悪意のある贈り物
フローレンスは手間暇をかけて、準備していた。
冷水で泥や水や虫などを落として、数本ずつに分けて束ねて、日陰に干す。
そうやって手ずから作ったお茶用の薬草を、フローレンスは日々見守る。
乾かすのは焦ってはいけないと言われたので、きちんと一週間干した。
そして、乾いた薬草の感触を確かめて手袋をした手で丁寧に千切っていく。
村人に薬効について尋ねたけれど、何だか身体に良いらしい、としか分からず。
村長に聞けば、もっと詳しく分かった。
血の巡りがよくなり、夜もよく眠れるようになるそうだ。
それがフユアオイの効果で、マダラドクが引き起こすのは肌荒れや身体のダルさというごく軽い症状。
フローレンスは元々、ディアドラを毒殺するつもりはない。
それでは罪を償わせることにならないからだ。
きちんと、悪事を暴かないと意味がない。
その前に死んでしまっては元も子もないのだ。
だから、この毒はちょうどいい。
ディアドラにとっての後悔は身に降りかかる不利益だ。
その中でも美を崩すような出来事は、心を蝕むだろう。
「ああ、楽しみですわ、お祖母様、どんなお顔をなさるかしら」
嬉しそうに呟きながら、フローレンスは地元の茶葉を混ぜて薬草茶を完成させる。
包み紙は村で使う物と同じ。
三つほど作って、侍女に手渡す。
侍女は他の荷と共に、領地から王都の邸宅へと旅立った。
きちんとシヴィアにも、手ずから摘んだ健康に良いお茶を祖母に今までのお詫びを込めて贈ると説明済みだ。
そして、シヴィアや祖父には村で作ったきちんとした薬草茶を振る舞う。
王都の邸では小さいフローレンスが、祖母の健康を気遣い差し入れたお茶として、朝晩ディアドラに供されたのである。
季節の変わり目で体調を崩し始めて、ディアドラはある時はたと気が付いた。
自分の肌の様子がおかしいことに。
乾燥しているだけかと思っていたが、肌の表面がボロボロと剥がれ落ち始めた。
それだけではなく、実家から呼び出して側に仕えさせて一緒にお茶を飲んでいる侍女のカルネの顔にも似たような症状が現れ始めたのである。
ディアドラも老いたとはいえ、五十は越えていない。
目の前のカルネは更に若く、まだ十五の娘だ。
カルネは更にところどころ赤く爛れている。
「あなた、どうしましたの、その肌」
呆然と口から洩れたディアドラの言葉に、カルネが困った様に眉を顰めた。
「化粧品が合わなかったのかもしれません。でも、ずっと同じ物を使っていたし、顔だけじゃなくて身体も変な感じなんです。何か悪い物、食べてしまったのでしょうか」
素朴な村娘から、男爵家の召使いになったカルネは、男爵家の傍流の娘だ。
ディアドラは彼女の言葉に、怒りを覚えた。
(何て鈍感な娘なの……!)
