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狗憑區☆堕等々々  作者: 八々
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第二話(3) 侵入者

 美禅乱入という一悶着の後、店を出た3人は界隈の通りをぶらぶらと散策していた。

 和紙提灯を持った八瞞が1歩先を行く。婀彌陀羅は無手で、軛は赤紫色の実が詰められた紙袋を片手に持ち、1粒摘まんではガリゴリと岩を砕くような音を立て食べている。

 八瞞の掌の上でふわふわと浮いている和紙提灯は、八瞞の自作品だ。妖力を込めると浮く仕組みが施されており、折り畳み式で紙風船のように丸い形をしている。ちょっとした明かりが必要な時や、暗所で手元の作業をするには使い勝手が良い道具だ。


 3人の足は裏通りに向かう。界隈の明かりが届かない暗い道を進み、人気の無い無人販売所がある空間へ入る。

 無人販売所には案の定、誰の姿もなかった。

 ここには木製の自動販売機が壁伝いに隙間なく設置されているだけで他には何もない。

 並ぶ販売機に等間隔で点る赤いバツ印は、全てが品切れを知らせるマークだ。

 この品切れが購入によるものではなく、何年も商品が補充されず放置されているだけだと知る者は、まず足を運ばない。

 客足が戻る望みのない廃れた販売所は、大っぴらに言えない話をするには丁度良い場所になる。


 婀彌陀羅はケースに陳列された商品を興味あり気に見て回る。その後ろを軛が食べ物を探しついて歩く。

 八瞞は必要のなくなった和紙提灯を両手で潰すと、もう一度、他の客が来る気配が無いかを確認してから話を切り出す。


「それで、稲荷っ娘の件だけど、今後どうするつもり?」

「直ぐ他に興味を移すと思っておったんだが、なかなかに執念深い」


 そう返しながら、婀彌陀羅は目を付けた1台の販売機に小銭を入れ、選択ボタンを押す──と、販売機の側面に開いていた丸い穴の中から青白い手がぬっと肘まで出てくる。手は婀彌陀羅にビンに入った商品を手渡すと、また音もなく穴の中に戻っていく。


「……ふむ、()()()()の意味が分からんのだが?」

「自動扉にある〝ここを押してくれ〟ボタンと同じだろう」

「ちょっと、話聞いてんの?」


 話を脱線させる2人に、八瞞がイライラした様子で声を上げる。


「聞いとる聞いとる……ん、ハズレか」


 ビンの中身を出した婀彌陀羅が残念そうな声を出す。手の平に乗っているのは青色の大きいイボガエル。イボガエルは手の上から飛び降りると、界隈の闇の中に一目散に逃げて行ってしまった。

 逃げたカエルに興味が失せたのか、婀彌陀羅がようやく話を聞く姿勢に入る。


「で、彼奴をどうするかだろう?……どうしようもないから、今まで放置していたのではないか」

「身も蓋もないじゃない」

「我らでは束になっても勝てんからなあ」


 話し合う前から匙を投げる婀彌陀羅に、八瞞も「結局はそこが問題だよね」と同意を返すしかできない。


「全身をバラしさえすれば、俺が消化できるんだが……」

「誰がバラせるんだって話に戻さないで」

 

