1.【夜】〜雨音に沈んだ答え〜
十八・冬
【夜】
少女が、血まみれの男の上に馬乗りになっていた。
金臭い匂いが、雨に洗い流されている。
高層ビルの谷間へ落ち込んだ細い路地。一本先を流れる車列の音も、激しい雨に遮られ、遠い海鳴りのようだった。
彼女もまた肩から血を流していた。
闇に溶け込むような黒い外套を雨粒が次々と滑り落ち、後ろで束ねた黒髪がほどけて彼女の白い頬に張りついている。
少女は男の肩口へ膝を押し当て、逆手に構えたナイフを男の喉元へ突きつけている。
あと数ミリ。
三年間のすべてが、その先にあった。
それでも、その僅かな距離を埋められない。
空を掴むように伸びた男の手を少女は踏み付け、その手首を濡れた路面へ縫い付けた。
男の脇腹から流れた血が、雨に薄まり、赤い尾を引いて排水口へ消えていく。
「……ねえ、××」
雨に吞まれた自分の声を、少女は聞き取れなかった。
男の目だけが、わずかに動く。
「私に、言い残すことはない?」
男の口から漏れた血混じりの白い息が、雨の中で揺れる。
少女は息を殺して待った。
しかし返ってくるのは、雨の音だけだった。
男は痛みの中でさえ、少女の目から視線を外さない。
口元が、わずかに緩んだように見えた。
少女は震える指先を押さえつけるように、ナイフへ力を込めた。
降りしきる雨に、白い粒が混じり始める。
みぞれだった。




