第22話 紅雪月花
予定では倒せなかった場合は、ここから俺にヘイトを誘導させてリィムの『紅雪月花』を打ち込むチャンスを作る予定だったのだが……
「こっちにヘイトを向けさせてリィムが戻って来るまで耐えろ。」
「言われなくても選択肢無いだろうが!」
焦っている俺とは対照的に冷静なハッキネンの声が頭に響く。
「契約精霊は契約主の体調や状態を大雑把にだが把握できる。だから解る、少しだけ時間を稼げ!」
だから冷静なのか、と言う事はまだ戦線に戻ってくれると理解して罠の残り位置に誘導する事にした。
残っている罠はトマホークが投げられた壁側とリィムが吹っ飛んだ側の2方向だが、どっちに誘導しても美味しくないな。かと言って2本目のトマホークが出てきたら俺一人では対処できない。
「聞くまでも無いが……ハッキネンはどっちが良いと思う?」
「リィムが戦線に復活するまでは危険覚悟でトマホークの方。」
だよな、万が一でも仲間を危険にさらす訳にはいかない。覚悟を決めてトマホークの方へ走り出す。
「ハッキネン、後はどこに攻撃が当たってない!?」
今回ハッキネンは攻撃が当たった箇所の確認に徹底させた。数を打てば当たるの方法で、消去法で弱点を探させていた。
「後は首だけ。それ以外の箇所への攻撃はしっかりと致命傷レベルで当たってた。それに首だけはガードしていた。」
「あの大きさで首が弱点ってどの角度でも罠に当たらねぇ……、首を斬るしか無いのかよ。」
位置的に罠で首を貫くのは難しい、だとしたら斬るしか方法は無いがやるとしたら氷柱の足場が無いと致命傷になる様な一撃は加えられない。
ドス!ドス!ドス!
嫌な重量感の有る足音が後ろからする。振り返るとミノタウロスはもう数メートルの距離まで接近していた。
「でかいのに速いって反則だろうが!」
ミノタウロスが右拳を振り上げて打ち下ろして来た! 俺は前方に飛んで転がる様に体を回転させながら攻撃を回避する。
「さらに前に飛べ!」
ハッキネンの声に反応して更に前に飛び出すと、すかさず左手の平手打ちが先程まで居た位置に真上から飛んで来くると地面をえぐり衝撃で石が弾け飛ぶ、直撃はしていないが衝撃の勢いでそのまま吹っ飛ばされて壁に打ちつけられた。
「意識を飛ばすな! すぐ殺される!」
「解ってる!」
ハッキネンの声で意識を繋ぎ止めて体を起こすと、すぐ真横には先程のトマホークの刃が煌々と輝いている。少し横に飛ばされていたら即死だった。
「危な……、とりあえず罠地帯までは来れたか。」
ミノタウロスはトマホークを取るか俺を攻撃するか悩む様に、十数メートルの距離でこちらを見据えながら構えていた。
もしかしたら罠を警戒してるかもしれないが、そうなると2本目のトマホークは無いと言う事になる。
「なぁ、このトマホークが邪魔だから先に壊せるかな?」
トマホークが有るか無いかで戦闘の難易度は大きく変わるのだ。ここで安全な位置のうちに壊すのも選択肢の一つだ。
「ポンコツの氷刀じゃ無理。私なら多分壊せる。でも表に出れるのは一瞬。やる価値が有るならやる。」
一瞬悩むが、今なら突撃されても罠が前方に有るので若干の猶予は有る筈だ。
「ハッキネン頼む! これのリーチをかいくぐって首を狙うのは危険すぎる。」
「了解。氷刃で叩き斬る。」
そう言ってハッキネンが表に出て手刀の氷刃を作る。今回のはこの前見たような薄い刃じゃなくてしっかりと質量も有る重厚な刃だった。そして真横に有るトマホークに向かって切ろうと振りかぶった瞬間だった。
「ブモオォォォォ!」
ミノタウロスがその動作を見た瞬間に大きく跳躍して突進して来た。
「な!」
まさかの行動にハッキネンが気付いた時は既に遅かった。
慌てて攻撃先を変えるが、ミノタウロスはスキを見逃さないと言わんばかりに振り下ろされた氷刃を片腕を出して受け止める。ミノタウロスの腕に氷刃を食い込ませながら着地する。
腕の3分の2程まで食い込んだ所で氷刃は止まり、そして俺が表になる。
「これはヤバい!」
もう片方の腕で殴られるか、トマホークを取られたら終わりだ!真下の回避用の氷柱の罠を起動させないと!
