光る夜の森
「俺の馬で行こう」
「え、でも」
確かに、動きやすい衣装ではないけれど、とシヴィアは自分の衣装に視線を落とす。
カッツェは軽やかに馬に跨りながら手を差し出した。
「おいで、シヴィ。夜の森で君を見失いたくないんだ」
「……分かったわ」
確かに場所が分からないでは、万が一はぐれた時に面倒な事になってしまう。
祖父に自分の身にも注意を払うよう言われたばかりなのだ。
力強く馬上に引き揚げられて、両足を揃えて横座りをしながら前を向く。
手綱を捌くカッツェの腕の中にすっぽりと納まって、何だか悔しいような嬉しいような複雑な気持ちになった。
「少し会わなかっただけで、貴方が何倍も成長している気がするわ」
「……少しじゃない。長かったよシヴィ、君と離れてる時間は」
カッツェにとって、虐待を受けていた時期は心を閉ざしてやり過ごしていた。
再びその時間が動き出したのは、シヴィアと共に居るようになってからだ。
共に過ごした二年間は、生まれ直して一から始まった人生の様なものだった。
その間、カッツェは深く己の中にシヴィアを刻み込むように、その姿を追っていたのだ。
それからの別離。
たった半年だけれど、シヴィアは益々美しくなった、と思う。
闇に紛れてしまいそうな艶やかな黒髪からも、微かに花の香りが漂ってきて、それだけで胸の中で何かが渦巻く。
触れている身体の柔らかさと、ぬくもりも。
抱きしめたい衝動に駆られながら、何とか自分を抑え込んでいた。
「色々な事があったけれど、概ね順調だわ。……でも、何故夜なの?」
ふと疑問を口にしたシヴィアにカッツェは、ああ、と返事をする。
「夜にしか見れないんだ」
「あの少し明るい空と、関係しているのかしら?」
言われてみれば、ほんのりと明るい場所が見えて、カッツェはうーんと唸った。
「見つかってしまったか……」
「あら、じゃあわたくし、目を瞑っていた方が宜しい?」
「……そうしてくれると、助かる」
驚かせたいという気持ちを見透かされて、少しだけ居心地が悪いが、気遣いは嬉しい。
カッツェはシヴィアを支える手に力を込めた。
「ふふ、大丈夫よ。簡単に落ちたりしないわ」
「そう言われても、心配なんだよ。……でも目は瞑っていてほしい……」
我儘かな、とカッツェが自嘲するように呟くのに、シヴィアはまた軽やかに笑った。
「ええ、分かっていてよ。何を見せて貰えるのか楽しみだわ。……でもカッツェは何故それを知る事が出来たの?」
それは、山道を何故夜に移動していたのかという事だ。
当然の疑問に、カッツェは深刻になり過ぎない声音で答えた。
「もし、何かあった時に、夜でも移動が出来ればと思っていたんだ。君の用意してくれた修道院と、屋敷、それから領都くらいは、夜でも問題なく行き来できるように」
今は安全だ。
けれど、何かあった時に動けないのでは話にならない。
領地で暮らすのなら、出来れば細部まで把握したいとカッツェは努力していた。
シヴィアはそう、と頷く。
「夜でも森って割と音がするのね。動物たちがいるせいかしら」
「ああ、虫の声もするね。秋だからというのもあるだろうけれど」
目を閉じているからか、シヴィアは音に敏感になっているのかもしれない。
「カッツェが温かくて、馬の振動もあって、うっかりしたら寝てしまいそうだわ」
「安心してくれてるなら嬉しいけれど、危ないから駄目だよ」
ふふふ、とシヴィアが楽しそうに笑う声が、耳に心地良い。
ずっと、こうして、何時までも二人で過ごせればいい。
カッツェは祈るような気持で、シヴィアの後ろ姿を見つめる。
やがて、木々の間からも淡い光が見えて来たので、カッツェは馬を止めて、シヴィアを抱き下ろす。
自分の服を手に持たせて、馬を近くの樹に繋いだ。
「じゃあ、行こうか、シヴィア」
手をそっと握れば、握り返してくれる。
「ええ、カッツェ」
頷いたシヴィアの手を引いて、カッツェは森の中へと足を踏み入れた。




