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いととり  作者: AtoRei
第一章 十五・秋

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6.【朝】〜最初の綻び〜

【朝】


 ……結局、眠れなかった。


 席へ座るなり、私はそのまま机へ突っ伏した。

 冷たい天板が少しだけ気持ちいい。

 このまま眠れたらどんなに幸せだろうか。


 教室を見回せば、眠そうな顔をしているのは私だけじゃない。


「昨日、歴史が終わらなくてさ」

「俺なんか深夜アニメ三本見て終わってちまった」

「模試まで一週間とかハードモードすぎる……」


 眠気の理由は、それぞれだった。

 でも、私だけ眠れなかった理由を誰にも話せない。


「おはよう」


 机の横からいつもの声が飛んでくる。


「また朝まで勉強か?」

「……まあ」


 嘘ではない。

 参考書は開いていた。


 一ページも進まなかったけど。


「やっぱ、クラス一位はすげぇなあ」


 晴人は感心したように言って、それから自分の鞄の中をゴソゴソと漁り始めた。


「ほら」


 机の上へ置かれたのは、小さな紙パックだった。


「……コーヒー牛乳?」

「どーせ、今日も寝不足なんだろうと思って」

「……もしかして、子供扱いしてる?」

「ブラック飲んでる環とか想像つかないし」

「別に飲めるもん」

「じゃあ今度からブラック買ってくるな」

「……それはいらない」

「ほら、やっぱり」


 晴人は満足そうに笑った。

 なんだか少しだけ悔しい。

 でも。


「……ありがとう」


 そう言うと「どういたしまして」と晴人は照れた様子もなく親指を立てた。


 ……本当に変な人。


 私は机の端へコーヒー牛乳を置き、小さく息を吐いた。


 でも、少しだけ。


 本当に少しだけ、頭の中が軽くなった気がした。


 紙パックの冷たさが、指先に残る。


 教室のチャイムが鳴ると、少ししてから担任が入ってきた。


「ホームルームを始める。……その前に連絡だ」


 最前列の生徒にプリントの束が渡される。前の人は自分の分を一枚とって、後ろの人に束を渡す。

 プリントには『学校見学会の案内』と書かれていた。


「来月から各高校の学校見学会が始まる。申し込みは今週中だから、希望者は忘れずに提出するように」


 教室のあちこちで紙をめくる音が広がる。


「進学先は、パンフレットだけで決めるなよ」


 担任は教室を見回しながら言った。


「実際に行って、自分の目で見て、自分で決めろ。それが一番大事だ」


 私は手元の案内をぼんやり見つめる。


 ――自分の目で見て。


 どうして、その発想がなかったんだろう。


 私は三年間、新聞やネットの記事ばかりを読んできた。

 それなのに、お父さんが残したものを、自分の目で確かめようとしたことは一度もなかった。


 あの部屋は、お父さんを思い出す場所だった。

 近づくだけで、胸の奥が痛くなった。

 だから、無意識に避けていたのかもしれない。


 でも、もしかしたら。


 あの部屋には、まだ何か残っているのかもしれない。

 私が見落としてきたものが。


 放課後になったら、まっすぐ帰ろう。

 そして、お父さんの部屋を自分のこの目で調べるんだ。


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