人工知能という虚構
夜の間も狼達は休まずに走り続けるようだ。ネメジも椅子に座ったまま眠ってしまったし、僕もそろそろ眠ろう。
「寝るのか、ユウ。少し待て」
ジャックは椅子の収納から寝袋を取り出し、僕に渡した。
「あ……ありがとう」
ジャックの行動を気遣いと受け取って嬉しくなるのは虚しい行為だ。彼は人工知能であって、真に僕を想って行動することはないのだから。そう分かってはいるのに喜ぶ気持ちは消えない。
「おやすみ、ユウ」
ランプの火を消して床に座ったジャックは寝袋の上から僕の胸をぽんぽんと叩いている。精神的にも肉体的にも寝かしつけられる歳じゃないのに。
「……ねぇジャック、なんでネメジさんはジャックが機械って分かったのかな」
「奴から不自然な電磁波を観測した。魔力の測定も行ったところ、奴は雷属性の魔力を溜めていることが分かった」
「よく分かんない」
「この世界には現実世界と違い魔力というものが存在する、その魔力には性質がある、原子のようにな」
原子……病院に持ってきてもらった理科の教科書に載っていた。現実世界に帰ったらもう一度読んでみよう。
「この世界の人間、または魔物には魔力を自在に扱える者がいる。たとえば、アンは魔力によって肉体を短時間かつ大幅に変化させる。そしてネメジは雷属性の魔力を体内に溜めている……つまり、電気を操れる」
「えっと……すごいね」
「異能力や魔法などをモチーフにしたフィクション作品を読んだことは?」
「……ない。ごめんね、漫画とかは父さんに禁止されてて」
「気にするな」
胸を叩く手はそのまま、もう片方の手で僕の額を優しく撫でた。
「人間の脳でどこまで電子の動きを計算し制御できるのかは知らないが……そうだな、触れればスタンガンを使うように相手を気絶させるくらいは出来るかもな。煙草に火をつけた時にも魔力が観測されたし、放電による発火なども可能なのかもな」
「スマホの充電できるのかな」
「……さぁな」
そういえば女神にもらった携帯端末には残電量の表示がなかったな。勝手にポケットに入っていたりするし、そもそも異世界に行けるような代物だ、充電要らずでは今更驚けない。
「…………そろそろ眠れ」
「うん……ぁ、待って、目的の街に着いたら何するの?」
「女神からの指令を達成する。魔王の討伐、もしくは魔王が居城としている場にあるだろう魔樹に女神の紋章を刻み、女神に魔力を横流しする」
中型犬にすら勝つ自信がない僕が魔王とやらに勝つ自信はない。後者でいこう。
「まぁまずはセーブポイントの確保だな」
「分かった……おやすみ」
「あぁ……おやすみ、ユウ。良い夢を」
兜の下にあるはずのない優しい瞳が見えた気がして、安心した僕は眠りの暗闇に意識を落としていく。
夢を見ることもない深い眠りから目覚めるとアンもネメジも起きていて、朝食を食べていた。
「おはよう、ユウ」
「おはよ……ジャック。アンさん、ネメジさん」
寝ぼけながらも椅子に座るとジャックが寝袋を片付けてくれた。朝食にと渡されたレタス半玉を手にうつらうつらと船を漕いでいると、またジャックに頭を撫でられた。
「ジャック……僕、そんなに子供じゃないよ」
「…………そう、か。そう……だな」
鎧の隙間に髪が挟まれて痛いから嫌だったはずなのに、硬くて冷たいから嬉しくなかったはずなのに、ジャックの手が離れると何故寂しさを感じた。
表情なんて分からないのに、感情なんてない人工知能なのに、僕から手を離したジャックが残念そうに見えるのは何故だろう。
出会った時からずっと、懐かしく感じるのは何故だろう。
『……おい、止まったぞ。まだ街に着いてない』
『狼の群れが街に入ったら大騒ぎになりますから。いつも手前で止まって待っていてもらうんです、ここからは徒歩ですよ』
アンは収納から肉を取り出して狼達に配り、街道近くで待機しているよう言って森に隠れさせた。僕は青臭いレタスを齧りながら、ネメジは最後尾で煙草を吸いながら、アンの後に続く。
調味料も買うべきだったとジャックに話しながら歩き、街に到着。砂利道で疲れた足がタイル張りの道を踏みしめる。
『私はこれからコンサートのリハーサルがありますから、先に行かせていただきます。そうだ、ユウさんジャックさん、よかったら来てください。お友達だとスタッフの方に話しておくので裏口から入ってくださいね、それでは!』
街に入って二つ目の十字路でアンと別れる。
