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後

伯爵令嬢のスピンオフになります

広いフラットで暮らして半年程過ぎた

代書屋は順調らしい

事務所に客は引きも切らない

客質も変わり、身なりの良い奴らばかりになって来た

ライアンも上質な服でよけい美男ぶりを発揮している

優しさは変わらない

けど一緒に居る時間は自然と減る

彼は昼の、あたしは夜の仕事だから


「サラ…そろそろ梟亭辞めない?」

「何で?」

「……もう僕の稼ぎで暮らせる」

「やだよ…だって」

─だってあんたの稼ぎはあんたのだろう─

口には出さなかった

少し前から時々言ってたけど最近は毎日のように同じ事を言う

首を振るあたしに不満そうに言った

「…じゃ、あの男にだけは気を付けて」

「あの、男?」

「用心棒の男、君に気がある…」

「気があるかは…え、知ってたんだ?」

顔を顰めて俯向いた

「前に………その身体で…満足させられるのかって。その、君を」

「ダグが言ったの?そんな事を?」

頷くライアンを抱き締めた

「…ぜんぶ満足、すごく満足だよ」

ダグの奴…許せないな

でもやっぱりライアンは優しい

こうやってあたしを喜ばせるコツを知ってる

上手にヤキモチを焼いてみせるんだ

気遣い…?

の大サービスかな



 昼間あたしは奥の部屋に居る

けれど出入りする客は廊下や玄関でちょいちょい見掛ける

最近、客は女より男の方が多い

恋文より本当の代書屋の仕事が増えたんだ

だから…

余計に目立った


 凄く美しく可愛らしい女

いや…貴族の令嬢

よく来る…何度か見掛けた

ライアンの客なんかあたしが気にする事じゃない

分かってるけど…

この間クローゼットで箱を見つけた

よくお貴族様が被っている丈の高い帽子だった

何故こんな物があるのか…

聞く勇気はなかった

怖かった

ライアンはたぶん貴族の生まれ

礼服や丈の高い帽子

ああ、きっと素晴らしく似合うんだろうな…

心の奥が軋んだ


 あたしはもう要らない存在…

でも離れたくないよ、ライアン


そんなある日

店に出る為にフラットを出たあたしは忘れ物に気づいた

アビーに貸す約束のスカーフ

急ぎ足で引き返す

…………

フラットの斜め向かいであたしは立ち止まる

あの帽子が見えたから…


足を引き摺ってる事さえさほど気にならない

ライアンは上質なスーツを完璧に着こなして令嬢に腕を貸していた

最近よく見るあの美しい令嬢

前に停まっていた馬車に令嬢の手を取り乗り込んだ

二人を乗せ去って行く馬車

まるで…

まるで恋物語の舞台の一場面のようだった 

立ち竦んだまま動けない

あたしが出る時ライアンは出掛けるなんて言って無かった

内緒、いや…

言う必要が無いんだ

あたしには関係無い事だから


 あたしは必要ないどころか、もう……

邪魔なんじゃないのか

 


