キャラバンの皆様にご挨拶
ジャックに揺り起こされて目を覚ますと船は海に浮かんでいた。どうやら到着したらしい。港に接岸し、前の席から順に客が降りていく。僕達も自分の番が来たら荷物を持ち、船を出た。
『御搭乗、アりがトウ……ゴザイましタ』
地の底から響くような声の方を見れば船を運んできた者だろう巨大な竜がタラップの真横に顔を近付けていた。
「……ゆ、揺れなくて……気持ちのいいフライトだったよ、こちらこそ……ありがとう」
通り過ぎるついでに礼を言うと竜は細い瞳孔を膨らませ、僕を目で追ってきた。
「なんか見られてるんだけど、なんで……? 僕美味しそうなのかな」
「返事をしたからだろう」
返事をするのは常識だろう。船から離れていく途中で竜の方を振り向くと、竜はまだ僕を見つめていて、僕の視線に気付くと小さく手を振った。
「こ、怖い……ジャック、早く行こ。セーブしたい」
「……そこだな」
受付の脇に赤い光があったので鍵を挿し、回した。振り返るとジャックが指で丸を作っていたのでセーブ成功だ。次は雇い主と合流するためジャックに着いていく。
「おー、ジャック君。そっちの子がユウ君?」
「あぁ、よろしく頼む。ユウは人と話すのが苦手でな……話は全て俺が聞こう」
少々恥ずかしいが、事実話すのは苦手だし話したくないと思っていたので良しとしよう。
「ま、普通に護衛してくれたらいいから。馬車の前んとこ座ってね。じゃ、頼んだぜ」
雇い主は若い男で、彼の部下は三人ほど居た。彼らはさっさと馬車の中に引っ込んでしまい、僕達は御者が座る場所に腰を下ろした。
「……これ、なんか馬っぽくないね」
「ロバだな、現実世界にも居るだろう?」
「あ、これがロバ……ふぅん、名前は知ってるけど見たことはなかったよ」
「行先は聞いている。俺がロバに道を教えるからユウは休んでいて構わない」
そう言われても仮眠から覚めたばかりだ。僕は後ろを振り返って雇い主達がこちらを見ていないことを確認し、アンに連絡を取るためネックレスの石を軽く振った。
すぐに嬉しそうなアンの声が聞こえたが、彼女はもうすぐ仕事だからと申し訳なさそうに言って、通話は切れてしまった。空を見上げればさんさんと輝く太陽が見えたが、アンの居る欲望の大陸は夕方らしい。
「……ねぇ、異世界に居られる時間ってさ、移動したら時差どうなるの?」
「ユウの精神が過ごした時間で計算される」
時差やロードの影響は受けない、と。
「……後何時間居られる?」
「三十……三、だな」
もう一日以上過ごしているのか。移動で寝たせいで分からないな。
僕達はそれからしばらく無言で過ごし、ジャックは馬車を山岳地帯で止めた。一つ目の目的地のようで雇い主達も降りてきた。
「……ここで何をするんですか?」
そう聞けば雇い主はにこやかに仕事内容を教えてくれた。
アンもジュースを飲んでいた、牧羊の大陸の名産品のハチミツ。それを作るための花は森の奥にしか咲かず、養蜂では味が落ちるらしい。天然物のハチミツは高値で取引されるため、多少の危険や手間には目を瞑るのだと。
「──で、蜂の巣を取るには蜂以外にも危険があって、君達にはそれから守って欲しいんだ」
帽子と首を守る布は渡されたけど、蜂対策は本当にこれだけでいいのだろうか。
「蜂に刺されて死ぬやつも居るけど、熊に殺される奴も多くてね。だからこの辺の熊は人の味覚えちゃってんだよ」
「え……く、熊? ジャック……?」
「熊程度なら問題ない」
狼を下敷きにしていた倒木を持ち上げたくらいだから怪力だとは分かっているけれど、熊にも勝てるほどなのか。まぁ……熊撃退するお年寄りとかたまにニュースで見るしなぁ、あの木を持ち上げられるくらいなら大丈夫かな。
森をしばらく歩くと蜂の巣を見つけ、雇い主達はそれを回収し始めた。僕は大した防護服を渡されていないし巣の取り方なんて知らないので野生動物が来ないかの見張りだ、ジャックも。
「こっちにも蜂飛んでくるね……じっとしてたら木とかと思ってくれるかなぁ。こ、怖いなぁ……」
