二人だけの舞踏会
通常であれば、夜会に初心者となっていない子女は参加出来ない。
大人と見做されてからの行事である。
だが、夜会というよりは立食の晩餐会に近く、夜会よりも早い時間に執り行われる、いわば第一王子の歓迎会のような祝宴だ。
滅多にお目にかかれない王子様。
滅多に参加出来ない公爵家の祝宴。
ディアドラが開催するのであれば、誰も参加はしないだろう。
紹介状は公爵家当主のエルフィアと次期公爵とされているシヴィアの連名である。
遠方でも一目王子を拝謁したいという野心的な貴族達は、こぞって招待状を求めた。
お陰で公爵邸の会場は人で溢れている。
中でも次期女公爵の婿に、第一王子の嫁にと子供連れの貴族達が列を成していた。
「盛況だな」
「そうですわね。配偶者に選ばれなくとも、縁は出来ますもの。それに貴方に声をかけて頂くという誉れは、何物にも代えがたい栄誉でしょう」
「それにしては君の私への扱いはぞんざいではないか?」
ニヤニヤと笑うアルシェンにシヴィアは微笑んでみせた。
「だって、アルがそれを望んでいるのじゃない」
「確かに、そうだなシヴィ」
帳の影から会場を盗み見ながら二人は肩を寄せ合ってくすくすと笑う。
会場では既に、給仕の姿でカッツェも働いている。
銀盆を手に、子供達相手に檸檬水を配っていた。
「流石は公爵家の宴ですな」
「急な事だが、特急で衣装を作らせましたよ」
などと、貴族達は楽し気に歓談している。
カッツェは影のように壁際に待機しながら、会場に目配りしていた。
「フローレンス嬢はやはり次期伯爵となられるのですかな」
「いやいや、たとえそうだとしても、第三王子殿下と懇意だと」
「では王子殿下の婿入り先にという事か」
「美男美女の似合いの夫婦になりそうだが、婿入り先としては爵位が低いのでは?」
「左様。王族であるなら公爵位を賜って、嫁取りをする可能性も」
「そうなってくれれば、婿入り先も増えると言うもの」
勝手な言い分を聞きながら、カッツェは思いに沈む。
フローレンスの言葉。
シヴィアの意志。
悪女に人生を狂わされたのはカッツェだけではない。
彼女達は結婚そのものから遠ざけられる可能性が高いのだ。
それも、自らの意思で。
おお、という歓声が広まったかと思えば、シヴィアがアルシェンに同行を受け、部屋に入ってくるところだった。
煌びやかな吊り下げ燭台の明かりの下、抜けるように白い肌に濃紺の衣装を纏ったシヴィアは夜の妖精のように美しい。
裾や縁に金の刺繍が施されているところに、アルシェンの独占欲が垣間見えているような気がして、カッツェは眉を顰める。
分かっている。
これは政治であり、彼らの牽制である事は。
第一王子が結婚相手としてでなくとも、一番の歓心を寄せる相手だと主張する事で、シヴィアの盾となっているのだ。
そうやって彼女を守っているという事に、感謝しつつもカッツェは嫉妬を抑え切れなかった。
艶やかな黒髪を髪飾り《リボン》と宝石で飾られ、淑やかに微笑むシヴィアは子供なのに威厳に満ちている。
その隣に立つアルシェンもまた、王族ならではの迫力を纏い、襞襟を飾る宝石はシヴィアの瞳と同じ紫水晶。
「やはり、シヴィア嬢が一番のお気に入りのようですな」
「王妃様や王太子妃様も我が娘のように可愛がっておられるとか……おお、もう一人その姫が来られたぞ」
先程まで、客の応対をしていた公爵のエルフィアが孫娘のフローレンスを伴って後ろから現れた。
金色の巻き毛を白の髪飾り《リボン》で飾り、同じく白いふわふわの衣装は、やはり金の刺繍に彩られている。
