Act11:天使の休息
「おのれあの変態仮面の関係者はみんな変態ですか! よくもアイのイリスちゃんに好き勝手してくれましたね! 次に会ったらただじゃおかないのです!」
「意気込みは分かるけど、下手に手出ししないようにね……本当に強いから」
攫われていた時の様子はどこへやら、机の上で憤りを全身で表現するアイの様子を、僕はベッドに寝転んだまま観察していた。
フェリエルとの戦いの後、力尽きて倒れてしまった僕は、アイと共に泊まる部屋へと運び込まれていた。
魔力が尽きたわけでもないし、それほど大きな肉体的ダメージを受けたわけでもないけれど、あの変態の相手をするのはあまりにも精神的に疲れる行為だったのだ。
実力は遥か格上であり、クレイグさん曰く、彼とエルセリアが連携しながら本気で戦ってようやく拮抗するレベルだったそうだ。
僕が食い下がることが出来たのは、フェリエルがあくまで僕を試すために戦っていたから。
そしてあの狂気に飲み込まれた後は、僕のことを気に入って手に入れようとしていたから。
彼女は、最初から僕を殺す気なんて欠片もなく、ずっと手を抜いて戦っていたのだ。
「……ああ、もう。何で穏やかに過ごさせてくれないんだ」
「まあ、あの変態仮面に関わったのが運の尽きという感じなのです」
アイの言葉を否定できず、僕は枕に顔を突っ込んで呻き声を上げていた。
あのフットワークの軽さもあるし、いずれは捕捉されていた可能性も高いけれど……少しぐらいこの世界を満喫する時間が欲しかった。
まあ、今更文句を言ってもどうしようもないけれど。
「……はぁ」
――強くならないと、なんて言葉が脳裏に浮かび、僕は嘆息する。
昼間、ローディスさんに釘を刺されたばかりだ。今の僕は確かに、戦いに傾倒しすぎている。
もしあの人から指摘されていなければ、僕は今回の件で更に強くなろうと躍起になっていただろう。
幸い、今は一度踏みとどまるだけの考えを持つことが出来ている。
それが僕にどのような影響をもたらすのは分からないけれど。
今日戦っている間に思ったのは、共闘することの楽さだ。
これまで、みんなで一緒に戦っていることはあっても、二人以上で同時に同じ相手と戦った経験はなかった。
それは、僕が飛行していて同じタイミングで戦いづらいと言うのもあったけれど、力を使いこなせていない僕では難しい行為だったのだ。
けれど、エルセリアに魔法を教わって、誰かの援護を行えるようになった。
視野が広がった、と言う感じだろうか。まだ、自分のスタイルを見つけるには経験不足だけれど。
「ローディスさん、か。ふふ」
「ぬお!? 何ですかイリスちゃん、その反応は!? 駄目ですよ、あの変態は駄目なのです!」
「アイの場合、誰が相手でも駄目って言いそうだけど……いや、そういう意味じゃないからね。単純に、あの人となら共闘しやすかったってだけだから」
「むぅ……まあ、まともな空戦が出来る人はこれまでいませんでしたけど、気を許しちゃ駄目なのですよ!」
「あはは、分かってるよ」
僕の耳元でふんぞり返るアイに、僕は顔を横に向けつつ苦笑する。
まあ、戦い方はこれからも考えていくようにしよう。まだ、始まったばかりなのだから。
と――部屋にノックの音が響いたのは、ちょうどその時だった。
誰だろうか、このタイミングで?
