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帯電するヘビースモーカー

街道の真横、不気味に暗い鬱蒼とした森に狼達の視線が向いている、アンも森を睨んでいる。


「な、何かいるの?」


『魔力濃度の低い街道に強い魔物が好き好んで現れることはありません、この気配は多分……』


暗い森の奥を覗こうと街道ギリギリに立ち、目を細めているとジャックに襟首を掴まれ、後ろに引っ張られた。


「わぁっ!? な、何を……ひぃっ!? な、何これっ……」


僕がたった今まで立っていた場所に醜悪な生き物の生首が落ちてきた。豚のような、人間のような、どちらにも似ていてどちらとも違うと確信できる不気味な顔だ。


『……オーク。こんなところに居るなんて珍しいですね』


「オ、オーク……? って言うの?」


「オーク。残酷な習性を持つ凶暴な魔物、しかし知能が高く人間と共存しているケースも多く見られる」


『はい、今から行く城下町でもたまに見かけます』


生首から必死に目を逸らしていると森の奥からガサガサと音を立てて誰かが向かってきた。


「ひっ……!? な、なんか来た」


「熱線暗視装置起動……人間だ」


「に、人間? よかった……」


安堵する僕とは正反対にジャックは警戒を解かず、僕を背に庇った。ジャックが剣を握っているのに対し、アンはだらんと腕を下げて深いため息をついた。


『……ぉ? 人間か』


茂みをかき分けて青年が現れた。青年の髪と瞳は輝くような金色で、その筋骨隆々の体とぶら下げた剣、そして服や頬に見られる血の跡から彼がオークとやらを殺したのだと察する。


「俺はジャックと言う。この生首を飛ばしたのはお前か」


青年はポケットから取り出した煙草に火をつけ、咥え、白い煙をもくもくと吐き出した。ライターなどを使ったように見えなかったが、どうやって火をつけたのだろう。


『フゥ……ん、あぁ、生首……ここまで飛んでいたか、見つかってよかった、これがないと金を貰えない…………スゥー……フゥー、美味い……』


青年はオークの生首を袋に詰めるとベルトに袋を結んだ。茶色っぽい袋に赤いシミができていくのが恐ろしくてもう気絶してしまいそうだ。


「俺は名乗った、お前も名乗れ、そして目的を言え」


『フゥー……何故、と言いたいところだが、まぁいい。俺はネメジだ、ネメジ・ルーラー、欲望の大陸の勇者。このオークは人間の恋人と浮気相手、浮気相手の本命の恋人を殺した、そして捕らえようとした衛兵五名に重軽傷……つまり逃亡中の犯罪者、俺の獲物だ……スゥー……フゥ……』


指名手配犯を捕らえる、いや、殺すのが仕事なのか。共存しているのに魔物を殺した理由が分かって一安心だ。それにしても煙たい、目が痛くなってきた。


『フゥ……満足か? このオークはお前らを襲っていたかもしれない……スゥー……俺に感謝しろ……』


気だるげに語る青年──いや、ネメジの前にアンが立つ。


『ん? ディエゴ、久しぶり……』


アンはネメジの煙草を奪い、ネメジのベルトに押し付けて火を消し、ポケットに入れた。


『アンです、間違えないでください。私、煙草の煙は嫌いなんです、歌手の前で吸うなんて非常識ですよ。前にも言いましたけど、私を見たら消してください』


ネメジは舌打ちをしてポケットに入れられた煙草を取り出し、咥えた。火はついていない、咥えているだけだ。何の意味があるんだろう。


『分かってくれて嬉しいです』


「アンさん……あの、知り合いですか?」


本名ディエゴなの? とは流石に聞けない。アンは偽名なのだろうか、芸名と言うべきか。


『……行きましょう、リハーサルに遅れます。乗ってください、ユウさんジャックさん』


『城下町に行くなら乗せてくれ、歩いて帰るのは疲れるし首が腐る』


『お断りします』


ふいっと顔を背けたアンの前にネメジは巾着袋を突き出す。アンはその中身を確認し、深いため息をついてネメジの乗車を了承した。金でも渡されたのだろうか。


「ユウ、そろそろ晩飯を食え」


「ぁ、うん……アンさんも……」


ネメジさんも、と誘いかけて躊躇う。アンとネメジの険悪な雰囲気を感じ取ったのだ。元恋人か何かなのか? いや、アンは男だったな。待てよ、見た目は女だし男同士を想定から外すのは愚策だな。


