力していた戦士たちの子孫らしい。
けれど、土地を支配していた魔王を相手に、たったそれだけの人数で挑んだとは考えづらい。
その中で、この家系の先祖はいったいどのような戦果を上げ、武家として選ばれたのだろうか。
「じゃあ……この家の成り立ちについて、教えていただけますか?」
「第三武家、ドライ・オークスの成り立ちですか。そうですね、お話しましょう」
頷くエメラさんは、目を閉じて虚空を見上げる。
物語を諳んじるような表情で、彼女は続けてくれた。
「かつて、《剣神》ディオスと肩を並べて戦った戦士の末裔……それがドライ・オークスであることはイリスさんもご存知ですね?」
「はい、クレイグさんから聞きましたから」
「《剣神》の功績が大きく伝えられてはいますが、そのほかの戦士たちも十分に大きな戦果を上げていました。現在武家として数えられている家系の中で、特に高い序列を持つ家系は、ほぼそれに当てはまります」
「大きな戦果、ですか」
流石に、今までずっと序列が変わらなかったと言うわけではないのだろうけど、それでもこの家は最初から序列が高い家系だったのだろう。
だとすると、この家の果たした戦果と言うのは、いったい何なのだろうか。
そんな僕の疑問を読み取ったかのように、エメラさんは僅かに笑みを浮かべて声を上げた。
「ドライ・オークス……かつては序列はありませんでしたから、オークス家ですね。その先祖は、魔王ガイゼリウスの従えていた魔物たちの頂点、三災魔と呼ばれた三体の魔獣の内の一角を討ち取ったのです」
「魔王の従えていた、魔物の頂点……一体どんな化け物だったんですか、それは」
「《地魔》タイラントホーン――分類上はD指定、つまり災害指定魔獣であるベヒモスの亜種、あるいは上位種であるとされています」
「D指定、ですか?」
「危険や災害、悪魔、あるいは『どうしようもない』の略だとも言われていますが、とにかく最悪の魔物であると考えてください。タイラントホーンは、それがさらに強化された個体だったわけです」
最悪の魔物、と言われても正直あまりイメージが湧かない。
僕が首をかしげていると、少し苦笑したエメラさんは改めて説明をしてくれた。
「そうですね……では、フリオールの街を思い浮かべてください。大きな街ですね」
「あ、はい。この街ほどじゃないですけど、大きかったです」
「D指定の魔物が襲来した場合、あの街はおおよそ二時間程度で滅びると考えてください」
「……は?」
街が滅びる? 二時間で?
一瞬理解できず、僕は目を見開いて呆然と声を発するのが精一杯だった。
しかし、エメラさんに冗談を言っているような様子はない。
まさか、そんな魔物がいるなんて。
「個体差はありますし、そもそも数が少ないため滅多に現れるものではありませんが……文字通り、歩く災害です。前回この国に現れた際は、超一流に数えられるコントラクターが集団で当たり、六割が犠牲になりつつも撃退に成功しています」
「そ……そんな化け物の強化版を、一人で倒したんですか?」
「いえ、一人と言うわけではありません。ですが、ごく少人数で動きを止め、封印することに成功したのです。封印を担当したのは、現在の第二武家である《術武王》の先祖……彼らの手によって三災魔の一角を止めていなければ、ガイゼリウスを倒すことは不可能であったとされています」
それは……確かに、凄まじい戦果であると言えるだろう。
流石に二人だけで対処したわけではないだろうけど、少人数でそんな危険すぎる魔物を抑え、さらに行動不能に追い込んだのだ。
それだけでも、取れる戦略は大いに広がったことだろう。
この家が高い序列にあるのも、納得と言うものだ。
「以来、ドライ・オークスは武家の中でも高い序列から外れたことはありません。当主は常に初代以上の力を得ることを目指し、努力を続けることが義務付けられています」
