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家に戻ると、妻がいた。何か話しかけてきたが、疲れていたので彼女を振り払った。妻は怒って家を出て行ってしまった。僕は寝台にどっかりと腰を下ろし、ジョイントに火をつけた。そういえば、妻がここで喫むのはやめろといっていたっけ。臭いが嫌なんだとか。そんなこと、どうだっていい。だって、俺はこれが好きなんだから。
朝になっても、妻は戻ってきていなかった。疲れていたので、探しに行く気も起きなかった。それよりも、昨日のことを聞きたくて、村長を探した。このところ、村長の姿もあまり見なくなった。村の噂話によると、村長も体調がすぐれないようだ。預言者と双子だということだし、もしかしたら、と考える。
「あら、久しぶりね」
村長の家の前で、シモーヌに出会った。そういえば、彼女に会うのも久しぶりである。妻と再び暮らすようになってからは、まったく顔を合わせることはなくなった。以前より、日に焼けているように見える。
「村長の具合はどう?」
「よくはないけど、悪くもないわ」
以前よりそっけない気がした。
「話は出来そうかい?」
彼女は答える代わりに、村長の家の扉を開けた。
「そうだ」
村長の家に入る前に、シモーヌに尋ねてみようと思った。
「君は森の奥へ入ったことがある?」
「森の奥? 池のところまでならあるわ」
シモーヌは訝しげに眉根を寄せた。
「その奥へは行ったことない?」
「ないわね」
「どうして」
「どうしてって……行こうと思ったことがないわ」
「森の奥に何があるのか見てみたいと思わないの?」
「思わないわね」
シモーヌは即答した。きっと、彼女以外の村人に尋ねても同じ反応なのだろう。なんとなく、そんな気がした。
「ありがとう」
礼を言って村長の家に入る。
村長とはいえ、家はほかの村人と変わらない。僕の家よりも少し部屋が多いだけで、内装もこれと言って贅沢ではなかった。
家に入るとすぐにキッチンがあった。その隣に寝室がある。村長はそこで横になっており、隣にはデカルトがいた。村長は眠っているのか、目をつぶっていた。
「君が世話をしているのか」
デカルトが頷いた。
「ポセ……ヘルヴィムが寂しがっていたぞ」
彼はヘルヴィムがポセイドンだということは知っているのだろうか。
デカルトは嬉しそうにはにかんだ。彼はまだポセイドンのことを慕っているのだろう。村長の様子を見る限り、死期が近いという僕の予想は外れていはいないように思えた。人生というのは、思い通りに行かないものだ。
デカルトは部屋を出て湯を沸かし始めた。茶など飲みたくなかったが、彼が席を外してくれるのは好都合だ。
「村長」
眠っている老人を起こすのは気が引けたが、どうしても、真実を知りたかった。横になっている村長に声をかけると、彼は薄く目を開けた。
「わかりますか」
村長は僅かに眼球を動かして僕を見た。
「聞きたいことがあるんです。森の奥のことです」
村長は聞いているのかいないのか、僕を見つめたまま黙っている。
「森の奥には何があるんですか。あのバリケードはなんですか」
僕は矢継ぎ早に村長に質問を与えた。ポセイドンにも、質問しすぎだと言われたが、つい気が逸ってしまうのだ。
村長がゆっくりと口を開いた。
「なんですか?」
鯉のように口をパクパクするだけで、声は聞こえてこない。耳を近づけてみると、かろうじて声が拾えた。
「昔から、そうなっている」
村長はそれだけ言うと、再び沈黙してしまった。