『……ご飯出しますね』


アンは床下収納を開けて燻製肉とレタスらしき野菜を半玉僕に渡した。魔物の肉だったりしないだろうか、このレタスっぽいのもレタスではないかもしれない。


「…………ネメジさんは食べなくて大丈夫ですか?」


『……そうだな、そろそろ食うか』


ネメジはウエストポーチからリンゴに似た赤い実を取り出し、食べ始めた。

全員が無言のまま、変わらない馬車の音と咀嚼音などが響く──気まずい、とても気まずい。ジャックには気まずい空気を陽気な音楽で誤魔化す機能はないのか。


「あ、あの……ネメジさん、アンさんと知り合いなんですか?」


アンに無視された質問をネメジにしてみた。アンは不機嫌そうだがネメジの口を塞いだり僕を睨んだりはしていない。離したくはないが話されるのは構わないのだろう。


『従兄弟だ』


「えっ、ぁ、そ、そうなんですか……」


「似てないな」


「ジャック、従兄弟はそんなに似てるものじゃないよ、僕いないから分かんないけどさ」


ジャックは空気が読めないのかもしれない。機械だから仕方ない、現実世界でも嫌なタイミングで「お風呂が湧きました」とか言ったりするし。


「……仲、悪そうですね」


『こいつは親族全員と不仲だ、自分に好感を持っている不特定多数にしか愛想を売れない奴だからな』


『そんなふうに言うところが嫌いです』


彼らの関係について聞くのは懸命ではない、話題を変えよう。


『お前らはアンの何だ?』


「えっ? えっと……」


どう言えばいいのだろう、ストーカーに襲われたところを助けて──なんて話したら長くなる。そもそも一度助けた程度で家に泊めるのはおかしい、その前に狼を助けたのは僕の中で関連付いてないとアンは認識している。やり直しているとその分、自分がどの情報を知っていておかしくないかを判断するのが難しい。


『命の恩人、そして友人です』


『お前に友人?』


『…………なんですか』


『よかったな、特定の人間と仲良くできるとは思っていなかった。おめでとう』


仲が悪いと思っていたがアンが反抗的なだけでネメジは良くも悪くも素直な好青年に思えてきた。いや騙されるな、こいつは生首を腰にぶら下げているんだぞ。


『しかし……ジャックと言ったか。お前、随分ハイテクだな』


真っ直ぐ射抜くような金眼がジャックに向く。ハイテク……まさかジャックが機械だと気付いたのか。


「ありがとう」


『どこで作られたかは知らないが……技術はともかく作りは悪趣味だ』


「そうか」


『……いや、悪かった。お前に言っても仕方ないな』


ジャックは悪趣味ではないと反論したいが女神は悪趣味そうだったし、その女神が用意したなら構造的な部分に悪趣味が見え隠れするのかもしれない。

それにしてもネメジはどうして機械だと分かったのだろう。


『……私、そろそろ寝ますね。静かにしなくても構いませんから、どうぞご自由に』


椅子の収納から毛布を引っ張り出して丸まったアンを見て、僕達は同じ言葉を呟いた。


「不貞寝……?」

「不貞寝か」

『不貞寝か? 相変わらずガキっぽいな』


三文字のタイミングの完璧な一致に思わず視線を交わして微笑んだ。


『不貞寝なんかじゃありません! コンサートがあるので寝溜めするんです、騒いでも構いませんから起こさないでくださいね!』


ますます不貞寝っぽさが増したが、あまり言うのも失礼だろうと僕は口を噤んだ。


『怒るなよ、お前は末っ子なんだから子供っぽくても仕方ない』


ジャックも黙ったのにネメジは話を続け、最終的にアンはネメジが持つ煙草を全て強奪して抱えて眠るという嫌がらせに至り、ネメジは抗議していたがどちらにせよ馬車内では吸えないと察したのか大人しくしていた。

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