大胆不敵な犯行
一度目と同じように窓を割って侵入し、クローゼットの中に隠れた。一度目と違うのはジャックが扉の真横に剣を振り上げて立っているということだ。
『うぅ……一人の時に限って……もぉ、何なのよぉ……』
少女が扉を開ける。ジャックが剣を振り下ろす。少女はジャックに気付くことなく剣の側面で頭頂部を殴られ、気を失った。
「……よし、行くぞ」
「う、うん……」
温度が見えると言った少女がジャックに気付かなかったのは何故だろう。
機械も熱を持つものだと思うのだが、人間ほどではないから分からなかったのだろうか。それともクローゼットの扉と壁では厚みが違うからだろうか。
「あの子大丈夫かなぁ、すごい音してたよ」
「ユウを殺したんだ、あれくらいあっていい」
「うーん、こっちが百パー悪いんだけど」
フローリングを走るとジャックはガシャガシャと大きな音を立てる。誰か居ればやってくるだろうが、少女は一人だとボヤいていた。多分大丈夫だ。
「中庭は……ここだ! 外観から間取りを想定していたが……そこそこ迷ったな」
「……あれが、魔樹? すごい、森にあるものと全然違う。おっきい……」
「この大陸の魔力をアレで管理しているからな」
僕は現実世界では見たことのない大きさと荘厳さに威圧されていたが、ジャックは構わず歩んでいく。敷かれた石畳を無視し、美しく咲いている花を踏んで一直線に魔樹に向かっている。
「……ジャックぅ、花を大切にしなよ」
「植物は強い、少しくらい踏まれた方がよく育つ」
ジャックが踏んだ花の花弁は破れ、茎は折れている。綺麗に並べて植えられた花は雑草とは違う、魔王やあの少女は窓を割られたことよりも花が踏まれたことに心を痛めるかもしれない。
「よくないよ、こういうの……」
「早く来い、ユウ、お前が彫るんだ」
石畳の上を歩いて魔樹の元へ向かい、ジャックを踏み台に木に登り、下から見上げても見えない位置に、葉に隠れる位置に模様を彫る。
目をつぶって三角をいくつも描くのに失敗したような、直線をカクカクと曲げる一筆書きの女神の紋様だ。ジャックに渡されたメモを見ながら彫ってみたが、案外上手く出来た。
「出来たー……と、思う」
「少し待て………………あぁ、上手く出来ている。これで女神は魔樹の魔力を吸収出来る。よくやったな、ユウ」
どうやって成功を感知したのかは僕には分からないが、ジャックは僕を褒めてくれた。その上、腕を広げて飛び降りる僕を受け止めようとしてくれている。
「……い、行くよ……行く、行く…………ぇいっ……ぅわぁあっ!」
しっかりと受け止めてくれたが、鉄製の腕は固く、支えられた背中は痛い。
「よし、急いで逃げるぞ」
「う、うん!」
大急ぎで魔王宅の廊下を走る──先導するジャックが立ち止まり、ジャックにぶつかる。
「痛い……どうしたの? ジャック」
そう言った直後、ズル……ズル……と何かが這いずる音が聞こえた。僕達が侵入した部屋の扉は中途半端に開いたままで、その隙間から細い腕が飛び出て、床に手のひらを叩きつけた。
「あ、あの子……?」
黒髪が見える。腕を使って這いずる様はホラー映画さながらだ。ホラー映画見たことないけど。
「もう一発行くか」
「ダ、ダメだよ、あんなに弱ってるのに……飛び越えて外出ちゃお!」
ジャックは剣から手を離し、僕の手を掴み、走った。
「……跳べ!」
「えっ……わぁっ!? ご、ごめんなさい!」
突然走り出されたのだ、突然「跳べ」なんて言われても上手く出来ない。少女の頭に躓いてしまった。
「よし、このまま出るぞ」
玄関の扉を乱暴に開け、庭を走り抜け、鉄柵門を蹴り開け、一度立ち止まってセーブする。そしてまた走り出し、人気のない道を抜けていく。
「ジャック、ジャックぅっ、腕ちぎれる……どこ行くの?」
「……そろそろ大丈夫か」
人通りが増えてくると走るのをやめ、僕の手を離した。鎧の隙間に挟まれていた皮膚が赤くなっている。
「次の大陸に向かう、船か飛行機が出ているところを探すぞ」
「飛行機あるんだ……ぁ、待ってよ、ちょっと祭り見たい……」
「…………仕方ないな」
人混みだからと再びジャックに手を繋がれる。
「……あのさ、ジャック。ジャックに触られると鎧の隙間に挟まれて痛いんだ」
「何……? そうだったのか、早く言え、すまなかったな。手袋を買おう」
そう言うとジャックは雑貨屋で分厚い手袋を買ってきて僕に着けさせた。再び手を繋がれるが、今度は痛くない、心地いい。
「……ふふっ」
嬉しくなって手を握り返すとジャックが一瞬振り返った。僅かな圧迫感を鎧越しに感知するなんて優秀な人工知能だ、形が変わる訳のない兜に微笑みを感じる僕の知能とは大違いだ。
『ユウ、ジャック、こっち』
頭の中で声が響く。ジャックも同じだったようで立ち止まって辺りを見回している。
『東』
東の方を見れば白いシルクハットが見えた。ジャックは僕の手を引いて素直にそちらに歩き、シネラリアと合流した。
「ん……? お、ユウとジャック! なかなか見つからないから焦ってたぞ」
『ユウさん、ジャックさん、こんにちは』
シネラリアの元にはヴェーンとアンも居た。アンは黒く分厚いローブを被っていて、目深なフードのせいで声がなければ誰か分からなかった。
「アンさん……? どうしたんですか? その格好」
『私は顔が知られているので……顔を隠さないと往来は歩けないんです』
僅かにフードを持ち上げて紺色の瞳を見せ、愛らしく微笑む。
「これでも有名人だからな。さっきそこの特設ステージで歌ってたの見たか?」
「見た、すごかった」
ジャックが食い気味に返事をした。アンは僕の手を握り、期待に満ちた目で僕を見つめている。
「う、うん……本当、すごかったよ。外で見てるのもあって、本当、その、テンション上がったって言うか」
『……ありがとうございます! 嬉しいです!』
抱きつかれると薄く硬い胸板に現実を思い知らされる。いや、別に女の子に抱きつかれたいと思ってるわけじゃないんだけどさ。
「……ユウ、そろそろ時間だ」
「え、も、もう?」
「…………そこの店にあるな、行くぞ」
「ご、ごめんね三人とも、ちょっと僕、えっと…………ト、トイレ! 漏れそうなんだ、ごめんね!」
『えっ……な、なら早く行ってください、早く』
顔から火が出そうだ。大声で「漏れそう」だなんて……せめて「お手洗いに」とか言うべきだった。
「急げ、セーブしろ」
洋服屋にセーブポイントを作っているとは……女神の考え方はよく分からないな。等間隔に置いておく、とかなのかな。
「セーブ出来た……ふぅ、一安心だね」
鍵をシャツの中に戻し、ジャックに向かって微笑んだ。瞬きをしたその瞬間、薄暗い部屋の天井に景色は変わった。