 軛の意見も解決には至らない。八瞞は顎に手を当て口を引き結ぶ。


「あれはまだ子供だけど、神使に目を付けられているこの状況は歓迎できない──」


 狐は隙を見せれば噛み付いてくる。その性質をよく知るからこそ八瞞は婀彌陀羅に釘を刺す。


「油断して喉元を食いちぎられた後じゃ、文句も言えないからね」

「はぁ、まったく面倒な小娘だ。我のような良心的な狐には、怖いお狐様の考えなど想像もできん」

「ほんとに狐って例外なく面倒だよね」

「それで、どうするつもりだ」


 婀彌陀羅の冗句を無視し、軛は八瞞へ問う。


「神代町から出ていくのが手っ取り早いけど、無理なんだからどうしようもないよね。俺からの提案は、極力顔を合わせない、で」

「何の問題解決にもならないな」

「文句があるなら代案を用意しなワンワン」


 そんな代案があるのなら既に話が出ている訳で、当然、軛に代案など無く、婀彌陀羅はそもそも頭を使っていない。


「だよね~。……最悪の場合には、あれより強い奴をぶつけるしかないんだけど、当てある?」

「ない」

「無いな」


 良い案が出ないまま、時間だけが過ぎる。3人しかいない空間に、軛が実を噛み砕くガリガリという音だけがやけに響く。

 その音に興味が触発されたか、婀彌陀羅が軛の持つ紙袋に視線を向ける。

 紙袋に詰められている実は岩葡萄の実だ。

 『桃岩窟』という桃しか育たない岩壁の果樹園で、唯一、他に実を結んだ成功例がこの岩葡萄である。

 見た目は艶やかな赤紫色で葡萄の粒に似ているが、可愛らしい見た目とは裏腹に味は酸味が強く、実も桃の種のように硬く食べられたものではない。

 近頃では、珍味として歯の頑丈な妖達に人気の新種だったりする。

 婀彌陀羅が興味を引かれるのはこの実のことだけではない、軛が岩葡萄を買った先である。


「おのオヤジが()()()()()()を始めるとは思いもしなかったな。誰が入れ知恵をした?」


 いつも顰め面をした複碗の大男、名もない店の店主から軛は持ち帰りで購入していた。

 客の接客さえしない店主が、テイクアウトなどという急なサービスを始めた経緯が気にならないはずがない。

 八瞞もその件は気になっていたのか話に乗ってくる。


「色でも出来たんじゃない?」

「あのオヤジにか?そちらの方が余程面白い話題ではないか」


 八瞞と話ながら婀彌陀羅は軛の持つ岩葡萄に手を伸ばす。1粒摘まもうと伸ばされた腕を、軛は予測していたかのように避けると、これ見よがしに袋から1粒取り出し自分の口に放り込む。


