男の子って分からない
侍女と護衛の騎士を数名残して、呆然と見守っていたカッツェをアルシェンは連れ出した。
「シヴィを一人にする訳には……!」
「シヴィアの気持ちを考えろ。今は泣き顔を見られたくない筈だ。それに、俺はお前に話さねばならぬ事がある」
抵抗するカッツェを押しとどめて、アルシェンは難しい顔で答えた。
その目は深刻で、カッツェも侍女がシヴィアの面倒を見ているのを確認して、アルシェンに向き直る。
「話、とは」
「母上に聞いたのだ。シヴィアが王家に申し入れた事を。言いたい事は、遮らずに聞いてからだ」
前置きをして、静かにアルシェンは語り始めた。
ディアドラの悪女としての血筋について、シヴィアは深刻に受け止めている事。
その血を受け継ぐフローレンスもシヴィアも、王室にはその血を入れないという事。
だが、その条件は公爵家であるカッツェも同じだ。
シヴィアは、結婚する気も、子供を持つ気もない。
「時が来れば、シヴィ自身がお前に伝えただろうが、それまでお前が無意識にでもシヴィを苦しめるのを見るのは忍びなかった。俺は母上から答えを持たずにシヴィアを追い詰めるような事はするなと釘を刺されている」
何も言えずにカッツェは唇を震わせて、どうにか声を絞り出した。
「シヴィアは、何も悪くない」
「……知っている。分かっているさ、母上も皆、彼女の周囲の人間は誰でも。だが、シヴィアの子供は?孫は?その先は?彼女はその他大勢の幸せのために、自分の幸福を捨てる気でいる……俺にはそんな風に思える。けれど、追い詰めたら彼女は自死さえ選びかねない。だから、答えを探す」
「答え……?」
「彼女が苦しまず、罪悪感を抱かずに、幸せになれる方法だ」
カッツェはよろりと樹に寄りかかった。
どうしたらいいのか、分からなかったのだ。
前々から、公爵位を継ぐ気が無い事は分かっていた。
アルシェンが王妃に迎えるか、カッツェが公爵となって公爵夫人として迎えるか。
二人の戦いだと思っていたのに。
一番強固な敵は、シヴィアだったと今知らされたのだ。
シヴィアの底知れない清さと慈悲深さと純粋さ。
ディアドラの影が濃いほど、彼女はそれに囚われていく。
正義を行い、いつかはディアドラの罪さえ暴くだろう。
カッツェが復讐すべきだとすら考えている。
そして、シヴィアさえも憎むべきだと言っていた。
(公爵位を捨てれば……?)
カッツェの考えを見透かしたようにアルシェンが言う。
「駄目だ。俺も王位を捨てる事は許されない。それは誰よりシヴィアが望まない」
今まで研鑽して積み上げてきた物を捨てるという愚かさも、国に対する不忠も許さないだろう。
側で過ごしていたから分かる。
『良い王になられる』と言った彼女の言葉にアルシェンは救われ、縛られている。
その言葉は祝福であり、呪いだ。
全てを捨てても良いほどに愛していたとしても、愛するがゆえにそれを捨ててはいけないという二律背反。
彼女が頷けるだけの答えを見つけなければ、愛を告げる事すら許されない。
「俺は彼女に王に相応しいと認められている。だから捨てるような真似は出来ない。お前は彼女の守り通した公爵位を今後無傷で受け取るんだ。彼女からの贈り物を投げ捨てるような真似は俺が許さない」
そんなものより彼女が欲しい、と言ってしまえばそれまでだ。
だが、恐ろしい祖母と向き合い、世間の悪意と戦って信頼を得て来たのは、公爵家の為でありカッツェの為でもある。
シヴィアの努力や生き様までを、カッツェが捨てる訳にはいかないという事は痛いほど分かった。
同じ位に、アルシェンも自分の立場に縛られて苦しんでいる事も。
「……分かった。俺は俺なりの答えを探す。教えてくれた事、感謝する」
アルシェンは頷くと公爵邸に向かって歩き出す。
二人は無言で屋敷まで歩を進めた。
風に舞う無力な木の葉が、まるで自分達の様だと思いながら。
「アルシェン、俺はシヴィを好きだ」
「……ああ」
何を言いだすんだ?と言うように、アルシェンが振り返る。
「難しい事は分からないし、今後何が起きるかは分からない。あの悪女はまだ存命だしな。……だからシヴィに思いは伝える」
「お前、話を聞い…」
「聞いてた。だから、約束もしないし、結婚の話もしない。ただ、好きだという事は伝え続ける。シヴィは愛される存在なんだと、俺は教えたいんだ」
揺らがない瞳を見て、アルシェンは初めて誰かに負けた気がした。
拭えない敗北感に、眉を寄せて悔し気に溜息を吐く。
「それが、教えた礼か」
「抜け駆けは嫌だろう?」
挑発するかのような不敵な笑みに、アルシェンは大きく溜息を吐きながら吐き捨てる。
「ああ、さっき一発でも殴っておけば良かった」
「殴られたら殴り返す」
「不敬だぞ、お前」
「友達っていうのは、そういうもんだろ」
友達、という言葉にアルシェンは瞠目する。
そういう言葉を使った事は無いが、アジフやアジールは友人だと思っていた。
次代の為政者という立場も似ていて、気安い間柄。
でも、カッツェはシヴィアを挟んで遊んだ夏の記憶があるが、恋敵でありどこか弟のような存在に感じていたのだ。
「お前、喋れるようになったら生意気になったな」
「お前ほどじゃない」
王族に対して不敬にも程がある言い草だが、アルシェンは思わず大声で笑った。
「良い性格してるな。アジフの奴にも負けなさそうだ」
「誰にも負けるつもりはない。俺の命を救ってくれたのがシヴィだ。俺の命はシヴィの為にある」
「まったく、嫌な奴だよ、お前は」
言葉とは裏腹に、アルシェンはカッツェの肩を抱く。
カッツェもアルシェンの肩に手をかけて、二人で歩き出した。
「男の子って分からないわ……」
侍女に手を引かれ乍ら森を抜けると、さっきまで喧嘩していたのに仲良く肩を組んで歩いているアルシェンとカッツェが遠目に見えて、思わずシヴィアは呟いた。
隣でふっと侍女が笑いを漏らす。
「あの年頃のお坊ちゃまは喧嘩したり仲直りしたりと目まぐるしいものですよ、お嬢様」
「……そうなのね……」
今日は淑女としてはしたない姿を見せてしまったと、シヴィアは深く反省していた。
二人が二人とも自分を思ってくれている事は痛いほど分かっている。
決まっている答えでも、傷をつけると分かっていたら口に出したくないものだ。
だから、何も言えなかった。
それを察して、アルシェンはカッツェに伝えてくれたのだ。
シヴィアが悩んで答えを出したように、彼らもまた何か答えを出したのかもしれない。