そう思って急いで氷刀を作って地面に突き刺した。氷柱が斜めにミノタウロス目掛けて発生するが、同時に物凄い力で横に吹っ飛ばされた。
もう片方の腕による、横からの裏拳を喰らったのだ。俺はトマホークの反対側に数メートル吹っ飛ばされた。
「ポンコツ!」
ハッキネンの焦った声が聞こえるが、ギリギリ罠が発動したのでミノタウロスの力はある程度逃げたので直撃は避けたが脳が揺れる。気持ち悪くて立っていられない状況だ。
「ミノタウロスは何処にいった?」
ハッキネンに確認を頼みつつ、自分でも回る視界でミノタウロスを探す。すると氷柱で吹っ飛ばされて別の壁側の方まで飛ばされていた。かなりの衝撃だったのかミノタウロスも千切れかけた腕を押さえながら腰をついて動けなくなっている。
チャンスだ! しかし動けないのがもどかしい。今なら無防備な首を狙えるのに足が立たない! 千載一遇のチャンスなのに。
「どちらが飛んで来ても良い様に待機してましたが、運が向いてきました!」
ミノタウロスの後ろに小さな人影が忍者みたいに壁を走って上がっていく姿が見えた。リィムだ!俺がトマホークの方向に走るのを確認して、そこの罠が発動した時に飛ばされる方向に移動していたのだ。
リィムは足を付けた瞬間に接地面を凍らせてくっ付き、踏み切る時に氷を剝がしている。器用な走り方で壁を登っていく。そしてミノタウロスの首の後ろに素早く回り込んだ。
「一段階目!!!」
首後ろに手を当てて罠を設置したのだった白い文様がうっすらと浮かんでいる。一瞬で設置が完了すると同時に再び壁を上に登る様に走っていく。
しかしミノタウロスの腕の治癒も完了して動き始めたが、立ち上がり切る前に手槍を具現化して体をねじる様に勢いを付けて首元目掛けて放り投げる。
「二撃絶凍『紅雪月花』!」
氷の槍は物凄い勢いで白い文様目掛けて落下していく。しかしミノタウロスも危機を察知してか首の後ろを両手で抑えてガードした。
深々と刺さって行くが槍は両手までは貫通したが、ギリギリ首まで届かなかった。
「最後の一押しです!」
リィムの声が響くと同時に上っていた壁を蹴り、刺さった槍に向かって降りて来る。足裏には自分を守る為か氷の盾を作りそのまま落下! 激しい衝突音と共に手槍を押し込んだ。
リィムの体重と落下の勢いの力を借りて手槍は深々と刺さり罠が起動する。
「ブモォォォォォォォオオオオ!!!」
パキッパキッっとミノタウロスが内部から氷っていく音が響く、そして罠の発動部から綺麗な氷の華が咲き始めると血を吸っているかの様に花びらが段々と紅色に染まっていく。これが技の名前の由来なのか。
「タツミさん大丈夫ですか?」
リィムが紅の氷華が咲いたの見て勝利を確信したのか、安堵した表情でこちらにゆっくりと歩いて来る。良く見ると脇腹を抱えていた、あの攻撃を喰らったのだから肋骨や内臓をやられていても不思議でない。
「ああ、何とか動ける位には大丈夫だ。」
まだ少し脳が揺れているが何とか立ち上がる。それにしてもあの巨体を全て氷らせるとは凄い技だ、全部氷らせると言っただけはある。
「待て! 変だ。核が破壊されたら霧散と聞いている。こいつはまだ形を維持している!」
ハッキネンが違和感に気が付いて大声で警告した。そしてリィムがまさかと言う顔でミノタウロスの方を振り返るとミノタウロスがリィムを握り潰すように両手で捕まえた。
「リィム!?」
俺は慌てて駆け寄ろうとするが足がまだフラフラだった。ミノタウロスは氷ったままだがゆっくりと動いている。恐らく罠の効果は続いている為に全力は出せない様だ、リィムは苦しんではいるが何とか耐えている。先程までの力だったら即死レベルの筈だ。
「落ち着け! 間違いなくアイツは紅雪月花で全身は致命傷を受けている……って何だアレは!?」
「どうした!? ってまさか……アレは?」
ハッキネンと俺は間違いなく驚いた顔をしていた。何故ならミノタウロスの喉仏から紅く輝く球体が肉体から飛び出して地面に落ちた。
「肉体の外に急所を出して凍結を回避した!? 紅雪月花の効果が切れるとまた元に戻ってしまう!」
「効果が終わってから改めてミノタウロスとして再生するつもりか!」
トカゲのしっぽかと思ったが今は時間が無い! 今動けるのは俺だけだ。俺がアレを破壊するしかない! このままではリィムが先に殺されてしまう!
意を決して全身の精霊力を使い果たすつもりで俺は全身に力を入れた。




