戦うに時があり、和らぐに時があり
魔物は、いくつかの火の玉を放ってきた。完全に、彼を敵としてそれも見做したようだ。
空中では勿論回避行動を取ることはできないため、そのまま飛びながら火の玉を斬って前に進んで行く。
シュン…
火の玉を斬り終えた瞬間、風のしなる音と共に魔物はその長い胴体で彼を叩き落とした。
「……ぐっ」
デカイ図体の癖に、速い。それに一撃一撃の攻撃が、やはり重かった。
彼はなんとか体制を整えて、地面に落下することだけを防いだ。今回は身体を捻る余裕がなかった為、足に痺れを感じるが…身体を打ち付けられなかっただけでもマシだろう。
「……がはっ」
空気を思い切っ切り吐き出すのと同時に、彼は苦痛に耐えるかのような表情を浮かべていた。恐らく、叩かれた時に肋骨が何本か折れてる。肋骨はしなる為折れにくく、代わりに折れた時は息が詰まるほど痛い。
できることならば、せめて息を整えたいとチラリと考えたがけれども…生憎、今は戦いの最中であり、敵は勿論彼を休ませるつもりなどなさそうだ。
すぐさま、再び彼に向けて火の玉を放ってきた。今度は今までの赤い炎ではなく、蒼い炎。近づいてくる度に、さっきまでの赤い炎の時よりも熱い空気が肌を撫ぜる。……間違い無く、威力がより強力そう だ。
「……ちっ」
彼は手に持つ剣を、その場で振った。すると剣圧で衝撃波のような斬撃が現れ、その火の玉に襲いかかる。そして、空中でその火の玉は消えていった。
その爆風に紛れて、彼は、魔物に近づく。そして今度こそ、その長い図体に刀を突きつけた。それと同時に、魔物の胴体の上に立つ。刀を刺したまま、頭の方に向けて刀を滑らせた。
けれども魔物は物凄い力で身体を揺らし、抵抗する。振り払われないように刀に力を込めるも、魔物も必死に自身の首を回して、胴体の上にある彼に向けて火の玉を吐いた。
これには流石に彼もその場を離れるより他にない。魔物の背を蹴り、刀と共に地面に落ちる。
けれども、ジュ…という音ともに自身の一部が焼け爛れていた。
「…ぐっ」
至近距離からの攻撃だった為、僅かに回避が遅れて服の一部と肉が焼けている。
「…やっぱり、中々殺られてくれねえな」
そう呟きつつ、魔物に攻撃をいれようと動きだした。
「………っ!」
身体のあちこちが、痛む。もう、全身で傷を負っていないところがないぐらいだ。
けれども彼を蝕む痛みは、それだけではない。その身体の痛みは、外傷だけではなく、内側の節々からもきていた。
考えてみれば、さっきから普段の数十倍の身体能力を彼は奮っているのだ。筋肉が悲鳴を挙げてもおかしくかい。
……けれども、と彼は走りながら思う。
こっちは元々死ぬ気で戦っているのだから、この戦いのあとどうなろうが知ったこっちゃない……と。
ただ、問題は、この戦いが終わるまで…つまり、目の前の魔物の命を絶つまで彼の身体が持つかどうかだ。
「……頼む。保ってくれよ」
切に願いながら、走り続けた。
先ほどのような斬撃を、あらゆる角度から走りざまいくつも飛ばす。魔物はまるで痛みに耐えているとでもいうかのように、その身をくねらせていた。
ふと、彼は言いようのない違和感を肌に感じる。
…おかしい。火の玉が、こない。
さっきまでの魔物の行動を考えると、いくらこちらが攻撃を重ねているとはいえ、間にインターバルがないわけではないのだ。
違和感を感じてから数秒後、彼の全身にゾワリと鳥肌がたった。まるで、死神の鎌が自らの首もとにヒタリと付いた感覚。
その感覚を感じさせたのは…勿論、彼が戦っているそれ。
魔物は火の玉を吹き出そうとしているのか、火を噴き出して口元で溜めていた。勿論、ただの火ではない。
赤でもなく青でもない……【黒い】火を。
あれは、まずい。…そう直感した。
どう考えても、その雰囲気からいって蒼炎より…ましてや紅炎よりも威力がでかそうだ。あんなのこの街に落とされたら、この街は消える。それぐらいの力を感じた。
魔物も、本気だ。
…考えるよりも先に、身体が動き出す。彼は手に持つ刀を、魔物の口元へと投げた。
投げられたそれは、まるで彼の意思を汲み取ったとでもいうかのように、空中で徐々に巨大化した。
そしてそれは黒炎をぶち破り、魔物の口の内側から外側へと串刺しにする。
…ドオオン。
それと同時に、ぶち破られて行き場を失った黒炎はそのまま空中で爆発した。
地上にいても、空中で爆発したそれの物凄い爆風と熱気を感じるような…そんな物凄い爆発だった。魔物は、その爆発に巻き込まれて骨すら残さず消えていった。
……終わった。
彼と魔物の戦いは、呆気なくも彼の勝利という形で幕を降ろしたのだ。街を壊した原因で……子供達とシスターの仇。それを、確かに倒すことができたのだ。
正に、奇跡。…それこそ、あり得ない事象。
喪失感と虚しさでイッパイだった心の中に、僅かに広がる満足感。
…….良かった。
気を緩めた瞬間、ズキズキとさっきよりも更に全身が痛む。彼は耐えきれず、その場に倒れていった。
ドサリ…彼が倒れた音が辺りに響く。
地面に仰向けになって倒れた彼の前に広がる景色は、先ほどまでの禍々しさはなく、いつも通りの夜空だった。
ズキリ、ズキリと身体に痛みが響く。そして、霞む目元。どんどん瞼が重くなり、視界が暗くなってきた。
美しい満天の星空を最後に、彼の視界は完全に真っ暗となった。