横柄な婚約者
「僕と、結婚して欲しい。マリーア」
私はその言葉に天にも昇る想いで、ダステム侯爵令息の求婚をお受けした。
これが、私を思い悩ませる悪夢の始まりだとも知らずに。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「…全く、なんだってそんなに支度に時間が掛かったんだ!?」
「ごめんなさい。ダステム様がお世話になっているドマーニ公爵夫妻へご挨拶に伺うのに、贈り物をお持ちしないわけにはいかないでしょう?コーヒー豆をお包したのに、あまり嗜まれないと聞いたから、選び直したのですわ」
「ふぅん」
ダステムはふいと顔を背けて、さっさと歩き出してしまった。
「全く、地味が何やったって、変わり映えするわけじゃあるまいし…。言い訳も大概にしろよ」
ぽつりと風に呟いた言葉を、私の鼓膜は確実に拾ってみせた。
(…貴方が私に贈り物は任せると言うから……)
ドマーニ夫妻のお招きに際して、どんな物を好まれるのかダステムに聞いたところ「別に何でもいいんじゃないか?」と言ったのは他でもない、彼である。
ところが、折角なら父が輸入するコーヒー豆をと思い、父にそれを伝えると
「コーヒーだと!?ドマーニ公爵はコーヒーを好まないんだぞ!訪ねる日まで日にちもないのにどうするんだ!贈り物一つダステム殿と話し合っていないのか!?」
と、昨日お叱りを受けた次第である。
今度は紅茶を用意したものの、ことの経緯をダステムに説明したところ
「全く、しっかりしてくれよ…。それくらい前もって相手方の好みを調べておいてくれよ」
などと言ってのけたのだ。
(仕方ない、私が至らなかったのだわ)
さっさと前を歩くダステムを、荷物を抱えて追いかける。無意識に、はあ、とため息をつく。
私たちはこれから夫婦生活が始まるのだ。なにより、こんなに重たい気持ちで訪問するなんてドマーニ夫妻に対して失礼である。そんなことはわかっているけれど、この心に溜まった澱をうまく消化できずに門をくぐった。
その時、いきなりダステムの腕が伸びてくる。それが私の頬を触りそうな距離感で、思わず肩を跳ねさせた。
けれどその手は、私の手にある土産物を攫っただけであった。
呆然とする私に「何してるんだよ」と言って一瞥すると、かったるそうに腕を曲げた。私は今日初めてその腕にエスコートされる。
さすがに敷地内では形だけでも仲睦まじく見せなければならぬだろう。
「…下を向くなよ、辛気臭い」
「ごめんなさい…」
使用人が幾人か駆けてきて、頭を下げた。丁重に案内される私たちは、この時から関係性が変わるのだ。
「マリーア、緊張しているのかい?」
「え?ええ」
「すまなかったね、嫌がる君を無理矢理引き連れて…けれど、結婚報告に僕だけ行くわけにはいかないだろう?そうだ、帰りに流行りのカフェでも行こう。だから機嫌を直しておくれよ」
(…どうせカフェになんか行かないくせに)
こうして私が悪者に、彼はそんな私に気を遣う紳士という構図が仕上がる訳である。
ドマーニ公爵家の執事や侍女達の表情には、明らかに好奇心が含んでいた。
(噂に尾鰭がついて、広がるんだわ)
そして迎え入れてくれたドマーニ公爵へダステムが「お口に合うと良いのですが…公爵様がお好きな紅茶を用意しました」と言って渡した。
「これはこれは…気を遣わせてすまないね。よく来てくれた、ダステムくん。それから…」
「紹介します。この度結婚することになったマリーア•トノール殿です」
私は裾を広げて「マリーア•トノールでございます」と目を伏して言った。
「何度か挨拶をしたことがあったかな、父君もシガーを嗜まれるだろう?私も好きでね。何度か事業の話もしたことがある」
「父がお世話になっております」
「うむ。さあ、中へ。今日は良いワインを仕入れたのだ。若い二人の未来の話を聞かせてくれ」
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