「それで、あの組み手って訳ですか」
「当主様は恐らく、本当ならば《剣武帝》閣下との手合わせを望んでおられるのでしょうが……流石に、それも簡単ではありませんので」
何と言うかまあ、次元の違う話だ。
僕もいつかそんな領域に立てるのだろうか――そんなことを考えつつ溜息を吐いた所で、扉が突然開かれていた。
そこに立っていた当主様と、それに続くクラリッサさんの姿に、僕は慌てて佇まいを直す。
彼はそんな僕の仕草を気にするようなことも無く、大股で部屋の中に入り、僕の対面に腰掛けていた。
クラリッサさんは、僕を気遣ってくれたのか、僕の隣に腰を下ろす。
その気配で少し落ち着きを取り戻し、僕は改めて当主様の方へと向き直っていた。
そんな僕の視線を受けて、当主様は僅かに口元を緩める。
「待たせたようだな。まずは歓迎の言葉を告げておこう……人造天使の娘よ、良くこの地へ足を運んだ」
「は、はい。ありがとうございます」
高圧的ではあるけれど、どこか温かみのある言葉。
思ったよりも普通の挨拶から始まったために、僕は少し目を白黒させてしまっていた。
しかし当主様は僕の様子など気にせずに、腕を組みながら声を上げる。
「まどろっこしい話は苦手だ、本題に入る。娘、貴様は今、己が置かれている状況をどの程度理解している?」
「あ、ええと……ネームレス、あの仮面の男が、いくつかの武家から遺物を盗み出して……それを取り戻すためには、僕が試練に赴かないといけない、と言うところまでは」
「うむ、相違ない。甚だ不本意ではあるが……俺たちは、貴様を送り出さねばならぬ立場にあると言うことだ」
憮然とした様子の言葉に、僕は思わず眉根を寄せる。
いや、この人からすれば仕方のないことかもしれない――本当なら、自分が行きたいのだろう。
実際、その方が手っ取り早いとは僕も思う。
普段ならばここで罵声でも上げそうなアイも、流石に武家当主に対して喧嘩を売ることは出来なかったのか、何か言いたそうな表情で口を引き結んでいる。
そんな僕たちの微妙な表情に気付いたのか、当主様は軽く肩をすくめて声を上げた。
「フン……いかに兵器の体を有しているとはいえ、この地で目覚め、我ら武王会議の庇護を受ける立場になった以上、貴様もまた我らエスパーダの民だ。護るべき民を戦場に送ることなど、我ら武王の誇りに反するというだけのことだ」
「は、はい……」
「話が逸れたな。ともあれ、貴様の認識に間違いはない。貴様はその試練の地へと向かい、遺物を回収しなくてはならないのだ。しかし、我ら武王は直接の手出しは出来ん」
「……ネームレスが、何かを?」
「そんなところだ。要するに、貴様が強さを得られぬような戦場に意味はないということだろう。それに反せぬ範囲ならば、出来る限りの支援を行う」
じっと見つめながらそう告げる当主様の言葉には、言い知れぬ安心感を感じることが出来た。
とはいえ、どの程度まで支援が出来るのかはわからないけど――少なくとも、僕とアイだけで行けと言われるようなことは無さそうだ。
「詳しいことは、数日後に開かれる武王会議で決定される。それまでは……クラリッサ、お前が世話をしろ」
「ええ、元よりそのつもりです、お父様」
「ならばいい……貴様には世話にならざるを得んからな、必要なものがあればクラリッサか侍女に告げるといい。このディオステアにいる間の宿も提供しよう……では、済まんが公務があるのでな」
「あ……は、はい! ありがとうございました!」
「礼には及ばん。後は任せたぞ、クラリッサ」
そう声をかけ、まっすぐとした姿勢で部屋を後にする当主様を見送り、僕は深々と溜息を吐き出していた。
何と言うか、思ったよりも丁寧な対応をしてくれたけれども、息の詰まる圧迫感を放つ人だった。
そんな僕の様子に、クラリッサさんが苦笑を零す。