【パーティメンバーから二人まで名前を指定】
1.エメラとローディス
>2.クラリッサとクレイグ
『イリス、起きてるかしら?』
「クラリッサさん? はい、大丈夫ですよ」
ベッドから起き上がり、身だしなみを整えながらそう答える。
正直、ちょっと女性らしい仕草で若干の自己嫌悪を感じたけど、今は忘れておくことにする。
僕が許可を出すと、扉は程なくして開き――そこから、クラリッサさんとクレイグさんが部屋の中へと入ってきた。
「悪いな、邪魔するぞ」
「あ、はい。大丈夫ですけど……二人一緒に来るなんて、どうかしたんですか?」
「現状の説明に来たんだがな。なぜか、俺一人には行かせられんと言われたんだが」
「ああ……」
まあ、誰が言ったかはともかくとして、クレイグさん一人を向かわせることに危機感を覚えそうな人には何人か心当たりがある。
実際、クレイグさんは誰彼構わず手を出すような人じゃないのは確かだけど、性欲強そうだしなぁ。
まあ、クラリッサさんがいる以上心配はないだろうし、僕は頷きながら二人の使う椅子を用意していた。
「そこで無防備にベッドに座るからいろいろ言われるんだがな……ま、いいか。とりあえず、後処理にはいろいろと面倒があったが、一先ずは落ち着いたぞ」
「あ……ありがとうございます。本当なら僕がやらないといけないのに……」
「いや、今回ばかりはこれで正解ね。正直、派手にやりすぎたし」
ウィンドドラゴンを落としたところでもそうだったけれど、全力で翼を使って移動してしまったし、しかもその後にあれだけ派手な魔法を使った戦闘だ。
後半の細かな妨害に使った程度のものならまだしも、《天閃》やらフェリエルの使った魔法やら、エルセリアが援護に放った砲撃やら、どれもこれも強大な力を持つ魔法ばかり。
さすがに、これ以上ないぐらい目立ってしまっただろう。
「ウィンドドラゴンを叩き落した時も、色々と見られてたからな……一応、お前が飛んで行ったときの翼については、天属性の特殊な魔法だって説明しといたが」
「あ、はい、ありがとうございます」
「肉体同化型の特殊な遺物だって説明するよりはマシでしょうけど、それでも希少属性なのは確かだし、気をつけなさい」
「りょ、了解です」
まあ、流石に《天翼》のことが周知されてしまうよりは遥かにマシだ。
クラリッサさんの言葉にこくこくと頷きつつ、僕は内心で安堵の吐息を零していた。
アイがあまり見られなかったのも幸いと言えば幸いだろう。
ああやって人質と言うか餌代わりに使われたわけだけど、そのおかげであまり目に付かなかったのは不幸中の幸いだ。
「でも、それならそこまで面倒って訳じゃないのでは……?」
「翼のことは何とかごまかしたが、お前の槍についてはもう誤魔化しようがない。普段は盗まれないところに仕舞っておけるとはいえ、厄介な手合いに絡まれる可能性は高いぞ」
「うぇ……」
状況的に仕方なかったとはいえ、それは確かにそうなるだろう。
確かに盗まれる心配はないし、僕以外には扱えない遺物だけれども、目をつけられるのは厄介と言わざるを得ない。
そんな僕の嫌そうな表情に、クレイグさんは苦笑じみた表情を浮かべていた。
「ま、他の装備に比べりゃまだ大人しい方だし、フォローも難しくはない。とはいえ、今後は周囲に気をつけろよ」
「分かってます。それで、他にも何かあったんですか?」
「ああ、それなんだけどね……教国の連中に目をつけられたのよ」
「教国?」
首を傾げる。そういえば、この世界の国やら地理やらに関してはまだ詳しくない。
この国がエスパーダという名前なのは知っているけれども、他の国に関してはさっぱりだ。
そんな僕の疑問を感じ取ったのか、クレイグさんは軽く苦笑しながら声を上げた。
「詳しい話は、まあ実際に行ってみれば分かると思うが……いや、お前さんは行かない方がいいかもな。あそこは天使信仰の強い国だ」
「て、天使信仰? 本物の天使がいるんですか?」
「さあ、正直御伽噺の中だけだと思うけど……あの国の場合は違うわね。あそこが信仰してるのは、貴方たち人造天使よ」
「いやいやいや、何で僕たちが信仰の対象になるんですか」
本気で意味が分からない。確かに僕たちは天使のような姿をしているけれども、別に神様とはまったく関係ないのだから。
しかし、そんな僕の言葉に対し、クレイグさんは若干乾いた笑みで首を横に振っていた。
「大戦期、この辺りにあった国が滅び、人造天使たちは各国に流れている。彼らはその後も陣頭に立って戦っていたからな、教国では特にそれが目立っていたってわけだ」
「……それが、今の今まで信仰として残ってるんですか?」
「人造天使ってのは寿命じゃ死なないんだろう? 生ける伝説もいつまでも残っていれば信仰も弱まりはしないってことだ」
「あの国だと、神から遣わされた存在ってことになってるんだったかしら? 真実を知ってしまえば、さもありなんって所だけど」