シヴィアが夜の妖精なら、フローレンスは光の天使のようだった。
その可愛らしい佇まいと、愛らしい微笑みに夫人達からも感嘆の声が漏れる。
「まるで殿下と兄妹のようでございますわね」
「ええ、王族の血が入っておりますものね、レミントン公爵家は」
アルシェンが祝杯を受け取ると、それを掲げた。
「遠路、集まってくれた事に感謝する。この宴を催してくれた公爵にも感謝を。共に心行くまで宴を楽しもう」
その挨拶に、皆が一斉に礼を執る。
中断されていた演奏がまた始まり、祝杯を預けたアルシェンが恭しくシヴィアに手を差し出した。
「私と踊ってくれるか?シヴィ」
「ええ、アル。喜んで」
そうして、二人が広間の中心で踊り始める。
完璧な足運びに完璧な笑顔。
カッツェも踊れるように、何度も練習してきた舞踏。
手を繋ぎ、手を放し、再び繋ぎ直してくるくると回る。
羨望と、嫉妬と、感謝と、色々な感情に翻弄されつつも、カッツェはその姿を見つめ続けた。
宴の喧騒が過ぎ去り、片付けも終わった会場は燭台の明かりも消え、窓から差し込む月の光だけが大理石の床に光を落としていた。
夜でも、外の方が明るいというのが、何だか不思議な気がしてカッツェは一人窓の外を眺める。
カツ、と靴音がして振り返れば、衣装を脱いだシヴィアが、長い夜着を纏って肩掛けを肩から羽織って立っていた。
「まだ、こんな所にいたの、カッツェ」
「ああ。騒ぎが終わると、夢のように感じるなと思って」
煌びやかな舞踏会。
踊り、笑う人々。
駆引きや社交に勤しみ、家の利となりそうなものを貪欲に嗅ぎ分け、手に入れようとする。
決して美しいだけの世界ではない。
そんな世界にずっと身を置き続けるという、覚悟。
貴族に生まれたからには果たさなければいけない義務だ。
「誘ってくださらないの?」
「え?」
思考の海に沈みかけていたカッツェは、シヴィアの言葉に面食らってその美しい貌を見た。
「舞踏、踊りたいのかと思ったのだけれど。でも衣装は窮屈だから、脱いでしまったわ」
「……わざわざそれで、戻って来てくれたのか」
「いないかとも、思ったのだけれど」
確かに、羨ましくて仕方なかった。
お仕着せのまま、此処にいたのは期待が無かったとは言い切れない。
シヴィアは優しいから。
その優しさにつけこむのは卑怯な気はしたが、折角彼女がそうやって声をかけてきてくれたのだから。
カッツェは手を恭しく差し出す。
背をピンと反らし、片手は腰の後ろに当て、片手をシヴィアの目の前に。
「私と、踊って頂けませんか」
「ええ、カッツェ、喜んで」
細くて白い指が白い手袋に包まれたカッツェの掌に載せられる。
音楽はなくても、最初の体勢で何を踊るのか分かった。
アルシェンと踊った一曲目と同じ。
手を繋ぎ、手を放し、再び繋ぎ直してくるくると回る。
腰の後ろで手を繋ぎ、頭の上でも手をつなぎ、互い違いの方向に向いてくるくると。
「ふふ、上手ね、カッツェ」
「練習していたからね、シヴィと踊りたくて」
「そうなの。光栄だわ」
嬉しそうに、鈴を転がすような声がして、耳に触れる度に擽ったい気持ちになる。
ずっとこの時間が続けばいいと思いながらも、一曲が終わって、お互いに礼を執った。
「もっと……いや、永遠に君と踊っていたいけれど、もう遅い。君を部屋まで送るよ」
「ええ、カッツェ。お願いするわ」
カッツェは肘を差し出して、シヴィアはその肘に手を搦める。
そして二人は静かに会場の外へと向かった。




