第16話「人質」
天華天明・第56基地。
オルフェとの戦闘を終えたキャリアは、この基地へと着陸していた。
ゴズマンは基地内の通信室に入り、本部への報告を行っていた。
今回、キャリアに搭載されていたレギオンⅡは全機撃墜。
帰還した機体は、ゴズマンのレギオンγ。
そして——サキのワイバーンレギオンのみだった。
もっとも、レギオンⅡが全滅したこと自体は想定の範囲内だ。
相手はオルフェのファクター。
それも、ファクターズが相手となれば、全機撃墜されたところで意外でもなんでもない。
そもそも、今回の目的はレギオンⅡの実戦データを収集すること。
その目的は十分に果たしている。
そして、ワイバーンレギオン。
サキは、本部唯一のファクターであるミラのエウリューラを撃墜している。
これは、当初の想定を上回る戦果だった。
Ωクラス強化兵であるサキの技量。
そして、その能力を最大限に活かすために調整されたワイバーンレギオン。
その組み合わせは、間違いなく、現在の天華天明における主戦力だった。
◆
サキは、基地内に用意された個室にいた。
必要最低限のものしか置かれていない、殺風景な部屋。
サキは簡易ベッドに横になり、ぼんやりと天井を見つめていた。
(レナ……)
サキの心を占めているのは、彼女のことだけだった。
◆◆◆
あの日——
リーアとメルと別れたあと。
サキとレナは、カナダのとある地方でひっそりと暮らしていた。
人目を避けるような静かな土地。
レギオンΩも探知されないよう厳重に隠し、決して動かさなかった。
誰にも居場所を知られず、誰にも邪魔されない。
そんな生活の中で、2人は幸せに暮らしていた。
だが、その日常は突然終わりを迎えた。
ある日、サキが買い物を終えて帰宅した時だった。
玄関の前で、サキは足を止めた。
何かがおかしい。
すぐに、その違和感の正体に気づく。
ドアに鍵がかかっていなかった。
出かける際、確かに施錠したはずだった。
サキの表情が一瞬で変わる。
すぐさまドアを開け、部屋へ入った。
「レナ?」
返事はない。
室内を確認する。
しかし——
どこにもレナの姿はなかった。
「……レナ!」
もう一度呼ぶ。
やはり、返事はない。
サキは部屋の中を見回した。
テーブルの上には、飲みかけのカップが置かれている。
まだ、わずかに湯気が立っていた。
その近くには、レナが読んでいた本が開いたまま置かれている。
床には椅子が一脚、横倒しになっていた。
そして——
サキの目が止まる。
床に、レナがいつも身につけていた髪飾りが落ちていた。
サキはそれを拾い上げる。
自分が買い物に出ているほんのわずかな間に、何者かがここへ侵入し、レナを連れ去った。
サキは髪飾りを強く握りしめた。
その時——
部屋に残されていたメッセージに気づいた。
サキはすぐに、その内容を確認する。
そこに記されていたのは——
レナを拉致したという事実。
そして、指定された場所まで、レギオンΩと来るよう指示する内容だった。
サキは、すぐに行動へ移った。
隠していたレギオンΩのもとへ向かい、コクピットへ乗り込む。
指定された場所へ迷うことなく、レギオンΩを走らせた。
◆
指定された場所は、人里離れた場所にある古びた倉庫だった。
周囲に民家はなく、人の気配もない。
倉庫の前にも、それらしい人影は見当たらなかった。
サキはレギオンΩを降りると、警戒しながら倉庫の中へ入った。
そして——
そこには、レナがいた。
その周囲には、顔を覆面で隠した複数の人物が立っている。
レナは口を塞がれ、両手両足を完全に拘束されていた。
「レナ!!」
サキは叫んだ。
「んんっ……!」
レナは声を出すことができない。
それでも、涙を流しながら必死にサキを見つめていた。
今すぐにでも駆け寄りたい。
だが——
「動くな」
覆面のひとりが、低い声で制した。
サキの表情から感情が消え、鋭い視線だけが覆面たちへ向けられた。
「……何が望みだ」
「お前なら、大体わかるだろう?」
覆面の男は言った。
「…………」
確かに——その通りだった。
サキはΩクラス強化兵。
かつて天華連盟で最高峰の戦力として扱われていた存在。
そして、外のレギオンΩ。
自分に何を求めているのか、わざわざ聞くまでもなかった。
「……わかった。従おう」
サキは答えた。
「その代わり、その子を解放しろ」
「ダメだ」
即答だった。
「この娘は預かる」
「お前が逃げ出さないようにな」
サキの表情がさらに険しくなる。
レナを人質として利用する。
つまり、最初から解放するつもりなどなかったのだ。
「お前が大人しく従っている限り、人質の安全は保証しよう」
覆面の男は淡々と言った。
「…………」
サキはレナを見る。
怯え、涙を流しながらも、レナは必死にサキを見つめ返していた。
ここで抵抗すれば、レナがどうなるかわからない。
自分ひとりなら、いくらでも戦える。
だが、今はレナの身の安全が何よりも優先だった。
「……わかった」
サキは静かに頷いた。
この日を境に、サキとレギオンΩは、天華軍の新体制——天華天明の戦力として組み込まれることになった。
◆◆◆
あの日以来、サキは一度もレナとは直接会っていない。
許されているのは、1週間に一度だけ。
わずか3分間の通話のみ。
それは、レナが無事であることを、サキに証明するためだった。




