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可哀想な群

 父は、狼狽しきった顔で項垂れていた。

 今の私にはわかる。ここで父が私を庇えばおそらく火に油を注ぐだろう。


(捻くれていた頃の私なら、きっとそうは思えなかった)


 母はと言えば、ただ毅然と前を向き、誰よりも気高く立っていた。


(ああ、そうだ。こういう時こそ毅然としていなければ)


 しゃんと背筋を正しく、前を向く。それだけなのに、


 ざわめきが水を打ったように静まり返った。なぜだか妙に可哀想な気持ちに囚われる。

 だから、周囲を見渡して言ったのだ。


「…可哀想な方達」


 ぽつりと溢した言葉に、みんなが息を呑んで私を凝視している。


「群れることでしか生きていけない、憐れな人達だわ」


 きっぱりと言い切ってやる。ホール中に私の声が反響した。

 幾人かのご令嬢が顔を赤くして喚いた。


「流行遅れのマリーアのくせに」「初めて注目されて嬉しいんじゃない?」「壁の毒花の本性だわ!」


 ご令嬢達を横目に見た。肩をびくつかせている。

 笑ってしまいそうになるのを堪えるのが大変である。


「初めてライオンに楯突いたうさぎが怖いのかしら?」

「は、はあ!?」

「自分たちがライオンになったつもりだったということよ。貴方達は群れていないと何もできない、ただの数の暴力でしかない。考えても見て?自分の隣人が、果たして本当に自分の味方かしら」

「誰にも相手にされないからって…!!」

「ええそうよ。だから私は強いの。貴方達は、群れずに生きることができて?」

「なっっ!!」

「結局のところ、みんな私のことが気になって仕方がないのね」

「は、はあ!?頭おかしいんじゃない!?」


 変わる変わるあちこちから令嬢の罵声が飛んできた。


(あんなに背中を丸めて生きてきたのが馬鹿みたいだわ。不思議だけど。なんだか、もうどうでも良いみたい)


 ここにいるほとんどの令嬢たちの本質は、標的を引き摺り下ろして自分が優位だと思いたいだけ。

 みんな同じ化粧をして、流行りのドレスを来て、似たような髪型をしている。量産品のようだ。

 その中で、確かに私は異質だろう。その異質なものが、ダステムと婚約したと知った時、自分たちが盲信していた全てのことが一気に無価値に感じられたのだろう。一体何を信じれば良いのか分からなくなったのかも知れない。


 だから、


「可哀想な方達」


 なのである。


 後ろの方で、父も母もただ見守っていた。

 両親に目配せすると、二人とも小さく頷いてくれる。


(私には、こんなに思ってくれる家族がいる。それで十分…)


 自信に満ち溢れたリシュエルの笑顔が過る。それが私をどんなに勇気づけてくれるか、きっとあなたは知らないでしょう。


(私はこんなに変わった。ううん、元に戻ったという方が近いかも知れない)


 もうきっと、シューリムに出向くことはない。もしまた戻れば、今度こそリシュエルと離れたくなくなってしまいそうだから。

 過ごした日々は、確かに私の分岐点となったのだ。


(強く、生きねば)


 そう思った次の瞬間、ダステムが強く私の手を引いた。


「っっ!!!」

「もう良いだろう。ほら、行くぞ」

「ダステム…ッッ!!!」

「早く歩けよ」


 私の腕をぐいぐいと引っ張って、彼はホールの外へと歩み出す。


「やめて!離して!!」

「良い加減にしないと、また教育が必要になってくるな」

「あっ……」


 ぴたりと止まって、振り返る。まるで洞穴のように暗いその目を見て、すぐにあの頃の私に戻ってしまいそうになる。

 さすがに父が止めに入った。


「ダステム殿、娘とは破談になったはず。手を離してもらいたい」


 今度は父のことをじっと見てから、吹き出した。


「ぷっ…ははは!」

「な、何がおかしい!」

「あんたのところのワイン、随分と悪評が広まっているらしいじゃないか」

「今、それとこれとなんの関係が…」


 ダステムがなにやら父に耳打ちしている。

 みるみるうちに父の顔は青ざめていき、口をぱくぱくさせてよろめいた。


「お、お前…なにを…」


 ダステムは自信たっぷりに歩き出す。私の腕に指が食い込んだ。


(お父様!!)


 呆然と前を見つめる父の横を通り過ぎる。振り解こうとしても、その手を払うことができない。


(ああ!!!)


 願うような気持ちで必死にリシュエルの名前を呼んだ。


 目の前が明るい。

 ホールの扉が開いたのだ。

 ダステムは扉の前で立ち尽くした。


(?)


 そっと顔を上げてみる。


「…え?」


 扉の向こう側、そこにはドマーニ公爵と、リシュエルがいた。

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