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第1話 とんでもない美少女?がやってきた


 バスの窓から見える景色が、田舎のそれとは全く違う。


 見渡す限りのビルの群れ。信号待ちで溢れかえる人の波。地元には一件しかなかったコンビニが百メートルおきに現れる。東京というのは本当に凄い場所だなと、まるで修学旅行初日の小学生のように僕は窓に張り付いていた。


「……ここが、東京……」


 蘇羽鷹そばたか星那せな、十八歳。

 この春から大学生になる僕は今日、生まれ育った地元を離れ、東京にやってきた。

 理由は至ってシンプルで、志望していた大学に合格したから。それだけだ。もう少し言えば、環境が変われば自分も変われるんじゃないかという、何とも頼りない期待を胸に抱いていたりもする。


 ──変わりたい、というのは。

 まあ……男っぽくなりたいな、ということだ。


 男っぽくなりたいという事は今の僕は男っぽくないという事で、事実、僕はこの十八年間の人生で数え切れないほど女の子に間違えられてきた。コンビニで「お姉ちゃん可愛い!」と子供に指を差されたり、クラスの男子に「お前ってなんかいいよな……」と遠い目で言われたり。後者は本当にやめてほしかった。


 母親似の顔が原因だというのは分かっている。鏡を見れば、銀色の髪に柔らかい目元の、どう見ても女子にしか見えない自分がそこにいる。でも、顔の造りだけじゃなくて、声も、仕草も、なんだか全体的に女の子っぽいらしい。自分ではよく分からないんだけど。


 だから──新しい環境で、少しでも変われたらいいなと。

 そんな事をぼんやり考えながら、バスに揺られていた。


「……あ」


 スマホが震える。画面に表示されたのは『藤花姉さん』の文字。


『もうすぐ着く頃? ロータリーで待ってるからね!』


 藤花姉さん──苗字は忘れてしまった。もしかしたら、忘れたんじゃなくて元々知らないのかもしれない。母方の親戚で、小さい頃に何度か会った事がある。当時の藤花姉さんは大学生くらいで、やたらと僕を構ってくれたのを覚えていた。


 その藤花姉さんは今ではバリバリの社長さんになっていて、東京で複数のビジネスを手掛けているらしい。そのビジネスの一つに『シェアハウスの運営』があり、大学進学が決まった僕の住居問題を母に相談された藤花姉さんが「うちのシェアハウスに入れなよ!」と二つ返事で引き受けてくれた──というのが、今回のいきさつだった。


 両親としても見知らぬ土地の一人暮らしより親戚のシェアハウスの方が安心らしい。気持ちは分かる。過保護だなとは思うけど、反発する気も起きなかった。家賃も安くしてくれるらしいし。


「……次、かな」


 電光掲示板に目的のバス停の名前が表示される。

 僕は大きく深呼吸をして、降車ボタンを押した。

 新しい生活が、始まる。

 


 バスを降りると、駅前のロータリーには数人が行き交っていた。


 藤花姉さんが迎えに来てくれているはずだ。スマホで連絡を確認しようとして──ふと、辺りを見回す。


 それらしい人がいない。

 僕の記憶の中の藤花姉さんは、大学生くらいの明るいお姉さんだった。ラフな服装で、元気いっぱいで、子供の僕を抱き上げてぐるぐる回すような人だった。

 あれから十年以上は経っている。でもまあ、あの人のことだから、今もTシャツにジーパン姿で元気いっぱいに手を振ってくれているんだろう──と思って、それらしい人を探しているんだけど。


 ……いない。


 一方、ロータリーの反対側では見るからに高そうなお洒落なスーツ姿の女性が、キョロキョロと辺りを見回していた。誰かを探しているのだろうか。こんな人が普通に歩いているんだから、やっぱり東京はすごい。


 バスが出発し、降りた客が散っていく。人の波が引いて──ロータリーには、僕とその女性だけが残された。


「……」

「……」


 目が合った。

 女性は僕を上から下まで眺めて、少し首を傾げた。それから、何か思い当たったように目を見開く。


 同時に、僕も気がついた。あの目。あのバイタリティが滲み出る立ち姿。スーツ姿でも隠しきれない、全身から溢れる「とにかく前に進む」感じ──


「……もしかして」

「……星那、くん?」

「……藤花、姉さん?」


 沈黙。

 二人で見つめ合ったまま、数秒が過ぎた。


「──えっっっ!?」


 先に叫んだのは藤花姉さんの方だった。


「あんた星那くん!? 嘘でしょ!? こんな──こんな顔だったっけ!?」

「こっちこそびっくりですよ……すごい派手なスーツ……」

「いやあんたの顔の方がすごいわよ!!」


 字面だけ見たらすごい失礼だ。

 藤花姉さんはまじまじと僕の顔を覗き込んでくる。


「最後に会ったのは確か小学校上がる前くらいだったと思うんだけど……その時は普通の男の子だったのよ。普通の!」


 信じられないものを見るような目で凝視されている。僕は今でも普通の男の子のつもりです。


「お母さん、綺麗だったもんねえ……にしたって、これは……」


 藤花姉さんは何かを言いかけて、ぐっと飲み込んだ。そして代わりに出てきたのは、深い深いため息だった。


「……や、やばいかも」

「え? 何がですか?」


 藤花姉さんは僕の両肩をがしっと掴んだ。真剣な目だった。仕事中はこんな感じなんだろう。たぶん。知らないけど。


「星那くん。人生の先輩として、一つだけ言わせて」

「は、はい……」

「──心を強く持つのよ」

「……え?」

「行くわよ!」


 それだけ言うと、藤花姉さんは僕のキャリーバッグを強引に奪ってぐいぐいと歩き出した。


「ちょ、ちょっと待ってください! 心を強くって何ですか!? 何があるんですか!?」

「大丈夫大丈夫! たぶん!」


 たぶん。


 「たぶん」ってなんだ。全然大丈夫じゃない響きなんですけど。

 僕は引っ張られるままに、見知らぬ街を歩いていく。


 ──もうちょっと抵抗した方が良かったんだろうか。

 こういう時にさらっと流されてしまうのが、僕の悪い癖だった。

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