クラリッサさんの言葉に、僕は思わず頬を引きつらせる。
人造天使は、あくまでも人の手で作り上げられた兵器だ。
神の遣いなどと言われても、正直困るのだけれども。
「……まあ、扱いはいいかも知れんが、正直関わらないようにすることを勧めるぞ。あの連中は面倒だ」
「面倒、なのですか? 具体的には?」
「簡単に言うと、魔人族蔑視の強い国ね。魔人族が種族の一つであると認められた今でさえ、頑なに認めようとしていないわ」
「ああ、なるほど……その手のパターンですか」
不快そうな表情で言い放つクレイグさんに、思わず納得する。
確かに、エルセリアのことを気に入っているこの人には認めがたいことだろう。
僕としても、魔人族に対しては別に敵意なんてないし、それを排斥しようとする人たちとはあまり関わりあいたくない。
アイもどうやら僕と似たような感想らしく、渋い表情を浮かべている。
そんな僕たちの様子に、クレイグさんは僅かに苦笑を浮かべていた。
「ま、一応誤魔化してはおいたし、お前は既にこの国の庇護下に入ることが確定してる。あまり面倒なことにはならんだろ」
「は、はい。よろしくお願いします」
「一応、ここから首都に着くまでは少し大人しくしていなさいね。強力な遺物を持ってる上位有翼種って認識でも、色々と厄介なんだから」
「う……はい」
リーダーからのお達しだし、さすがに仕方ないか。
最近働きすぎだとも言われていたんだし、無理をして更に面倒な状況にする訳にもいかないだろう。
ただでさえ、僕のせいで面倒な相手に絡まれてしまったのだから。
「とりあえずの注意事項はそんなところか……何か、他に聞いておきたいことはあるか?」
「ん、えっと――」
1.いつごろ出発するのか。
>2.フェリエルの扱いはどうなるのか。
「そういえば、フェリエル……あの人はどうなったんですか?」
「あの後か? 飛び去ってからの行方は分からんが、ネームレスに繋がる人物だからな、手配されるのは間違いない」
「コントラクターとしての資格も剥奪されるでしょうけど、それでどうにかなるような人物には思えなかったわね」
「同感だ。あの仮面野郎と同じぐらい厄介な手合いだぞ、あれは」
うんざりとした様子で、クレイグさんはそう口にする。
人格こそ変態極まりないフェリエルだけど、その実力は確かなものだ。
クレイグさんとエルセリア二人がかりでようやく互角というのだから、僕がどれだけ手加減されていたのかが分かるというものだろう。
正直、もう二度と会いたくないが……そうも言っていられないのだろう。
「流石にしばらくは姿を現さないでしょうけど、イリスは誰かと一緒に行動するのを心がけるようにしなさい」
「流石に一人か、アイと一緒だったとしても、フォローするのが難しいからな。俺たちの誰かがいれば、最低限時間を稼ぐのは可能だろうが」
「あー、はい、お世話になります」
「ぐぬぬ……アイも強くならねばならないのです!」
息巻くアイに苦笑しつつ、僕は頷く。
恐らく、危険どうこうが無かったとしても、僕が一人きりで行動することは難しくなるだろう。
この国、そして武王会議にとって、僕はすっかり重要人物となってしまっているのだから。
「面倒な難癖をつけてくる連中もいるかもしれんからな、その辺は我慢してくれ。ドライ・オークスがいる以上、黙らせるのは難しくないとは思うが」
「ええ、イリスを利用しようとする連中など近づけさせないわ。安心なさい!」
「あはは、ありがとうございます、クラリッサさん」
胸を張るクラリッサさんに、思わず笑みを浮かべつつ頷く。
武家もカースト制度みたいな風になってるわけだし、色々としがらみがあるんだろう。
正直、あんまり関わり合いにはなりたくない世界だけれども、そうも言っていられないか。
「と、まあその話に関連したことであるんだが……実は、俺たちは首都についた後、少し別行動を取らなきゃならなくなる」
「別行動ですか? どうしてまた?」
「今回の件について、報告しなくちゃならんからな。一応伝書は飛ばしてるが、口頭で伝えんとならんだろ」
「そうね。武王会議の招集にもなるのだろうから、お父様への報告だけじゃ済まないでしょうしね」
武王会議のシステムはよく分からないけど、報告の必要があるというのは納得できる。
今回の件は、下手をすれば国を動かすような大事にもなりかねないのだから。
というか、フリオールでの件が大したことの無い扱いをされている時点で、ネームレスの事件が大事なのが分かるだろう。
手紙で済ませられる次元は当に超えてしまっているのだ。
「まあそういう訳で、俺たちは少し別行動をしなきゃならんのだが……さっきも言ったとおり、お前を一人で放置するわけにも行かない」
「私たち武家の誰かについていくか、それともエルセリアと待つか、って所でしょうね。貴方はどうしたいかしら?」
