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いったい、ここが何なのか考えていた。今まで、それを考えることを、妻を理由に意識的に避けていた。だが、そろそろそれに向き合わねばならない。
確かめろと言われても、何をすればよいのかわからない。とりあえず島を歩いてみた。村の家は広場を中心に二重の同心円状に広がっている。その外は預言者の家へ行く山道と果樹園、そして僕が妻を探しに行った森だ。森は奥にゆくに連れて緩やかに昇ってゆき、小高い山がある。結局、そちら側へ行くとどうしても山に行き当たるのだ。山の反対側には、やはり森があるらしいが、その先にはなにもないらしい。何もないというのは、海になるということなのだろうか。
森に入ってみる。あまり人が踏み入った形跡はない。村の人間は、海の恵みで生きている。申し訳程度の畑や果樹園で、農作物を作っている。森の浅いところに自生している果物や何かも取っているようだが、奥の方へは行っていないようだ。
森の浅いところに自生しているのは、果物だけではない。その先に小さな池があり、ちょっと変わった植物が生えている。その植物を採取する仕事もあるらしい。何のためかと思ったが、村で回し飲みしていた酒を作るためだという。
「アヤワスカの原料、か」
僕が流れ着いて一日目にあった歓迎の宴の時以来、アヤワスカは飲んでいない。あれは本当に神秘の飲み物である。見たところ、この植物もそんなに多くはなさそうなので、特別な時にしか飲めないのだろう。
さらに奥へかき分けてゆく。足元に注意しないと、また滑り落ちることになる。今度は誰も助けてくれないだろう。きっと、僕が帰らなくても妻は僕のことを探しに来ないだろうという予感があった。プラトンくらいは心配してくれるかもしれないが、ここまで探しに来ることはないだろう。この森は、彼らにとってはあまり立ち入る場所ではないらしいということを、やんわりと聞いていたからだ。
しばらく行くと、奇妙なものが目に入った。この自然豊かな島には不釣り合いの工事用通行止めのバリケードである。しかも日本語だ。明確に、それより先は植物が野放図である。何かしらの、境界線ということなのだろう。宗教的な禁忌に近いものを感じる。
僕はバリケードを乗り越えようと足をあげた。しかし、上げた足をバリケードの向こう側へ下ろすことはためらわれた。とても悪いことをしているような気がしたのだ。そして、それを誰かがどこかから見ているような。
少し迷ったが、僕は足を戻した。山を見上げる。あれが実は巨大なモノリスだとポセイドンは言っていた。この先へ行けば、山肌を直接近くに見ることができる。きっと、僕は行くべきだ。
何度か足を上げたり下ろしたりした後、僕は踵を返した。
「弱虫だなあ」
呟いた。




