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潜入の時

ネメジに助けられた次の日、僕達はまた山に登って樹液を採取した。今度は朝から行って昼間のうちに済ませたので、夜行性の獣に襲われることも誤って危険な植物に触れることもなく、安全に下山した。



その翌日、酒祭りの日。魔王が魔王城を留守にする日。


「ここが魔王城……なんか、城って感じしないね。堀も石垣もないよ。外国のとかってこんな感じなのかな、ここ異世界だけどさ……」


「これは城とは呼ばない、邸宅だな」


じゃあ魔王宅か。魔王宅、いざ潜入!


「……その前にセーブしなきゃ」


門の脇にセーブポイントがあったので、しっかり鍵をかけておく。


「ユウ、改めて確認しておく。ロードしたい時はセーブ時と逆に鍵を回せばロード出来る。失敗した時だけでなく、死にそうな時にも使え。死亡による心身への負担は大きいからな」


魔王が留守にしていると言っても見張りが居ないとも限らない、ジャックは暗にそう伝えている。


「これが出来たら……式見蛇と友達になる式見蛇と友達になる式見蛇と友達になるっ……よし、行こう!」


僕が異世界に居られるのは今日の正午まで。ロードすればロスタイムを重ねることになる、今回で決着を付けて現実世界で幸運を得たい。


「大声を出すなよ」


上端に繊細な模様が作られた鉄柵門は目測で四メートル。現実世界とは身長が違うから誤差があるとしても、この門を飛び越えるのはもちろん登るのも現実的ではない。ピッキングなんて出来やしない。

どうやって侵入するんだ、そう聞こうとしてジャックの方を向けば、彼は背面跳びで門を越えていた。


「よし、来い」


「…………無理だよ!?」


「む……そうか。なら内側から開けよう」


鎧の中身が機械ならかなり重いはずだ。数メートル跳ぶなんて重力を無視しているとしか思えない。


「中庭に入るんだよね、門は飛び越えたけど玄関のドアは閉まってるよ? どうするの?」


「ふむ……困ったな」


「策ないの……!? 優秀な人工知能様でしょ? なんで無策で来ちゃうんだよぉ、確認しなかった僕も悪いけどさ!」


「大声を出すな」


ジャックは玄関から離れ、花壇を踏み越えて窓の前に立った。


「ジャック……? 何をっ、ジャック!?」


ガシャーンッ! と大きな音が響き、窓が割れた。いや、ジャックが殴って割った。


「入ろう」


「え、えぇぇ……大胆だなぁ。誰だよ大声出すなとか言ってたの」


「魔王が居ない間に手早く済ませた方がいい」


ガラスの破片に気を付けつつ窓枠を越えて侵入する。ため息をつくほど美しい内装だ、窓ガラスさえ割れていなければ最高だった。


「……誰か来る。ユウ、そこの棚の中に隠れろ。別の窓を割って引き付けるからその隙に別の部屋に逃げろ」


「えっ、ちょ、ちょっと……」


クローゼットに押し込められ、僅かな隙間から部屋の様子を観察する。ジャックは踵を返して窓から出て行った。

あまりに大胆過ぎる彼の行動に呆れていると扉が開き、黒髪の少女が入ってきた。割れた窓を見て小さな悲鳴を上げた彼女に足音はなかった、何故なら足がなかった。


「……っ!?」


彼女の下半身は蛇だ、巨大な黒蛇。クローゼットの扉の隙間から見える景色は僅かだが、それでも分かる。彼女がおぞましい化け物だと。


『…………ねぇ』


彼女がこちらを向いた。翠の眼の瞳孔は猫のように……いや、蛇のように縦に細長く、不気味だ。


『……蛇は、温度が見えるのよ』


窓のヘリを掴んだ彼女は上半身を捻り、蛇である下半身を振り回し、僕が入っているクローゼットを叩き壊した。


「ぁがっ……ぁ、はっ……ぁ、あっ……」


人の胴ほどの太さの蛇に壁に押し付けられた、しかもクローゼットの木片を巻き込んでいる。皮膚を突き破って木片が内臓を犯している。


『……人間? 泥棒? 嘘、ごめんなさい……ここは魔王様のお家だから、忍び込んでくるなんて怖い魔物だと思って。あなたみたいな弱い人間だって知ってたら……もっと手加減したのに』


蛇が離れ、僕の身体は床に転がる。真っ白い床に赤い血が広がっていく。視線を腹に落とせばくい込んだままの木片や抜けた木片、零れた内臓らしきものが目に入った。


『ごめんなさい……死ぬほどの悪いことじゃないのに……』


少女の声に視線を動かせば僕を憐れむ翠の瞳と目が合った。


「ユウ、改めて確認しておく。ロードしたい時は……ん?」


瞬きをした瞬間、景色が変わった。僕の血で染まった邸宅内から、さんさんと陽の光が降り注ぐ門の前へと。


「俺は確か邸宅に侵入したはず……ロードしたのか?」


「し、してない、したつもり……ない。お、女の子、女の子の化け物がいて、そいつにお腹……バーンッ! って……ち、血がいっぱい、内臓……潰れたっぽくて……い、痛くて、痛くてっ……でも声出なくて」


傷一つない腹を押さえ、涙を溢れさせながら呼吸を荒くしていき、起こったはずの出来事を話す。そうしていると固く冷たい腕に抱き締められ、固く冷たい手に頭を撫でられた。


「……すまない。離れるべきではなかった」


鎧の隙間に髪や皮膚が挟まれて痛い。


「ユウっ……またお前に痛い思いをさせるなんて、俺は…………あぁ、やはり俺はお前を守りきれない。今度こそ守ると決めたのに……! 迂闊だった、すまない、ユウ、許してくれ」


「僕、僕っ……さっきどうなったの……? また死んだの?」


「ロードの方法は鍵を回すこと、ユウが死ぬことの二つだ。鍵を回していないのなら死んだのだろう」


僕はさっき死んだのか? 殺されたのか、あの少女の怪物に。


「……そ、か。また死んだんだ、僕」


「タイムロス以外にデメリットはない、ロード後のユウや現実世界のユウに不調は出ない。精神的なものを除けば」


父に腹を何度も殴られた時より痛かったけれど、想像以上にあっさり死んだ。これまで父に殺されなかったのが奇跡だったと思えてくる。


「あれで死ぬんだ、人間って……ツタにやられた時は死ぬなって分かったけどさ、今回のは一瞬だったし……なんか逆に気が楽になったかも」


「何を言うユウ! もう、もう二度とお前を死なせたりしない! 絶対だ、絶対にっ……!」


人工知能のくせに感情的な奴だ。この言動もプログラムなのだろう。僕に孤独感を覚えさせず、異世界攻略のやる気を出させ続ける為の。


「…………慎重に行こうね」


自分を大切に思ってくれる人が居る。ジャックが人工知能だと分かっていても僕はそう勘違いしてしまった。虚しくてたまらないのに、嬉しくてたまらない、喜ぶことすら虚しい、それでも現実世界よりは幸せだ。

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