「…………鎧の中に蜂が入った、後でいぶしてくれ」
運のいいことに僕達の出番はなく雇い主達の仕事は終わり、空が赤く染まる頃には馬車まで戻ることが出来た。このまま高原に向かい、遊牧民に他の大陸から持ってきた様々な物を売るらしい。
「……あれ? ロバ、寝て……ひっ!? ジャ、ジャック、ジャック……!」
ロバが地面に横たわっていた。薄暗くて近付くまで気付けなかったが、地面はロバの血で赤く染まっている。よく見ればロバの腹がなかったり、爪の跡があったり、頭が潰されていたりしている。
「下がれ、ユウ」
馬車の扉は開いており、ガタガタと揺れている。僕と雇い主達はジャックの後ろに下がり、ジャックは剣を抜いた。
「熱線暗視装置起動……」
ジャックは剣を構えたままゆっくりと扉の前に移動し、剣を突き出して扉に飛び込んだ。馬車が激しく揺れ、何かの鳴き声が聞こえ、それは数十秒で止んだ。
「…………ジャック?」
僕が声をかけると馬車から二つの物体が飛び出す。切り離された熊の頭と体だ。それに小さな悲鳴を上げると返り血を浴びたジャックが出てきた。
「ジャック! ジャック、大丈夫? 怪我は?」
「問題ない」
慌てて馬車に入った雇い主達は悲鳴を上げた。どうやら食料が熊に食い尽くされていたらしい。
「今まで馬車が襲われるなんてことなかったぞ!」
「誰か馬車から餌付けしやがった奴がいるんだ!」
「マズい……人間の足じゃ進むも戻るも何日かかるか……食料が足りない」
熊を倒して危機は脱したと思っていたが、どうやら危機はこれかららしい。
「……どうしようジャック、ロードした方がいいかな。ジャックが馬車守ってればロバも食料も無事だったよね」
「そう、だな……残り二十九時間だ、戻るか?」
僕はしっかりと頷き、首から下げた鍵を回した。瞬きの後には僕は青空の元、空港に立っていた。ジャックは一度目と同じように雇い主達と話している。
僕は馬車に乗る前にロバを一頭一頭撫で、もう二度と死なせないと誓った。その後は一度目と何も変わらない、アンに連絡もした。そしてとうとう馬車が止まった。
「あ、あの、熊が出るなら馬車を守っていた方がいいと思います」
森に入ろうとする雇い主達を呼び止め、進言した。
「んー、いやでも馬車襲われた事例はないんだよ」
「そうそう、熊って大型動物は襲わないんだよ。草食でもね。ロバが居るから大丈夫」
大型……か? 熊よりは小さく見える。ダメだ、この子達を置いていったら食い殺されてしまう。
「蜂の巣取ってる時に襲われることの方が多いから着いてきて欲しいんだけど」
「で、でも……馬車には食料積んでますし、もしロバが……襲われたりはしなくても、勝手に移動したり逃げたりしたら立ち往生しますし」
雇い主達は互いに顔を見合わせて相談した後、ある提案をした。
「じゃあ君達二人居るんだし、君残ってて」
「俺が残る」
「ダメ、君が着いてきて」
「嫌だ、ユウに何かあったらどうしてくれる」
「……君達、二人とも強いんだろ? 両方熊くらい倒せるって聞いたから雇ったんだ。命令には従ってもらわないと困るよ。君ナビゲート得意だから森に着いてきて欲しいんだ、帰り暗くなりそうだし君の方が強そうだし」
雇い主は馬車を操ったジャックの手腕を買っているらしい。
「だが……」
「ジャック、大丈夫だよ。焚き火でもしておけば熊寄ってこないって」
ここで言い争っていても仕方ない。時間を浪費するのは避けたい、蜂の巣を採取して戻ってくるのが夜になったら更に大変なことになる。
「…………それもそうだな。熊は自分と同じ大きさの動物は襲わないし、野生動物は火を避ける。もし熊が近付いてきたら松明を振るとか、毛布を広げて自分を大きく見せるとかするんだぞ。背を向けるのと死んだフリは絶対にダメだ」
僕は呆れ顔の雇い主達の視線を痛く思いつつも、ジャックが心配してくれるのが嬉しくてたまらなかった。これから一人で熊を撃退する必要があるかもしれない恐ろしい留守番が待っているというのに、僕は満面の笑みで手を振った。