「ネメジさんはどこに行くんですか? って言うか……歩きタバコ、よくないですよ」
『首を届けたら寝床に帰る』
ネメジとも別れる。煙草の注意は聞き入れてもらえなかったが、見回せばネメジより危ない持ち方で歩きタバコをしている者も多い、聞き入れられなくて当然だ。
「この街煙たいなぁ……それで、ジャック、どこ行けばいいの?」
「セーブポイントは女神が拠点となると思ったところに設置しているらしい。となると宿だが、泊まる金がないな」
ジャックは少し考えるような素振りを見せた後、こう言った。
「俺が樹液を採取して金を作ってくるから、ユウはアンのリハーサルを見に行け」
「え……で、でも」
「機械に気遣いは不要と言っただろう」
それは分かっているのだが、どうにもジャックを機械として扱うのは難しい。しかし二人で採取しに行っても僕はあまり多くは持てないし、アンに誘われたのに行かないというのも失礼だ。
「じゃあそうする……ぁ、会場ってどこかな」
ジャックは迷うことなく僕をコンサート会場の裏口に案内し、僕を置いて街の外に向かった。
「あ、あの……僕、ユウと言って、アンさんの友達です。ジャックは少し用事があって……来れませんでした、すいません」
「ユウ……あぁ、はい、どうぞ」
スタッフに案内された部屋に行けば、アンが鏡の前で踊っていた。振り付けの確認だろうか、可愛らしい動きだ。ダンスが終わると同時に拍手するとアンが振り向いて笑顔を見せてくれた。
『ユウさん! 来てくれたんですね、ジャックさんは?』
「ぁー……えっと、用事が……」
『そうですか。本番は人が多いので、リハを見て欲しかったんですが……でも、ユウさんだけでも来てくれて嬉しいです! 後十分くらいで始めるので、ジュースでも飲んでゆっくりしていてください』
おそらくアンのために用意されただろう瓶入りのドロっとした金色の液体を一口飲む。
「甘っ……!?」
『蜂蜜ジュースです、牧羊の大陸産の最高級品ですよ、美味しいでしょう?』
「う、うん……美味しい」
蜂蜜は喉にいいとか聞くし歌手には良いものなのだろう。言いにくいが、甘過ぎて僕は嫌いだ。
「お嬢ー、お嬢、いるか」
燕尾服を来た男がノックしながら入室してきた。
『……お久しぶりです』
「おぅ、元気そうだな、アン嬢」
男の顔は青白く、黒髪に僅かに隠された瞳は血のように赤い。何となく不気味な男だ。
「……その男は? 彼氏か?」
『お友達のユウさんです。あなたを呼んだ覚えはありません、出ていってください』
アンは不機嫌そうだ。
「あの……アンさん、この方は?」
『魔王直属の地上げ屋です。最低な趣味の持ち主ですから、近寄らない方がいいですよ』
魔王直属、つまり敵になるかもしれない相手か。僕には戦う気はないのだが、僕の狙いがバレるとまずい、大人しくしていよう。
「ヴェーン・アリストクラットだ、よろしく」
「あ、はい……よろしくお願いします」
近寄るなと言われたばかりだが、握手を断るのは無礼だ。
「……ふぅん、本当にただの人間みたいだな。ま、アン嬢と仲良くしてやってくれ」
アンは嫌っているようだが悪い人には思えない。
「それじゃ、アン嬢、特等席で待ってるな」
部屋を出ていくヴェーンに返事どころか視線もやらず、扉が閉じられると深いため息をついた。
『……そろそろユウさんも席に行ったらどうですか? すぐにリハーサルを始めますから』
「あ、はい……それじゃ、待ってますね」
スタッフに一番前の列の席に座るよう促され、僕は既に座っていたヴェーンの隣に一席空けて座った。
「よぉ、ユウって言ったか。お前、アンの正体知ってるのか?」
「……男だってことですか?」
「知ってんだな、本人から聞いたのか?」
「いえ……アンさんは僕が気付いてるって気付いてないと思います」
人狼だということはヴェーンは知っているのだろうか。
「……じゃあそのまま気付かないフリしてやってくれ。ディエゴ坊ちゃんは短気で手が早いからな、父親そっくりだ」
「…………アンさんのお父さんってどういう方なんですか?」
「俺の神様みたいなもんだ」
魔王直属の彼にそう言われるなんて、アンの父親はかなりの人格者なのかもしれない。
「始まるぞ、集中して見ようぜ」
ステージの中央にアンが立ち、歌い始めた。歌姫の歌声を最前列で聞く、そんな素晴らしい体験を一人でする罪悪感はとても大きい。一人で樹液採取をしているだろうジャックの姿が瞼の裏に浮かぶようだ。