「お疲れ様。お父様はしばらく忙しいから、もう息が詰まることはないと思うわよ」
「ぷはぁ……うう、アレには流石に文句も言えないのですよ」
「あ、あはは……でも、何だか凄く丁寧に対応して貰っちゃって、申し訳ないと言うか」
「貴方、それだけ重要な立場なんだから。さっきもお父様が仰ったとおり、うちに泊まって貰うわよ?」
「はい、ありがとうございます」
まあ、宿を取って気楽に過ごすのもいいかとも思ったけど、武家に注目される立場ではそうも言っていられないだろう。
その点、ここならばクラリッサさんもいるし、エメラさんもいる。
第一武家と第四武家よりはいくらか安心できる場所だろう。
「エメラ、部屋は用意されているのよね? 案内して」
「畏まりました、こちらです」
エメラさんの先導の下、僕たちは屋敷の中を歩き出す。
あまり過度な装飾の見られないこの屋敷は、あまり息の詰まる印象もなく、リラックスして進むことが出来た。
まあ、あの当主様の前だと流石にそうも言っていられないだろうけど。
「と……そうだイリス、結局あのロザリオって何だったの? ずっと気になっていたのだけど」
「あー、これですか?」
さっき使おうかと思ったけど、結局そのタイミングはなかったロザリオを取り出す。
露天で見つけた掘り出し物の遺物。これは、結構単純ながらも便利なアイテムだった。
「これは、天属性魔力のみに反応する遺物で……こんな風に使います」
そう告げながら、中心に填まった魔石へと魔力を通した瞬間――ロザリオを核とした、光の剣が出現していた。
「これは……天属性にしか反応しないから、ガラクタと思われていたわけね」
「ふっふっふ、どんな遺物もイリスちゃんに掛かれば形無しなのです」
「あはは……はい。これは『天の剣針』と言って、どちらかと言うとこんな風に飛ばして使う武器ですね」
言いつつ、僕は光の剣を放り投げる。
僅かに宙を駆けた剣針は、その直後にぴたりと空中に静止していた。
僕が魔力を通じて操作しない限りはこのままだろう。
とりあえず魔力をカットし、落下してきたロザリオを受け止めて、小さく頷く。
魔力を込めただけ剣の強度は上がるし、中々便利な武器になるだろう。
「へぇ、面白いわね」
「操作も魔法でやってるのですね……あの幼女ならもう少し色々と弄れそうですが」
「そうだね、今度相談してみようか」
ロザリオをポシェットにしまい、僕は頷く。
とりあえず、ある程度は時間があるのだ。慌しく事件に巻き込まれてばっかりだったけど、少しは休憩してもいいだろう。
剣針の改造なども考えつつ、僕たちは与えられた部屋へと向かって行ったのだった。
* * * * *
「――報告は以上になります」
第一武家、アイン・ガーランド。
魔剣使いの一族であり、知勇に優れたエスパーダ最高位の武家。
その頂点たる当主、《剣武王》セルディ・アイン・ガーランドを前にして、クレイグはそう締めくくっていた。
目の前の相手は、己の実の父親だ。しかし、クレイグに肉親に対しての情など存在しない。
そんなものは、幼き日に――剣武帝の前に立った日に、捨て去ってしまったのだから。
アイン・ガーランドは、徹底的なまでの実力主義だ。
そして同時に、才能主義でもある。その上で、彼らは己に厳しい修練を強いているのだ。
ドライ・オークスのように武だけに特化することもなく、全てにおいて自分という存在に妥協しない。
その姿勢こそが、武家の序列一位という地位を作り出しているのだ。
故にこそ、クレイグと言う青年にとって、この家は他人の家に等しいものであった。
才能の目がないと判断された人間に対し、この家はどこまでも冷酷なのだから。
「そうか……あの魔剣を取り戻すには至らなかったか……まあいい、良くやった」
「は……? いえ、勿体無いお言葉です」
