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不安なフライト

セーブしたのが直近なら僕はロードしていたかもしれない。それほどジャックと共に転んだのをアンに見られた恥ずかしさは強かった。


『……大丈夫ですか?』


アンに手を貸してもらって起き上がり、大丈夫と何でもないを恥ずかしさのままに連呼する。


「本当すいません……あの、何を買ってきたんですか?」


『…………これを受け取ってください』


アンが持っているのは半球の宝石がぶら下がった簡素なネックレスだ。宝石以外に装飾はなく、宝石に通されているのは黒いゴム紐だ。


「こんな高価そうなもの受け取れませんよ」


「ユウ、これは伝声の魔石だ」


「何それ」


「遠く離れた者と話が出来る」


電話のような物だろうか。

今にも泣き出しそうなアンは僕にグイグイとネックレスを押し付けている。受け取るしかないだろう。


『……首にかけてください』


言われるがままに首にかけると、次は石を持つように言われる。透明な石の中には霧がかかったような模様があり、アンが首にかけた同じネックレスの半球の石と断面を合わせるとその霧の部分が淡い藍色に輝いた。


『これで私の石が登録されました。いつでもどこでも私と話せますよ』


「へぇ……! すごいですね、こんなに小さいのに……これで寂しさ少し紛れます! ありがとうございます、どうやって使うんですか?」


『……喜んでくれて嬉しいです。こういうの、気持ち悪がられるかと思ったんですけど……よかった。ユウさん本当に世間知らずですね。ちょっと振るんですよ』


透明に戻った半球の石を握り、軽く振ると再び淡い藍色に輝いた。


『藍色が私です。私しか登録されていないので今は私としか話せませんね。何人か登録すると振る度に色が変わるので、話したい相手の色になるまで振ってください』


何もしていないアンの石も同じ色に輝く。


『距離にもよりますけど、何秒かしたら繋がります。繋がったら普通に話してください』


石を口に近付けて「こんにちは」と言ってみると、アンが持つ石から「こんにちは」と男の声がした。僕の声ってこんな感じなんだ……変な声だな。


「分かりました。ありがとうございます」


『切る時はまた振ってくださいね』


「はい、じゃあ、まず着いたら話しますね。船の中で使ってよさそうなら船の中でも」


『機内は禁止ですよ?』


「そ、そうですか……じゃあ、着いたら」


携帯電話と違って電波で繋がっている訳でもなさそうなのに。


『……ええ、絶対ですよ。待ってますからね』


石を軽く振ると淡い光は消え、透明に戻った。再びアンの手を握り、別れを惜しむ挨拶をする。


「ユウ、雇ってくれるところがあったぞ。次の次の便だ、早く来い」


アンと手を握り合って微笑み合っているといつの間にかどこかへ行っていたジャックが戻ってきた。一人でキャラバンを探してくれていたらしい。


『……それじゃあ、ユウさん。さようなら』


「はい、また今度、必ず」


『…………助けてくれたこと、本当に感謝しています。歌を褒めてくれたのも、色んな話を聞いてくれたのも、してくれたのも……何もかも、感謝しています』


「そんな、僕の方こそ……色々お世話になったのに何も恩返し出来なくて」


「早く来い」


ジャックが僕の上着の襟首を掴み、引っ張る。


「ありがとうございました!」


引きずられながら礼を叫ぶと、アンは深々と頭を下げた。船に乗り込んで窓を見るとアンはこちらに手を振っている、見えているのか不安になりながらも振り返した。

警笛が鳴り、窓の外に鱗が見える。網で船が包まれ、浮き上がる。


「ひっ…………ぁ、あれ? 思ったより揺れない」


浮く瞬間には揺れたが、想像以下だ。高度が安定してからはほとんど揺れは感じない。


「飛行機とどちらがいい?」


「飛行機乗ったことない」


「なのに飛行機がいいとか言っていたのか……」


「そ、それはいいだろ。それよりジャック、僕達の雇い主さんは?」


「向こうの席に居るはずだ」


挨拶をしておきたいのだが、飛行機のように立ち歩いてもいいのだろうか。今は誰も席を立っていない。もしかしたら雇い主は移動中は眠りたい人かもしれないし、着いてからにした方がいいだろうか。


「……挨拶どうしよう」


「着いてからにしろ」


着いてからにしよう。

飛行中は石を使ってはいけないそうだし、少し暇だな。仮眠を取るべきだろうがあまり眠くない。


「……あのさ、ジャック。僕ってほら、現実世界では父さんに殴られてるんだけど、クラスメイトにもちょっと虐められたんだよね」


背もたれに深くもたれかかってリラックスしていたジャックがガバッと起き上がる。


「…………すまない。俺は……そちらの世界には」


どうやら僕を助けられないことを悔しがっているようだ。人工知能のくせに……いや、だからなのか? 僕を助けるためのプログラムがあるから悔しがるのか?


「……仲良くなった男の子いるんだ。その子はすごく優しくて……本当に、優しくて。どうして僕なんかに優しいのか分かんなくて、ちょっと怖いんだけど……でも、その子も虐められてるんだ」


ジャックは椅子にかけられていたタオルを手に巻き、僕の頭を撫でた。これなら痛くはないが、風呂上がりのような気分になる。


「僕、そのことちょっと嬉しかったんだ。最低だよね、その子……先輩に殴られたりしてるのに、嬉しかったんだよ僕」


式見蛇の話をジャックにしても仕方ないのは分かっているけれど、ヘドロのような感情を誰かに吐き出したかった。


「何が嬉しかったんだ?」


「…………同じだって思った。僕、妬んでたんだ。普通に生きてる奴らのこと。そんな自分も嫌で……だから、その子は妬まなくていいって分かったから、嬉しかった」


「……なるほどな」


「それに僕に優しい理由も分かったんだ。虐められてて、僕の痛みを分かってくれて……憐れみじゃなくて、傷の舐め合いで僕と仲良くしてくれるんだ。可哀想だから友達になってやるって上から目線じゃなくて、似た傷があるから慰め合おうって同じ目線で……それが、嬉しかった」


僕は更に式見蛇が酷い目に遭っていればいいのにと考えている。親類に強姦されているとか、蔑まれて生きてきたとか──


「……その子、長袖着てるんだ。まだ季節的にはおかしくないんだけどさ……みんな袖捲ったりしてるし、私服でも長袖着てて脱がないから……僕ちょっと期待してるんだ」


「長袖に期待……? どんな期待だ?」


「…………傷だらけの期待。僕が火傷してるみたいに……火傷じゃなくてもいいから、痣とか、切り傷とか、タバコの痕とか、そういうのあって欲しいんだ。あったら式見蛇も親に虐待されてる、僕と似てるところが増える、そうなったらっ……僕はっ、式見蛇ともっと仲良くなれる……!」


大切な友人が怪我をしていることを望む自分が大嫌いだ。そんな自分を消したいのか僕は無意識に自分の手を引っ掻いていて、ジャックに止められた。ジャックは何も言わずに肩を抱いて僕を慰めた。


「大丈夫……異世界を救えば僕は幸せになれるんだ。式見蛇が幸せな奴だったって……もう劣等感感じなくて済むよね」


楽しい異世界で苦しい現実世界のことを考えるのはやめよう。僕はぎゅっと目を閉じ、意識的に眠った。

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