表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

第8話 知らぬが仏

 三日目にして、僕は一人で外に出た。


 東京というものをもう少しちゃんと見てみたかったんだ。シェアハウスの周辺は昨日の案内でだいたい分かったけど、あの辺は「東京」というより「ちょっと便利な住宅街」って感じで、僕が見たい東京は、もっとこう──ビルがばーっと並んでて、人がわーっといて、テレビで見るようなやつだった。語彙力がないのは自覚している。


 最寄り駅まで歩いて、電車に乗る。

 二十分。

 たった二十分電車に揺られただけで、窓の外の景色が一変した。


 ──新宿。


「……すご」


 改札を出た瞬間、人の波に飲み込まれそうになった。

 見上げれば空を埋め尽くすビル群。上にも下にも右にも左にも無数の人、人、人。誰もが早足で、誰もが目的地を持っていて、立ち止まっているのは僕だけだ。


 電車で二十分。たった二十分でこの世界に来られるなんて、東京に住むって本当に凄い。


 何を買うでもなく、ただ歩いた。大きな家電量販店。何階建てか分からないデパート。路地に並ぶ小さな飲食店。全部が新鮮で、全部が眩しくて、気づいたら口元が緩んでいた。


 ……男らしくなりたいとか、変わりたいとか、そういう事は一旦置いておいて。純粋に、ここに来てよかったと思った。


 問題が起きたのは、駅前の広場でスマホの地図を見ていた時だった。


「ねえねえ、一人? 今ヒマ?」


 声をかけてきたのは、大学生くらいの男が二人。チャラい。服装も髪型も、地元では見なかったタイプだ。都会ではこういうのが流行っているのかもしれない。


「え……あ、いえ、大丈夫です」

「えー、そんなこと言わないでさ。可愛いね、モデルとかやってる?」


 またか。

 またこのパターンだ。


「あの、僕──」

「見た感じこの辺詳しくないっしょ? いい店知ってるからさ、案内してあげるよ」


 僕、と言ったのに全く引っかからなかった。一人称で判断してもらえないのは慣れている。慣れたくなかったけど、慣れている。


「本当に大丈夫なので……」

「まあまあ、そう言わないでさ」


 腕を掴まれた。

 ──ダメだ。こういう時、僕は強く言えない。嫌だと思っているのに、体が固まって声が出ない。「男らしくなりたい」って、こういう場面でちゃんと断れる事も含めてのはずなのに。


「あ、ごめん。その子、俺の連れなんだけど」


 横から、さらっと声が入ってきた。

 見知らぬ男の人が、自然な動きで僕とナンパ男の間に入ってくる。さっぱりした短髪に、日焼けした肌。ラフなTシャツ姿だけど、背が高くてがっしりしていて、隣に立たれるとナンパ男二人が急にしょぼく見えた。


「えっ、連れ……?」

「うん。待ち合わせしてたんだよね?」


 僕に視線を向けてくる。目が「話を合わせろ」と言っていた。


「あ……う、うん。待ってた」

「ごめんな、遅れて──じゃ、行こっか」


 僕の肩にぽんと手を置いて、さっさと歩き出す。ナンパ男二人は何か言いたそうにしていたけど、結局何も言わずに去っていった。

 ……助かった。


「大丈夫だった?」


 少し歩いたところで、その人が振り返った。爽やかな笑顔だった。これが本当のシティボーイという奴に違いない。


「は、はい。ありがとうございます……」

「ああいうの、新宿だと多いから気をつけた方がいいよ。特に君みたいな──えっと、可愛い子は」


 ……君みたいな可愛い子。

 この人も、僕を女の子だと思っている。


 訂正すべきだと頭では分かっている。分かっているんだけど、助けてもらった直後に「実は男です」と言うのはなんというか……タイミングが。


「俺、杉崎直斗。この春から大学生なんだ。君は?」

「蘇羽鷹、星那です。僕も今年から大学生で……」

「お、同い年じゃん。大学どこ?」


 大学名を言うと、杉崎さんが目を丸くした。


「マジで? 俺もそこなんだけど」

「えっ、本当ですか」

「うわ、すごい偶然。じゃあ入学式で会うかもね」


 杉崎さんはからっと笑った。変に気取らない、風通しのいい笑い方だった。


「引っ越してきたばっかり? 一人暮らし?」

「シェアハウスです。親戚がやってるところに……」

「へー、シェアハウスか。それはそれで楽しそうだな」


 楽しいかどうかは置いておいて、退屈ではないのは確かだ。毎日、心臓に悪いけど。


「良かったら連絡先、交換しない? 同じ大学なら何かと助けあえるだろうし」

「あ、はい。ぜひ」


 スマホを取り出して連絡先を交換する。杉崎さんの対応は最初から最後まで自然体で、変に距離を詰めてこない。ナンパ男とは根本的に何かが違う。


 ……でも、この人も僕を女の子だと思ってるんだよな。

 言わなきゃ。今言わなきゃ、後で気まずくなる。


「あの、杉崎さん」

「直斗でいいよ」

「じゃあ直斗。あのさ、僕──」


 スマホが鳴った。画面に表示されたのは『莉々華さん』の文字と、怒涛のメッセージ。


『星那ちゃん大丈夫?』

『迷子になってない?』

『お腹空いてない?』

『帰りにプリン買ってきて?』


 ……最後のは普通に頼み事じゃないですか。


「彼氏?」


 直斗が画面をちらっと見て聞いてきた。


「いえ、同居人です」

「へー」


 何か言いたそうな顔をしたけど、それ以上は聞いてこなかった。


「じゃあ俺、そろそろ行くわ。入学式で会おうな、蘇羽鷹」

「うん。今日は本当にありがとう」

「いいって。──あ、一人で帰れる? 駅まで送ろうか?」

「大丈夫です。方向音痴じゃないので」

「はは、しっかりしてんな」


 直斗は手を振って、人混みの中に消えていった。

 ……結局、男だって言えなかった。


 きっと、入学式で気づくだろう。その時のリアクションを想像すると、ちょっとだけ申し訳ない気持ちになった。


 心の中で謝ります。本当にごめんなさい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