――だからこそ、『良くやった』などと言う言葉をかけられたことに、クレイグは一瞬困惑していた。
到底掛けられるはずも無い言葉だ。アイン・ガーランドにとって、クレイグと言う男はまるで価値のない存在のはずなのだから。
内心で疑問を抱き――そして、一つの考えにたどり着く。
(お前は所詮その程度が限界だ、と言う意味か。まあ、期待されていた方が驚きだしな)
頭を垂れたまま僅かに嘆息を零し、浮かべた疑問を消し去る。
気にしていても仕方が無い。相手にとって価値が無いのと同時、己にとっても価値はないのだから。
剣武王であるセルディの実力は確かなものであり、遥か格上の存在であるため、その技術に興味が無いわけではない。
しかし、自分はそれ以上の技量を持つ人物に対して教えを請うことが出来るのだ。ならば、執着するような理由も無い――クレイグは、ただ淡々とそう判断していた。
「では、私はこれで失礼します」
「ああ、待て。お前は、今日はどこに滞在するつもりだ?」
「は? ……ああ、ご安心を。街に宿を取っておりますので、私のような才無しを近くに置くような不快感を味わうことはないでしょう。では」
淡々とそう告げて、クレイグは当主の部屋を辞する。
退出の寸前、僅かに溜息の音が聞こえた気がしたが、気のせいだろうと判断してクレイグはその場を後にしていた。
クレイグは、アイン・ガーランドから依頼を受けていた。
彼としても請ける義理は無いと考えていたのだが、相手は剣武王、不安定な立場しか持たぬクレイグよりも遥かに立場は上だ。
故に断ることも出来ず、こうしてネームレスを追う任務を請けていたのだが――
「何故わざわざ俺に言うのか……自分たちでやったほうが手っ取り早いだろうに」
軽く嘆息し、クレイグは歩き出す。
この場に留まっても面倒があるだけだ。早くエルセリアの元に帰りたいと、クレイグは足早に第一武家の屋敷の中を進んでいた。
が――そんな彼の背中に、涼やかな声が届く。
「――お待ちください、お兄様」
「……私のような『出来損ない』をそのように呼ばれると、周囲から反発を受けますよ、次期当主殿」
小さく溜息を吐き出し、クレイグは振り返る。
そこに立っていたのは、黒く真っ直ぐな長髪を流す一人の少女だった。
両側のもみあげに巻きつく細く赤いリボンが印象的な、涼やかな美貌の少女。
セレスティア・アイン・ガーランド――第一武家の跡取りにして、当代最高の剣と魔法の才を備えた才媛。
本来ならば、クレイグの妹であった少女である。
そんな彼女は、クレイグの言葉に顔を顰めると、小さく嘆息してから声を上げる。
「私のことは気になさらないでください。それよりも、今日はどうしてこちらに?」
「例の件の報告です。残念ながら、奪還には至っていませんが……詳しくは、剣武王閣下にお聞きした方がよろしいかと」
「……そう、ですか」
その言葉に、セレスティアは残念そうに視線を伏せる。
それも当然だろうと、クレイグは内心で頷いていた。
他でもない、盗まれてしまったのは彼女の剣なのだから。
とはいえ、奪還の目処は付いていると言っても過言ではない。
後は、イリス次第だろう――そう考えつつも、そのような言葉を告げる義理も無いと、クレイグは軽く一礼して踵を返す。
「それでは、私はこれで」
「あ……ま、待って! 今日の宿は――」
「……皆さん何故かそれを気にされますね。外で取っているのでご安心を――申し訳ありませんが、仲間を待たせているので」
一方的に言葉を告げ、クレイグは足早にその場を立ち去る。
彼の背を見送り――思わず上げていた手をぱたりと落とした少女は、小さく落胆の声を零す。
「……お兄様」
「お嬢様――あの男をそのように呼ばれるのは感心しません」
ふと、声が掛かり、セレスティアは顔を上げる。