体中に症状が表れているのなら、それは化粧品の問題ではない。
ディアドラの身体には、そこまで劇的な症状は無かったので気づかなかった。
カルネとディアドラで共有している物は殆ど無い。
服や装飾品、化粧品などは雲泥の差がある。
食事も共にすることは無いし……と考えたディアドラは答えに辿り着いた。
(二人で飲んでいる、お茶)
「厨房の者を今すぐ呼びなさい!わたくしのお茶は何を淹れているの!」
狂ったように叫び出したディアドラに怯えて、カルネは脱兎のごとく部屋を飛び出した。
暫くして、呼び出された厨房の女中達と小間使い数名が、恐る恐る部屋へとやってくる。
困った様に、女中頭がお茶の包みを卓に置いた。
「奥様にお出ししているお茶は、レミントン公爵領の特産である薬草茶にございます」
「薬草茶……?」
特産とはいえ、今まで口にした事は無かった。
そもそもそんな特産品があるとすら、知らなかったのである。
怪訝な顔で問い返された女中頭は頷いた。
「お孫様のフローレンス様が手ずから摘んだ薬草で、作られた物でございます」
フローレンス。
その言葉を聞いて、胸がすっと氷を呑み込んだ様に冷たくなり、頭がぐらりと揺れる。
毒だ、とディアドラは確信した。
調べるまでもない。
「夜も良く眠れるようになり、血の巡りを整える健康に良いお茶だと」
「ええ、お小さいのに孝行をされる良いお嬢様と噂しておりました」
孝行娘の皮を被った悪意に塗れた子供だと、ディアドラだけは、はっきりと分かっていた。
これは復讐だ。
しかも、巧妙な。
「……そう。今後は出さないで頂戴。此処に在る物で全てなの?」
「はい。左様にございます」
不思議そうな顔をしている使用人達を見て、ディアドラは怒鳴り出したい気持ちを押さえて手を振った。
「お下がりなさい」
彼らは毒だとは微塵も思わずにいたのだ。
シヴィアの用意した使用人達は統制が取れていて、実直なのである。
決して主人の飲み物や食べ物に手を付ける真似はしない。
だからこそ、彼らの肌にも身体にも異常は一切表れていなかった。
彼らが出て行った後で、ディアドラは思わず扇を卓に叩きつけ、声にならない呻きを漏らす。
(あの、糞餓鬼め!)
「カルネ、これを薬草店に持ち込んで調べさせなさい!今すぐ!」
「は、はい」
ディアドラの剣幕に恐れをなしたカルネは、茶葉の包みを抱えると部屋から走り出て行った。
一つ目の薬店では、分からなかった。
二つ目の大きな薬店に依頼して、やっと毒草が混じっている可能性が示唆されたのである。
書面で届けられた鑑定書を見て、ディアドラは怒りに手を震わせた。
見た目からは薬草茶と全く見分けがつかない。
茶葉を開いてみても、乾燥を経て細かく砕かれた薬草から異変は感じ取れなかった。
それは湯を通しても同じ。
ただし、成分には大きな違いが出た。
炎症を起こす成分が混じっていたのである。
だが、それを故意だと示す根拠はない。
茶葉と薬草以外の異物が入っていたわけではないからだ。
分かりやすい毒物が混入されていたという事ではなかった。
現地の植生を調査すれば詳しいことは分かるかもしれないが、薬店での鑑定の限界である。
その旨もきちんと説明されていた。
「悪知恵だけは働く……!」
短慮で愚か。
ディアドラはフローレンスをそう評していた。
なのに、今。
この結果を突き付けたところで、フローレンスを罰する事は出来ない。
彼女は無垢な可愛らしい姿で言うだろう。
お祖母様の健康の為に、薬草を摘んで煎じたのだ、と。
たとえそこに幾ばくか違う種類の毒草が混じっていても、故意だと証明は出来ない。
実際に毒殺されたわけでもないのだから。
だからこそ、である。
殺せる手段を持ちながら、それをしなかった。
それよりも、美貌を奪うという暴挙に出たのである。
どこまで計算か分からなくても、決して罪に問えないという事だけは分かりきっていた。
シヴィアに言ったところで、フローレンスを注意する事しか出来ないだろう。
庇われる事を前提にした悪辣さにディアドラは歯噛みする。
その立ち回りの狡猾さに、あの悪魔の様な勝ち誇った笑みが脳裏に浮かぶ。
このままでは済まさない。
済ましてなるものか。
ディアドラは、イザベラと他の侍女達に用事を言いつけて部屋から出すと、カルネに金貨の入った袋を渡して命じた。
「以前に説明したわね?あの店に行って、依頼して来なさい。生かすのも殺すのも自由。けれどかならず痛い目に合わせるように」
冷酷な言葉に、カルネはしっかりと頷いて鞄に金貨袋をしまった。
部屋を出て行くその背を見ながら、ディアドラは冷たい笑みを浮かべる。
殺すつもりで、いた。
最初はそうだったが、今は違う。
こちらに生き地獄を味合わせようと言うのなら、こちらも同じ手を使ってやる、と口角を上げた。
その結果、死んでしまったらそれでも構わない。
孫VS婆の戦い……!




