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マリーアの手紙(後半、手紙)

「リシュエル様……!!も、申し訳ございません!!」


 俺が帰宅するなり、キースがすっ飛んできて転がり込むように土下座をした。


「……もう何度も謝罪は聞いた。それに、お前が謝るべきは俺じゃない」

「し、しかし……。僕がマリーア様に会うことが叶いますでしょうか…」

「叶うかどうかじゃない。誠心誠意機会を与えてもらうように努力して、謝罪するしかないだろう」

「…それは、そうですが…リシュエル様はお会いできたのですか?」


 書斎に進む俺のすぐ後ろをぴったり着いてくるキースの緊張が伝わってくる。


「いいや。トノール夫人に追い返された」

「ああっっ!!」


 椅子に座り、机に肘をついて頭を抱える。ずきりと頭が痛んだ。


「…リシュエル様…ぼ、僕は……」

「キース。間違っても辞めたいなどと言うなよ」

「え?」

「責任は俺にもある」


 若い執事は小刻みに震えながら、今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「マリーア様のお顔に包帯が巻かれていると聞いてはいましたが…その…いざ目の前に現れて、驚いてしまって」

「…そうか」

「リシュエル様ぁ!」

「夫人に、もう二度と来るなと言われてしまった」

「ああ!僕はどうしたら!!」

「仕方がないだろう、お前はそれだけのことをした。そしてそれは俺の責任でもある」

「うぅっ…」

「明日もまた訪ねてみるが…。あまり思い詰めるな」


 キースは机にしがみつくようにして、俺と目線を合わせた。


「で、でも…二度と来るなと言われたのですよね!?」

「それでもだ。マリーアに会えるまで、何度だって通うさ」


 立ち上がり、ジャケットをハンガーに掛けると、慌ててキースがそれを受け取った。


「…それよりキース、例の調査は進んでいるのか?」

「は、はい。そろそろ報告書が上がってくるはずですが…」


 コンコンとノックが鳴ったので扉に視線をやると、ミレーという侍女が、紅茶を淹れにやって来た。

 玻璃のカップに紅茶を注いで差し出すと、侍女は問うた。


「……頭痛薬はご入用ですか?」

「ああ、頼む」


 白い錠剤が入った瓶と、水差しの水を注いだコップが並ぶ。紅茶のカップも並んでなんだか目の前が忙しい。


「ちゃんとお水で飲んでくださいね」

「分かっている」

「それから、これを」


 エプロンのポケットから、薄黄色い封筒が取り出された。


「マリーア様からです」

「なに!?」


 ミレーは、手を伸ばす俺から、すいっと封筒を避けた。


「リシュエル様、まずはお薬を飲んでくださいませ」

「……わかっている」


 錠剤を水で流し込んでから、その封筒を受け取った。宛名には懐かしい字が書かれていて胸が切なくなる。


「これは誰が持って来た?」

「……ホーネスト家の侍女です」


 心臓がばくばくしている。緊張した面持ちのキースが、ペーパーカッターで開封する俺をじっと見た。


 中には何枚かの便箋と、金木犀の花が入っていた。


 部屋中に芳しい香りが広がって、先日東屋で過ごしたひと時を思い出される。


「……」

「リシュエル様、何が書かれているんです?」

「………」

「あの…」

「っっっ!!!」


 急に立ち上がったので、水の入ったコップが倒れて水が溢れた。

 走り出した俺の名を、キースが後ろから叫んでいる。


(マリーア!!)


「っっっ!!!」


 門を飛び出し、登り坂を駆け上がるとすぐにホーネスト邸が見えてくる。


 空は今にも雨が降り出しそうだ。





✳︎ ✳︎ ✳︎





 リシュエル様


 突然シューリムに帰って来たので驚いたでしょう?

 帰るなんて、生家は王都なのに不思議だわと思うけれど、そう言う気持ちになるのがシューリムの素敵なところね。

 私は王都で婚約して、もうすぐ結婚するはずだったのだけれど、婚約を解消することになったの。

 その婚約を解消する原因になったのが、この顔の火傷なのよ。それでしばらくこちらで過ごすことにしたの。


 キースは私が逃げ帰ってしまったので、すごく気にしているでしょう。私を傷つけるつもりなんてなかったことはわかっています。私も咄嗟のことで逃げてしまったのだから、お互い様だわ。

 それに、顔中に包帯をしていたら誰だって驚くわ。それはそうよね。当たり前だと思うの。

 だから、もう気にしないでと伝えて欲しい。もちろん、貴方もね、リシュエル。

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