「誰かに、ですか。それなら――」
1.クレイグ
>2.クラリッサとエメラ
3.ローディス
4.エルセリア
まあ、それなら女性同士で気心も知れているクラリッサさんだろう。
女性と言うだけならエルセリアでもいいけれど、やっぱり武家の家というのも気になる。
僕のイメージしている貴族の家とは色々と違いそうだけれども、それでも色々と豪華なんだろう。
少し、期待してしまう。
「クラリッサさんと一緒に行きたいです。事情を説明するのにも、たぶんちょうどいいと思いますし」
「……ちょうどいいか? いや、まあ他も微妙なのは確かか……」
「ちょっとクレイグ、その反応は何かしら」
「いや、何でもない。まあ、いいと思うぞ。色々と勉強にはなるだろう」
「何か、その反応は微妙に気になるんですけど……」
クラリッサさんの家に何かあるというのだろうか。その反応は若干気になるのだけれども。
まあでも、クレイグさんは何だか事情が複雑そうだし、ローディスさんのところは今回の件とは直接関わりないかもしれないし……やっぱり、ちょうどいいのはクラリッサさんのところだろう。
アイとしても、僕が男の家に行かないのは安心な様子だ。
「とりあえず、着いてから会議まではうちでイリスを預かるわ。問題ないわね?」
「ああ、お前さんの所なら、使用人をつければイリスの行動制限も少なくて済むだろうしな。その方がいいだろう。俺も、報告が済んだら顔を見せるさ」
「……まあ、いいけど。さて、とりあえず伝えておくことはこの位かしら?」
「だな。後はまぁ、追い追いでいいだろう」
どうなるかは分からないけど、とりあえずの方針は立てられた。
まだ、色々と不安はあるけれど……この人たちに頼らせて貰うしかないだろう。
この先、僕に課せられる試練とやらが一体どんなものになるのかは分からないけれど、乗り越える以外に道はない。
そのためにも、試練のことについては多少調べてみたほうがいいかもしれない。
どの程度調べられるかは分からないけど――
「着いてからが本番、ですね」
「ん、ああ……お前さんにとっては、辛いかもしれんが」
「大丈夫です、頑張りますから」
面倒な相手に目をつけられている事実は変らない。けど、だからこそ頑張らなくては。
今度は、アイを危険に晒したりすること無く、協力し合いながら戦うことが出来るように。
僕はクレイグさんの言葉に頷きながら、しかと決意を固めていた。
――そしてその二日後、僕たちは、この国の首都へと向けて出発していたのだった。
【Act11:天使の休息――End】
NAME:イリス
種族:人造天使(古代兵器)
クラス:「遺物使い(レリックユーザー)」
属性:天
STR:8(固定)
CON:8(固定)
AGI:6(固定)
INT:7(固定)
LUK:4(固定)
装備
『天翼』
背中に展開される三対の翼。上から順に攻撃、防御、移動を司る。
普段は三対目の翼のみを展開するが、戦闘時には全ての翼を解放する。
『光輪』
頭部に展開される光のラインで形作られた輪。
周囲の魔力素を収集し、翼に溜め込む性質を有している。
『神槍』
普段は翼に収納されている槍。溜め込んだ魔力を解放し、操るための制御棒。
投げ放つと、直進した後に翼の中に転送される。
特徴
《人造天使》
古の時代に兵器として作られた人造天使の体を有している。
【遺物兵装に干渉、制御することが可能。】
《異界転生者》
異なる世界にて命を落とし、生まれ変わった存在。
【兵器としての思想に囚われない。】
使用可能スキル
《槍術》Lv.2/10
槍を扱える。戦いの中で基本動作を活かすことができる。
《魔法:天》Lv.3/10
天属性の魔法を扱える。一般的な戦闘魔法使いのレベル。
《飛行》
三枚目の翼の力によって飛行することが可能。
時間制限などは特にない。
《魔力充填》
物体に魔力を込める。魔導器なら動作させることが可能。
魔力を込めると言う動作を習熟しており、特に意識せずに使用することが可能。
《共鳴》
契約しているサポートフェアリー『アイ』と、一部の意識を共有することが可能。
互いがどこにいるのかを把握でき、ある程度の魔力を共有する。
《戦闘用思考》
人造天使としての戦術的な思考パターンを有している。
緊急時でも冷静に状況を判断することが可能。
《鷹の目》
遥か彼方を見通すことが出来る視力を有している。
高い高度を飛行中でも、距離次第で地上の様子を把握することが可能。
《鋭敏感覚》
非常に鋭敏な感覚を有している。
ある程度の距離までは、近づいてくる気配などを察知することが可能。
《怪力》
強大なる膂力を有している。攻撃ダメージが増幅する。
《並列思考》
同時に複数の思考を行うことができる。
現在のところ、最大二つまで。
称号
《上位有翼種》
翼を隠せる存在は希少な有翼種であるとされており、とりあえずそう誤魔化している。