 気がついたら梟亭に居た

いつも通り客に愛想を振りまきながら働く

心は凍りついたまま…


「男と喧嘩しちゃってさ、帰りたくないんだ。今夜冷えそうだし…店の隅貸してよ」

「しょうがねえな…今夜だけだぞ」

マスターは苦笑いで頷いた



 「…おい」

なんか足のあたりを蹴られて目が覚めた

「何やってんだ」

ダグだった

床に毛布を被って寝てたあたしを覗き込んでた

ああ…そう言えば一番に店に来るのはこいつだったな

「何だってこんなとこで寝てんだ…?」

「いいだろ…別に」

「男に捨てられたんだろ、あいつ今良い暮らししてんだって?」

「煩い…」

「機嫌悪いな、寝起きだからか?なあ、じゃ今夜は俺んとこ来いよ」

「……」

あたしは鬱陶しそうに睨んで無視をした


 開店直前くらいにマスターがあたしを呼んだ

裏口にライアンが来たらしい…

ダグの視線を感じながら裏口に顔を出す


 「…サラ、良かった…居た」

ライアンが眉を寄せ安心したように笑った

あたしはあれからずっと悲しかったし苦しかったし…悔しかった

その感情がライアンを見た途端膨れ上がってあたしを支配した

「……何?」

「何、って…昨夜、帰って来ないから何かあったのかと…心配で」

「心配…あんたがあたしを?」

「サラ…何か、あった?」

あんたはあたしが邪魔な筈だろ…

何でここに来んだよ?そう思った

「あったよ見たんだ。…見たんだ昨日、お綺麗なカッコしたあんたを」

「え…」

「綺麗な女と嬉しそうに出掛けたじゃないか⋯あれ、あの女貴族だろ…あんた貴族に戻んだろ?」

「ちょっと待て…」

「あの女と一緒んなって貴族に戻んだろ…?」

「いや、そんな…サラ話を聞いて…」

話なんか聞きたくない

まだあたしに気を遣ってんの…?そんなのよけい傷つく……

心がそう叫んだ

「ごめん。これから開店なんだ…話しは…」

「……サラ」

「話は後で…」

「後?じゃ今夜は…今夜は帰って来る?」

帰ったら……別れ話になる

そう感じた

あたしは思わず俯向く

それが頷いたように見えたのだろう

「…わかった、帰って来るね?」

だからそんな気なかったけど今度はちゃんと頷いた

「…うん……だから今は帰って」

暫くあたしを見詰めてからライアンも頷いた


そして、何度も振り向きながら帰って行った



 「なあ何があったんだ?喧嘩したんか」

ダグが話し掛けて来る

「俺んとこ来いって、行くとこねんだろ?」

事ある毎に話し掛けて来る

「来いって、なあ、遠慮すんなよ」

しつこさに閉口したけど、なんだかそれでもいいような気がして来た


帰りたくないし帰れない

もうライアンの邪魔になりたくない

けど直接、別れの言葉を聞くのは嫌だ

今日帰らなければ呆れるだろう…


〘何だよあいつ、こんなに気を遣ってやったのに、面倒くさい奴だな……まあもういいか…〙


ライアンの声でセリフを頭に響かせてみた

心が砕けるような気がしたけど…

それで正しい気もした


 「なあ、サラ俺んとこ…」

あたしはダグに頷いた

「…いいよ」

 *** 



 この界隈は梟亭より遅くまで開けてる店も多い

そんな店の一軒で待ち合わせた

軽く飲んでからダグのフラットに向かう

ダグは上機嫌でよく喋った

虚ろな気分で思う

こいつに委ねれば忘れられるのか

いや、それは無理な気がする

……気くらいは紛れるかも知れない

でも…

ああ、あたしあいつに惚れてるんだなあ

夜空を見上げたら…

 涙が一筋だけ流れて落ちた

 

ダグの部屋に入るといきなり後から抱きつかれた

体温が気持ち悪くて息が酒臭くて思わず体を捩って腕を解いた

「まだ早いよ、ちょっと休ませ…」

「早い訳ねえだろ、勿体ぶるなって…」

強引に寝台に押し倒された

……こうなる事、分かっててついて来たはず

 気を紛らせようと思ったはず

そう思い、覚悟して目をきつく閉じた

けど…

撫ぜまわす手が服の上からでも不快だ

覆い被さられてその重さに嫌悪感が走る

無理…

ごめん無理!