気配は最初から感じていた相手である侍女は、彼女も顔見知りの相手であった。
そんな彼女の言葉に、セレスティアは憂鬱に溜息を零す。
「皆、そう言うのね」
「当然です。むしろ、何故お嬢様はアイン・ガーランドを名乗ることを許されなかったあの男にそこまで執着するのですか。確かに、剣武帝閣下の教えを受けていますが……」
「……アイン・ガーランドとしては欠陥品。もう何度も聞きましたよ」
嘆息して、セレスティアはクレイグが去っていった方向とは反対の向きに歩き出す。
アイン・ガーランドには自負がある。最強の武家であると言う、その自負が。
事実、彼らは国内最高の戦闘集団であるといっても過言ではないだろう。
護国の要であり、国と民を護る誇り高き戦士たちだ。
故にこそ、半ばで道を諦めた者に対して、彼らはどこまでも冷淡なのだ。
――けれど、知っている。セレスティアも、セルディも。
「……7対3です」
「はい? 何がですか?」
「今の私とお兄様が戦った場合の戦績です」
「まさか、あの男がお嬢様から3度も勝ちを拾えると言うのですか!?」
侍女の言葉に含まれた驚愕に、セレスティアは再び乾いた笑みを零す。
否、それは自嘲だろうか。かつての己の行いに対する、悔やみと嘲笑を交えた表情。
「魔剣を失った今の私では――戦えば、7度負けるでしょうね」
その言葉に、侍女は思わず絶句する。
そんな気配を背中で感じ取りながら、セレスティアは父の部屋へと向かって歩いていったのだった。
【Act12:天使と武家――End】
NAME:イリス
種族:人造天使(古代兵器)
クラス:「遺物使い(レリックユーザー)」
属性:天
STR:8(固定)
CON:8(固定)
AGI:6(固定)
INT:7(固定)
LUK:4(固定)
装備
『天翼』
背中に展開される三対の翼。上から順に攻撃、防御、移動を司る。
普段は三対目の翼のみを展開するが、戦闘時には全ての翼を解放する。
『光輪』
頭部に展開される光のラインで形作られた輪。
周囲の魔力素を収集し、翼に溜め込む性質を有している。
『神槍』
普段は翼に収納されている槍。溜め込んだ魔力を解放し、操るための制御棒。
投げ放つと、直進した後に翼の中に転送される。
特徴
《人造天使》
古の時代に兵器として作られた人造天使の体を有している。
【遺物兵装に干渉、制御することが可能。】
《異界転生者》
異なる世界にて命を落とし、生まれ変わった存在。
【兵器としての思想に囚われない。】
使用可能スキル
《槍術》Lv.2/10
槍を扱える。戦いの中で基本動作を活かすことができる。
《魔法:天》Lv.4/10
天属性の魔法を扱える。腕利きの魔法使いである。
《飛行》
三枚目の翼の力によって飛行することが可能。
時間制限などは特にない。
《魔力充填》
物体に魔力を込める。魔導器なら動作させることが可能。
魔力を込めると言う動作を習熟しており、特に意識せずに使用することが可能。
《共鳴》
契約しているサポートフェアリー『アイ』と、一部の意識を共有することが可能。
互いがどこにいるのかを把握でき、ある程度の魔力を共有する。
《戦闘用思考》
人造天使としての戦術的な思考パターンを有している。
緊急時でも冷静に状況を判断することが可能。
《鷹の目》
遥か彼方を見通すことが出来る視力を有している。
高い高度を飛行中でも、距離次第で地上の様子を把握することが可能。
《鋭敏感覚》
非常に鋭敏な感覚を有している。
ある程度の距離までは、近づいてくる気配などを察知することが可能。
《怪力》
強大なる膂力を有している。攻撃ダメージが増幅する。
《並列思考》
同時に複数の思考を行うことができる。
現在のところ、最大二つまで。
称号
《上位有翼種》
翼を隠せる存在は希少な有翼種であるとされており、とりあえずそう誤魔化している。




