第4話 猫に見つかったネズミ
「ここが星那ちゃんのお部屋だよ~」
案内されたのは二階の突き当たりの部屋だった。八畳ほどの広さで、ベッドと机、クローゼットが備え付けられている。窓からは隣家の庭が見えて、そこだけ切り取ると地元を思い出すような穏やかな景色だった。
「わあ……綺麗ですね」
「でしょ~? 藤花さんがこだわって作った部屋なんだよ。カーテンも新しくしてくれたの」
莉々華さんがカーテンを引いて見せてくれる。淡い水色……もしかして、僕が男の子だからこれを選んでくれたんだろうか。
……ごめんなさい、藤花姉さん。子供の頃から、僕の好きな色はラメ入りのピンクです。
「お姉さま、こちらにお手洗いと洗面台がございます」
琴さんが廊下の先を指す。
「お風呂は一階にございます。共用ですが、時間を分けているので問題ありません」
「あ、ありがとう……」
琴さんは丁寧に説明してくれるのだが、終始僕のことを「お姉さま」と呼ぶのが気になって内容が半分くらいしか頭に入ってこない。
「あ、そうだ星那ちゃん。一つ大事なことがあるの」
莉々華さんが思い出したように手を打った。
「お風呂の順番なんだけどね、今は澄夏が一番風呂で、その次が琴ちゃん、最後が私なの。星那ちゃんはどこがいい?」
「え……いや、僕は最後でいいですよ」
「えー、そう? じゃあ私の後ってことになるけど……」
「大丈夫です。ていうかその……やっぱり僕は男なんで、皆さんの後の方がいいですよね?」
莉々華さんと琴さんが顔を見合わせる。
「……うーん、そういうものなのかなあ?」
「当然の配慮かと思いますが……星那お姉さまに限ってそのような心配は不要だと、琴は思います」
「だから僕男なんですってば……」
この人たちの男女に対する危機意識が心配になってくる。
──でも。
ちょっとだけ、救われた気もした。
こんなにも自然体で受け入れてもらえるとは思わなかったから。嫌な顔一つされなかった。確かに「男として」見られている訳ではないんだけど、それでも──拒絶されなかったことが、素直に嬉しかった。
「……ここに、いていいんですか? 本当に」
「いていいもなにも、もうお部屋はここって決まったんだから。それに──」
莉々華さんは何かを言いかけて、口元に手を当てた。それから、ふふっと小さく笑う。
「──こんなに可愛い子、手放すわけないでしょ?」
……なんだろう、今すごく優しい言葉をかけてもらったはずなのに、本能が「逃げろ」と言っている。
猫に見つかったネズミの気持ちって、もしかしてこんな感じなんだろうか。
◆
夕方になると、藤花姉さんが帰る時間になった。
「じゃあ星那くん、あとは皆と仲良くやりなさい! 何かあったらいつでも連絡していいからね!」
「藤花姉さん……本当に大丈夫なんですかね?」
「大丈夫よ! 三人とも根はほんっっとうにいい子たちだから──ま、ちょっと独特かもしれないけど」
独特。
その言葉の裏に何か含みがあるような気がしたが、藤花姉さんは何も言わずに玄関を出ていった。
「困ったことがあったら言いなさいよー! 月に何回かは顔出すからー!」
嵐のように去っていく藤花姉さんの背中を見送りながら、僕は唯一の外部との繋がりが遠ざかっていくのを感じていた。
「……よし」
覚悟を決めて、リビングに戻る。
「あ、おかえり星那ちゃん! ねえねえ、今日は星那ちゃんの歓迎パーティしよっか!」
ソファで大きなクマのぬいぐるみを抱いていた莉々華さんが、ぱっと顔を輝かせた。
「歓迎パーティ?」
「うん! 大した事は出来ないけど、ちょっと豪華なご飯にしようと思って。澄夏はどう思う?」
「いんじゃない? じゃあ私、酒買ってくるよ。莉々華は?」
「えー、じゃあいつもので」
「うい」
澄夏さんは財布を掴んでさっさと玄関に向かう。フットワークが軽い。
「あっ、僕も何か買い出し──」
「いいからいいから、星那ちゃんは今日の主役なんだから座ってて?」
僕の出番は無いらしい。
促されるままソファに座ると、琴さんが無言で僕の隣に腰を下ろした。
近い。
とても近い。
身体が、くっついている。
「……琴さん、近くないですか?」
「適切な距離です」
「……そうですか」
琴さんは姫カットの隙間から、上目遣いに僕をじっと見つめている。
何か言いたそうで、でも何も言わない。もの凄い存在感、そして圧。思わずぺちゃんこに潰れてしまいそう。
「……あの、琴さん?」
「琴、とお呼びください」
「じゃあ琴……さん」
「琴、です」
「こ、琴……」
「はい、お姉さま」
「……その、お姉さまって呼ぶの、やめてもらえると……」
「嫌です」
即答だった。
「あの……僕、男なんだけど……」
「存じております。ですが琴にとって、星那お姉さまはお姉さまです」
彼女の中ではもう結論が出ているらしかった。これ以上何を言っても無駄だと、僕の数少ない経験則が告げている。
「……」
「……」
沈黙。
でも、不思議と嫌な沈黙じゃなかった。この子からマイナスイオンでも出ているのか、琴がじっと隣にいるだけで、何だか落ち着くような気さえする。
──そう思ってしまう自分が、ちょっとだけ情けなかった。女の子扱いされているのに安心してどうする。