「…………」


 気を取り直して、婀彌陀羅は空振って中途半端に伸ばした腕を再度死角から伸ばす──が、それもギリギリの所で躱されてしまう。

 その最小限の動きを意識した余裕のある逃げ方に、婀彌陀羅はムキになって軛の前へ回り直接岩葡萄を奪いに行く。


「少しぐらい味見させんか!?」

「これは俺の分だ。自分の分は自分で買え」

「おい、クズ共。当事者が遊んでんじゃねぇぞ」


 ついに話をするのも馬鹿らしくなったのか、八瞞はすぐ横の販売機に移動し飲み物を購入する。


「俺はヤバくなったら婀彌ちゃんを差し出して逃げるから」


 それを聞いた婀彌陀羅が、さっと身を翻して八瞞に向き直る。


「さあ、話し合いが白熱してきたな!真剣に聞かんか軛!」

「俺も貴様を差し出す案を採用する」

「なんて友達がいの無い奴らだ!」

「てめぇが言ってんな、ってやつだよね」


 見捨てられショックを受けたように振る舞う婀彌陀羅に、八瞞は買った酒を飲みながら軽く吐き捨てる。


「だが、曲がりなりにも神使に選ばれた狐だぞ?そうそう馬鹿なことはせんだろう」


 地面に正座して聞く姿勢を見せながら、婀彌陀羅が意見を述べる──と、軛が首を振る。


「いや、そう考えるのなら、問題はあの女狐の主だろう。あまりにも放任が過ぎる」

「あの神社の主神は見たこともないからねぇ……、会おうとして会えるもんでもないけどさ」


 美禅が使える主、瑞穂稲荷神社の主神は()()だ。


 神代町では人神が祀られている神社は少ない。

 祀られているのは、本来なら主神に仕える側である神使である。そんな、奇妙な風習が神代町には根付いている。

 それでも人神として祀られている神は、人間から信仰心の篤い、古くから存在する力の強い神であると言える。


 だが、瑞穂稲荷神社の主神を知るモノはいない。現世でも常世でも姿を現さない。社交性が無い神である。

 それを補うかのように、美禅は神使とは思えぬ頻度で外を出歩いていた。

 外出先は主に、最天郷や最高級の装飾を扱う宝飾店や呉服屋である──ようするに日々、贅沢三昧で過ごしている。

 そして問題なのは、神使以外の妖達を下に見ていることだ。

 美禅は自尊心が高く、激情家で沸点も低い。度々、今日の様な問題を起こしている場面をよく見かける。

 軛が言う()()とは、こういった件から見ての客観的な印象からだ。


 やはり良い意見が出ないまま、話し合いは終了した。

 なんの成果も得られないまま、場所を移そうとした時だった。


「────ん……」


 少し歩いたところで、婀彌陀羅の足が止まる。

 婀彌陀羅の様子に気づいた軛も足を止める。


「なんだ?」

「誰かが……我の敷地に入った」


 その言葉に軛が反応する。


「人間か?それとも──」

「戻る」


 軛の問いも終わらぬ内に婀彌陀羅は動き出し、数歩先にあった次元の裂け目を利用し、常世から現世へと一瞬で姿を消した。



  ☆★☆★☆★☆★☆★☆★



 廃材の散乱したビルのロビーには、スーツ姿の2人の男がいた。

 一人は、オーダー制の体に合った質の良いベストスーツを着た、やや髪色の明るい年若い青年。

 崩れたビル内を、一部屋一部屋確認して回っている。

 もう一人は、くたびれたスーツを着た小太りの中年の男で、頭皮の薄くなった頭と額の汗をハンカチで忙しなく拭き取りながら、青年の後を付いて回っている。


 その男達を、婀彌陀羅はサッシの外れた大きな高窓の枠に座り注視する。


「で、あの人間に覚えはあるの?」


 すぐ側からかけられた声に、婀彌陀羅は顔を上げる。

 婀彌陀羅の座る窓枠の両端には、いつのまにか軛と八瞞が立っていた。


「お前たちも来たのか」

「そりゃ来るでしょ、こんな面白……もとい、仲間の非常事態には」

「物見遊山なら帰れ」


 状況を楽しんでいる節のある八瞞に、婀彌陀羅はそう切り捨てると男たちへ視線を戻す。


「それで……何者だ?あの人間は」


 軛が問う。


「今、考えているのだが……」

「覚えはないか」

「……ない……」


 顎に手を添え、人間達を目で追いながら婀彌陀羅は自信なげに返す。


「ここの地主じゃないの?」

「そんなはずは……」


 あり得ないと首を振る婀彌陀羅の眼下で、男達はフロアの中央へ戻って来ると話し始める。


「いや~、これは一度崩さないと無理ですね~」


 周りを見渡しながら中年の男が間延びした声で言う。


「そうですね……、放置していた自分が言うのもなんですが、ここまで酷いとは思いませんでしたよ」


 苦笑しながら「困りました」と、言う青年からはどこか余裕が現れ、それほど困った様子が見られない。


「これはリフォームの範疇を超えてますからですね~、一度全て崩す他ないですなぁ」


 ハンカチで汗を拭きながら、お手上げだと言う中年の男へ、


「では、そのようにお願いします」


 青年は柔かな笑顔で即答した。



 青年の決断に、婀彌陀羅が取り乱す。


「ここを崩すだと?!」


 今にも青年の元へ飛んで行きそうな様子の婀彌陀羅の肩を、軛と八瞞が左右から片手で押さえこむ。

 双方共に、押さえているのは片手だけだというのに、2人よりも非力な婀彌陀羅は腰をあげるどころか、肩を揺らし手を払うこともできない。


「離せ馬鹿者ども!」

「誰が馬鹿だ馬鹿者。落ち着け」

「どーどー婀彌ちゃん」


 動かせる腕を振るい抵抗する婀彌陀羅を歯牙にもかけず、八瞞は眼下の青年を見やる。


「やっぱり、あの人間がここの所有者で間違いなさそうなんだけど」

「そんなはずはない……!ここの持主は、我が直接手を下したのだぞ!」


 そうは言っても、男たちの会話はどう聞いたとしても、このビルの所有者と建設業者の会話だ。


「えー、ちゃんと確かめたぁ?」


 訝しむ八瞞に「確実だ」と、婀彌陀羅は断言する。


「写真まで見たのだからな──、そもそも……」


 婀彌陀羅が八瞞へ首を向ける。


「写真を入手してきたのは狢、お前だっただろう」

「おっとー……」


 予想外の所で自分の関与を指摘され、八瞞が軽く身を引く。顎に指をかけ「あー……、そっか、あれか……あん時の……」と、写真を入手した時のことを思い出した様子で呟いている。