「嫌!!」

叫んで全力で押し退けようとしたがびくともしない

「やめてっ」

乱暴な手が服の釦を引き千切った

あたしは身を縮め殺されでもするような大声を出した

「きゃーーー!!」

それと同時に部屋のドアが大きく開け放たれた


 駆け込んだのは体を大きく揺らす影


驚いて上半身を起こした男の力が弛んだ

あたしはその隙を這い出して寝台を転げ落ち床に尻餅をついた

横に立つ杖の男を見上げた

「…ライアン…」

呟くあたしを無視して彼は一歩踏み出した

ズルッ……

足を大きく引き摺り、杖を素早く振り下ろす

それはダグの手の甲を打ち抜き、彼は言葉も出せず蹲る

返す手でその背を打たれた

「ぐぇ…!」今度は声を出し仰け反った


 ライアンはそこに言い放つ

「二度とこのような振る舞いはしないと誓え…!さもなければ次は無い」

 何…その、ダサいセリフ……

尻餅のまま呆然とするあたしを引き起こす手があった

「ケイト…?」

驚いているといきなり…

ピシッ…

ケイトはあたしの頬を打った

「誘われたからって…他人(ひと)の男にホイホイついて行かないでよっ」 

ダグを指差して言った

思わず目を剥く

「あ、知らなかっ…た」

頬を押さえて呟くあたしを睨んだ

「知らなきゃ何してもいいって?」

「……ご、めん」

 ケイトは溜息をついてライアンを見た

「もういいから。あんたの女連れてさっさと出てってくんない?」

「分かった…今日は色々すまなかった、ありがとう」

 そういうライアンに頷いて追い払うように手を払った、そして

「ケ、ケイト…ケイティ……」

寝台で涙目のダグを睨んで怒鳴った

「煩い!あんたはこれからたっぷり説教だ、覚悟しな!」



ライアンに手を引かれ遅い速度で夜道を歩く

ずっと無言だ

恐る恐る聞いた

「足……辛いの?」

「……当たり前だ…昨夜と今日、いったいどれだけこの足で歩いたと思う…?」 

「……」

溜息をつきライアンは話し出した

「昨夜も深夜に梟亭まで来て…また君を探しながら帰ったんだ」

あたしが中でふて寝してたとは……思わなかっただろうな…

「今日の昼過ぎ来て君が居て安心して…少し眠った、けど…また不安になって迎えに出た」

あたしを横目で睨む

「店は閉まり君はいなくて…また帰った」

「……それからまた…?」

「ああ…梟亭近くの店をうろうろ探し回ってたら…一軒にケイトさんが居た」

立ち止まりあたしに向かう

「後は想像つくだろ…あの男の部屋の鍵はケイトさんが開けてくれた…」

引き千切られた胸の釦を見ながら言う

あたしは慌てて手で釦を隠す

「……ごめん、なさい…でも、でもあんたが」

「…話を聞いてって言ったよね、説明するって意味だよ」

ライアンはそれきり黙ってまたゆっくり歩き始めた

あたしの手をきつく握ったまま…



部屋に帰ってふたりで寝台に座った

あたしの手にはホットミルク

ライアンが温めてくれ、肩にはストールまで被せてくれた

「まず、誤解を解くよ」

彼も紅茶を一口飲んだ

「君が見た、僕と居た女性…彼女は僕の顧客の奥方で…確かに貴族だ」


 ──最初は彼女の方に新婚の夫へ送る詩の手直しを頼まれた──


 「その詩をいたく気に入って下さったんだ」


 ──夫を紹介され文書係の専属契約を交わした──


 「昨日は急な口述筆記の依頼が入って奥方が馬車で迎えに来ただけだ…」

貴族邸だ君の言う“お綺麗”な格好での訪問は仕方がないだろう…とライアンは締め括った


「で…でも、あたしは邪魔物だろ……」

ライアンは眉を顰めた

「……どういう意味?」

「あ、あたしはもう必要ない…だってあんたはもう十分稼げるし、あたしは何の役にもたたない…」

情け無くて涙目になった

「それどころか…あんな綺麗な女の手を取るあんた見たら……あたしなんか」

「サラ…待って何を…」

「そうだよ、あんたが貴族に戻るんなら…あたしなんか邪魔だと思ったんだ!」

言い募るあたしを見つめ手からゆっくりとミルクを取り上げ卓に置いた

それから緩く抱き締め、背を二、三回軽く叩いた


 「サラ、僕は弱虫で甘ったれで、安い自尊心だけ高い……クズ野郎だ」

「ライアン……?」

「男娼で…男妾(おとこめかけ)だった。知ってるよね」

また背を緩く叩く

「それを……救ってくれたのは誰?……最低男を叱り、励まし慰めたのは?」


 ライアンの胸の中で涙が溢れた

「貴族にはそんなに簡単に戻れないよ。戻りたいとも思ってない………僕はサラと一緒に居たいだけだ」

彼のシャツを涙で汚しながら口を開いた

「で、でも今は、あたしは何の役にも…たたない」

「役にたってる…!」

頭と背に腕を回し強く抱きしめられた

「サラが提案してくれた仕事だろ?僕にでも出来る仕事…それでもっと、どんどん稼げるようになって……サラを養いたい」

髪に頬ずりをくれる

あたしの耳元で声が響く

「頼れる男だって思われたい…見栄だって張りたい、僕の芯はそれだけなんだ…」

頬に手を当て優しく顔を上げさせ瞳を覗き込んだ

「僕は……サラが居ないときっと元の情けない男に戻ってしまう」

あたしはもう……涙で声にならない

心の中は叫んでた

ライアン、ライアン……あたしのライアン

涙で汚れた酷い顔の筈のあたしを愛しそうに見つめくちづけてくれる

あたしはやっと言った

「……愛してる」

「僕はその倍…愛してる」

ああ…またダサいセリフ……

でも生涯で一番、嬉しかった


その夜のライアンの腕をあたしは初めて心から嬉しいと思った

今までずっと代償だと思い込んで素直になれなかった


 その分を取り戻すように全てを込めて彼を愛した



 あたしは西の町で出会う前のライアンを知らない

どんな境遇でどんな人生を辿ったのか…

右の手足の事情も知らない

知らないけど…

知らなくても別にいい


あたしが愛するのは今のライアンだから…


甘ったれで我が儘でダサい

でも

優しくて賢くて頼もしい

とびきりいい男


 それがあたしの男だ


 

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