あなたのお陰で
一通りの食事を終え、ダステムとドマーニ公爵は領地運営のことや、鷹狩りのことで話に花を咲かせている。
夫人は、あまり酒を好まぬのか、ワインを一口舐めたところでもう飲むのをやめてしまった。
私はどこか控えめな印象の夫人に、できる限りの笑顔を向けた。
「夫人はコレメンタルのご出身だと伺いました」
「ええ、よくご存知ね」
「実は私も彼の地には少なからず縁がありまして、バカンスではよくそちらに」
「まあ!それはどんなご縁か詳しく知りたいわ。陽が良く入るサロンがあるの、男性同士で話が盛り上がっているみたいだし、良かったら私たちは…」
そう言って自慢のサロンに招かれた。
夫人の説明通り、そこは光がよく入り、居心地の良さそうなソファやセンスのいい調度品が設えてあった。
「…とっても素敵ですわ」
「そう言っていただけて嬉しいわ」
着座を促された私は、紅茶を持ってきた侍女にこそりと「オリーブの塩漬けと、ドライフルーツはありますか?」と耳打ちした。
私の耳打ちにびくりと肩を跳ねさせ、戸惑いながらも「すぐにお持ちします」と言った侍女は、キビキビと頭を下げる。
「主人はワインが好きで…無理に飲ませてしまったかしら?」
「いえ、一杯くらいなら…」
「そう」
少しの沈黙の後、夫人は紅茶から顔を背けるような仕草をした。
やはり、と思う。
「マリーアさん」
そう夫人が切り出した時、丁度侍女が頼んだものを持って現れた。
侍女が目線を泳がせながらテーブルの真ん中に置いたオリーブの塩漬けとドライフルーツに、夫人はキョトンとした顔をしている。
「…これは?」
「あの…勝手なことをしてすみません。夫人は、あまりワインが得意ではない…のでは?」
「え?」
「もし、私の勘違いでなければ…少しずつ口に含んでみてください。随分気が紛れると思います」
夫人は、口を一文字にしてから、小さなドライフルーツを一粒口に含んだ。
「……」
目を閉じて深呼吸を繰り返す夫人を見て、今度は侍女に「このお茶を下げてくださる?代わりに冷たいお水を」と言った。
彼女は慌てたように何度も頷き「すぐにお持ちします」と言って去った。
水はすぐに提供され、夫人は二つ目のドライフルーツを食べる前に水をゆっくりと流し込んだ。
「…オリーブも…頂こうかしら」
口に含んだオリーブをゆっくり噛み締めると、再び深呼吸をして胸を撫でた。
「ごめんなさいね…ワインの匂いが苦手なのよ…。あの匂いを嗅ぐと、強い香りの物が鼻をくすぐると気持ち悪くなってしまって」
「公爵様はご存知で…?」
「ええ、勿論。私も、いつもなら飲むふりくらいできるのよ。けれど、今日はあまり体調が優れないみたいで…。でも主人には言っていないの。リンドーネ侯爵とは懇意にしているし…」
「まあ!それはいけませんわ!私たちすぐに退散します」
「けれど…殿方はどうも盛り上がっているみたいだし、水をさしてはいけないでしょう」
「ですが…今日はもう休まれた方が……」
夫人はふるふると頭を振った。
「あなたのお陰で随分と楽になったわ、ありがとう」
「いえ…客人の分際で、侍女の方に勝手なことを申しつけて申し訳ありません」
「……あなた」
「は、はい?」
「聞いていた話と随分違うのね」
「その、話とは…?」
「なんでもないわ、忘れてちょうだい」
夫人は冷たい水が入ったゴブレットを手に取って懐かしい物を見るような目になった。
「…そうだわ、コレメンタルの縁を聞かせてくださる?」
「あ…っ。それは…申し訳ありません…夫人と二人きりになる口実で…実は縁もゆかりもないのです」
「まあ!」
夫人はこの日、初めて本当の笑顔を私に向けてくれた。
ほどなくすると、執事が入室してきて「公爵様とリンドーネ様がこちらに参ります」と告げた。
ガラガラとサービスワゴンが二台連なって来て、手際よく紅茶とスイーツの準備をし始める。
そこへ、やあと手を上げてやって来たのはすっかり酔っ払って顔を真っ赤にしているダステムと、反対にまるでシラフのような公爵だった。
(あれだけ飲んでいたのに…ザルってやつなのかしら…)
「女性同士、話しは盛り上がったのか?」
「ええ、とても気さくな良い方だわ」
「そうかそうか」
うんうんと頷きながら公爵は着席した。一方でダステムは、その言葉に引っかかったような顔をしていた。
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