「なら……写真に間違いはないか」

「だろう」


 顔を見合わせて納得し合う2人の間に「待て」と、軛が割って入る。


「こいつが入手したのなら、写真が間違っていた可能性の方が高いだろう」

「何故だ?」

()()()だからという以外に理由があるか?」


 不思議そうに問う婀彌陀羅に軛はきっぱりと言い返すと、八瞞へ顔を向け、


「故意か。さっさと白状しろ」


と、真剣な声音で自白を催促する。

 一片の迷いなく八瞞が適当な写真を見繕ったと思い込んでいる軛に、八瞞が苦虫を噛み潰した顔をする。


「流石にここには手ぇださないって」

「信用できん」


 くだらない言い争いをしている間にも、男達の話は進んでいく。


「いやはや、なんの躊躇もなく即答されるとは……さすがはそのお年で会社を創設されただけはありますな、しかもたった数年で──」

「あはは、たまたま上手くいっただけですから」


 中年の男が向ける尊敬の混じった視線に、青年は人の良い笑みを浮かべ軽く流すと、


「それに──、私はまだスタートラインに立っただけだと思っています、本番はこれからですから」


と、実直な眼差しで答える。

 射抜かれた中年の男は二の句が継げなくなる。

 これからの未来に不安や恐れを微塵も感じていない青い若々しさと共に、彼ならば言葉違わずやってのけてしまうのだろうという、確信めいた予感を感じてしまう。


「……ははは──、若者は夢に漲っていて、私には刺激が強いですな」


 自分と年のかけ離れた青年の、強い意志の力に圧倒され、中年の男は額に浮き出た汗をハンカチで拭う。自分の若かりし頃と比べるまでもなく、目の前の青年から放たれる輝きには明確な格差があった。


「では、お話を進めさせて頂きます」


 バインダーに挟まれた書類に、必要事項を書き込みながら「そういえば──」と、中年の男が何気なく青年へ話しかける。


「ここの管理は弟さんに任せていたと言われてましたな」

「はい。僕は他県に出ていましたので、この土地は弟に貸していたのですが……」


 そう言った青年の声のトーンが下がる。ずっと明るい笑顔を称えていた青年の表情が、心配を滲ませた沈鬱なものへと変わる。


「半年程前から、弟と連絡が取れなくなりまして……それまでは月に二度は連絡を取っていたのですが……」


ズボンのポケットから携帯を取り出し、発信履歴を見ながら青年は寂しそうに笑う。


「どこで何をやってるのか、危ない事に巻き込まれていなければいいのですが……」

「それはそれは……」


 身近な失踪事件に中年の男が目を丸くする。その顔を見た青年が、要らぬ話をしてしまったと自嘲的に笑む。

 だが、中年の男は携帯を仕舞う青年を心配して話を続ける。いくらしっかりしてようと、青年はまだ年若い。青年と近い年頃の息子がいる事もあり、中年の男は他人事だと聞き流せなかった。


「警察には?」

「はは、警察にも届けは出したのですが、弟の日頃の行いからか、真剣に取り合ってくれなくて……」

「おや、弟さんはやんちゃな方で?」

「恥ずかしながら、手放しで褒められるような弟ではなく……、捜索願いは受理してもらえましたが、そのうち帰ってきますよと言われてしまいました」


 青年が懐から一枚の写真を取り出す。


「これ弟の写真です、数年前のものなのですが……、もしどこかで見かけたら教えてください」


 ここまで話してしまったついでだからと、中年の男に写真を手渡す。


「あぁ、はいはい、これが弟さんね」


 写真を見た中年の男は、写真と目の前の青年を見比べる。


「いや~似てませんね~」

「よく言われます」

「この写真いただいても?」

「え?ええ、構いませんが……」

「私にもそれなりにツテがありますので、不動産関係の方にでも聞き込みしてみます。それぐらいさせてください」

「ありがとうございます」


 青年は「宜しくお願いします」と、穏やかな笑みを浮かべる。ただ弟を心配する年相応な兄としての顔があった。



 そんな会話を聞きながら──、


「失踪したのは弟の方か……」

「やっぱり兄と弟間違えたんじゃない」

「……兄と弟……顔が似ているのか……?」


 じろじろとロビーに居る青年の顔を見続けるも、ピンと来ない様子の婀彌陀羅に痺れを切らしたのか、軛が紙袋から岩葡萄の実を一粒取り出し指で弾く。岩葡萄は中年の男の背めがけ真っ直ぐに飛んでいき、肩甲骨辺りに命中する。

 結構な刺激があったのか「だっ!」と悲鳴を漏らし、中年の男が慌てたように振り返りながら後ろ手に背を探る。しかし、身体が固いのかその手は肩まで届いてもいない。足元を見回し、背に当たっただろう物体を探すも、実は当たった反動で跳ね返り遠くに飛んで行ってしまった後だ。


「よし、よくやったポチ」

「誰がポチだ」

「おい!我の家にゴミを捨てるでない!」

「元からゴミ屋敷だろうが」


 青年から受け取った写真を中年の男が懐に仕舞うのを見ていた八瞞は、中年の男の方へ向け手を翳す。すると、写真は懐からするりと抜け出し、八瞞の手元まで一直線に飛んでくる。

