第1話「イカロス」
『人は、どこへだって行ける。宇宙でも、その先でも。そこに人がいる限り』——ニコラス・マーベウス
◆
日本軍・司令室。
そこには、火神の姿があった。
大型モニターに映し出されているのは、アメリカ軍のムート将軍。
「一難去って、また一難……と言うべきか」
火神は深く息を吐きながら言った。
『まったくだ』
ムートも苦々しく答える。
『もっと早く、手を打つべきだった』
2人が話しているのは、フレアⅢ——かつて天華連盟が所有していた、軌道衛星兵器。
元々は、アメリカ軍が開発していたフレアシリーズ。
それを天華が奪取し、独自改造を加えたものが、現在のフレアⅢである。
そして——
ファイによって、天華の本拠地は消滅。
それに伴い、フレアⅢの管理・コントロール権も宙に浮いた状態となっていた。
ファイという存在がある限り、下手に動けばさらなる被害を招きかねない。
そのため、各国とも強硬策を取れずにいた。
だが、ファイ消滅を確認したアメリカ軍は、即座に“フレアⅢ奪還作戦”を開始。
精鋭ハート部隊を編成し、現地へ向かった。
『結果は——』
『部隊は、“謎のSD”により壊滅』
『ハートも、生存したまま拘束されている』
ムートは低い声で言った。
「つまり……人質か」
火神の表情が険しくなった。
◆
「フレアⅢを防衛する、謎のSD……」
火神は低く呟いた。
『天華のレギオンではない』
『かといって、既存のどのSDとも一致しない。だが——』
『おおよその見当はついている』
「……“LUNAS FACTORY”か?」
火神は鋭く言った。
『その通りだ』
ムートは頷く。
『“イカロス・マーベウス”の遺産——いや、“亡霊”と言うべきかもしれんな』
イカロス・マーベウス——
かつて、“スペリオル計画”を提唱し、人類の宇宙進出を本気で目指した人物。
しかし——
その思想は、国内外の“地球共存派”から激しい反発を受ける。
さらに、長引く世界大戦による予算削減。
様々な要因が重なり、計画は次第に追い詰められていった。
そしてイカロスは——祖国アメリカを見限った。
彼は、自身と同じ“宇宙進出派”だった天華連盟と手を組む。
資金と技術を提供し合いながら、極秘裏に計画を進めていた。
その中で建造されたのが“LUNAS FACTORY”。
イカロスが月面の土地を買収し、建設した巨大月面工場だった。
そこに、人間はいない。
存在するのは、宇宙用UB。
そして、全てを統括するマザーブレイン“ワイズマン”。
完全自律型工場——それが、LUNAS FACTORYだった。
そして——
イカロス亡き後も、LUNAS FACTORYは稼働を続けている。
所有権はイカロス及び天華連盟にあった。
だが、天華はすでに消滅。
現在、フレアⅢと同じく所有者不在の状態となっていた。
◆
フレアⅢが天華連盟に奪取された背景にも、イカロスは深く関わっていたとされている。
そもそも、フレアシリーズの開発自体に、イカロスは大きく関与していた。
そして、生前のイカロスは、祖国アメリカに対して強い失望と憎しみを抱いていた。
だからこそ、アメリカ側にも大いに心当たりがあった。
「……大体の事情は分かった」
火神は腕を組みながら言った。
「で、ムート将軍。“依頼”ってのは?」
『オルフェのファクターズに、“フレアⅢの動力部の破壊”を依頼したい』
ムートは真っ直ぐ言った。
「……人質は?」
火神は少し目を細める。
『こちらで何とかする』
ムートは即答した。
『エドワードの件もそうだが、君たちには借りを作りっぱなしだ』
『それは重々承知している』
『……その上で、お願いしたい』
そして——
「了解した」
火神は静かに口を開いた。
「オルフェには、こちらから伝えておこう」
『……すまないな。よろしく頼む』
そこで通信は切れた。
◆
静まり返った司令室。
火神は、ゆっくりと椅子へ深く腰掛ける。
フレアⅢ——大陸すら簡単に消し飛ばせる最悪の兵器。
それが今、誰の管理下にもない。
(野放しよりは……まだ、アメリカの手にある方が“マシ”か)
(しかし、エドワードめ……)
(どうせなら、あの忌々しい兵器も一緒に消してくれれば良かったものを)
火神は重く息を吐いた。