 妖力を使い引き寄せたのだ。写真程度の軽い物なら妖術で片手間に操作することが出来る。

 手元に来た写真を3人で覗き込む。

 写真には、年若い2人の男が映っていた。今と変わらない明るい笑顔を浮かべる青年の姿。その隣には、彼の弟の姿が写っていた。

 写真を見た軛と八瞞が困惑した様子で、婀彌陀羅に顔を向ける。


「おい……」

「婀彌ちゃん……渡した写真、ちゃんと見たんだよね?」


 写真にはスラリと背の高い細身の兄と、体格の良いガラの悪そうな弟の姿。顔どころか、体格さえ似ても似つかない兄弟の姿があった。


「顔、全然違うんけど」

「そうか?そっくりだと思うが……」

「どこがだ」

「骨格見なよ。こっちの顎は四角、こっちは三角」


 写真に並んで立っている兄弟とロビーにいる青年を指差しながら、八瞞は説明するが婀彌陀羅は首を捻るばかり。


「そう言われると……、違う気もするか?」

「聞くな。言われなくとも分かれ」


 これで疑惑は確定した。

 疾うに始末したと思っていた所有者は本人ではなく、兄だと勘違いされた弟だった。

 自分の間違いが発覚し婀彌陀羅が肩を落とす。


「人間の顔の区別は難しい……」

「君、俺と犬コロの区別ちゃんとついてるんだろうね?」

「もちろんだ」

「この狸と1度でも間違えれば許さんぞ」

「くどいぞ!大丈夫だと言っている!」


 そう言い切れる根拠は皆無だ。

 頭を抱える婀彌陀羅を追い詰めるように、下から聞こえてくる会話も不穏なものだ。


「そういえば……弟が変なことを言っていたのを覚えています。このビルには手を出すなって言ってたんですよ、何かする時には自分を通せってね」

「それはまた何故でしょうね?」

「さぁ……それが、私にもさっぱりでして。ですが、弟と連絡が取れなくなって半年、次のプロジェクトで使うには、この場所は立地が良い。できれば急ぎでお願いしたい」

「任せて下さい、最優先で手続きさせて頂きますよ!」


 明るい青年の声と、胸を張り張り切った様子の中年の男の姿に、婀彌陀羅が悲鳴を上げる。


「あぁぁあ、まずい……!ここが取り壊される前に、彼奴らを始末せねば……!」

「それよりも、弟に兄を止めてもらうのが手っ取り早いんじゃない?」


 焦る婀彌陀羅に、八瞞が単純明快な提案をする。

 現に、廃ビルを管理していた弟が消息不明となるまで、兄は弟の言い分を信じ取り壊しもせず現状維持に努めていた。そして、弟はこのビルの()()()を理解している様子もある。

 弟に全てを任せビルを放置していた手前、管理していた弟から中止を求められれば兄も引き下がる可能性がある。


「で、弟はどうしたの?手を下したって、もう殺した?」

「……いや──」


 記憶を辿る婀彌陀羅の言葉に、同じく記憶を辿っていた軛が先に顔を上げる。


「確か……蒸発させなかったか?お前が……」


 軛の言う蒸発とは、液体が気体に変わる現象の事ではない。人間が行方をくらませる事象の事を指している。

 軛の言葉で婀彌陀羅の記憶が鮮明になる。

 ──半年前。

 婀彌陀羅はビルの管理をしている弟を、妖術を使い錯乱させ追い払ったのだ。

 殺してしまえば所有者が変わるだけで、また新しい人間がやって来る。なので、面倒を避けるためにも蒸発させ様子を見る事にしている──で、弟を始末し終わったその足で、軛の家に乗り込み、自分の仕事ぶりを話して聞かせた所までを思い出す。


 婀彌陀羅の計画では、所有者を蒸発させた事によって廃ビルは売却も解体もされず、今後数十年は安泰に過ぎていく予定のはずだった。

 だが、それは所有者の兄と弟を間違えていなければの話だ。


「何をもたもたしている!!早く弟を探しに行くぞ!」


 勢いよく立ち上がり至極面倒な事を言い出した婀彌陀羅に、軛と八瞞が面の下で渋い顔をする。

 婀彌陀羅の妖術によって正常な思考を手放した人間が、廃ビルを出た後に何処に向かい、何をしたかなど予測できるはずもない。

 半年前に消息を絶った人間を探したところで、生きている保証もない。

 早々に事故に遭い死んでいるか、何処ぞの山に迷い込み飢えて衰弱死している可能性の方が圧倒的に高い。


 婀彌陀羅に押されるようにして窓枠から、廃ビルの外へ飛び降りる。


「まだ生きていると本気で思っているのか?」

「早々に諦めるな!もっと希望を持て」

「俺らに夢も、希望もありゃしないから」


 渋々とした重い足取りで歩く軛と八瞞の背を押しながら、婀彌陀羅はエールを送る。

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