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仏に逢うては仏を殺せ 父母に逢うては父母を殺せ  作者: よねり


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 家の中に入ると、強いお香の匂いがした。家自体はそれほど大きくない。通された部屋は、天井から垂れ布がいくつも床に垂れており、薄暗かった。

「まず、お前さんには説明しておいた方が良かろうな」

 預言者は僕たちよりも一段高いところに座っていた。長い煙管で僕を指す。

「ヒッポカンポスはただの生き物ではない。それはわかっておろう。あれは精霊の類いじゃ。それを相手取ると言うことは、どういうことかわかるか?」

 預言者は煙管に緑色のバッズを詰めている。何の草かはわからないが、見た感じでは熟成させた大麻の花穂だろう。

「天罰が下るとか、そういうことですか」

 こんな問答をしている場合ではないのに――僕はイライラして無意識に貧乏揺すりをしていた。

 預言者は煙管に火をつけて、うまそうにスパスパ吸った後、深く煙を吸い込んだ。その勿体ぶった仕草が、余計イライラさせた。

「妻が危険な状態なんです。早く教えてください」

「おい、兄弟。口の利き方に気をつけろ」

 青い顔でプラトンが僕を睨む。

「敬えないのは申し訳ないが、急いでいるんだ。頼むよ」

 僕は膝立ちになって、預言者の方へ体を乗り出した。

「お前さんは村の人間ではない。小僧共のようにする必要はない。しかしなあ。だからこそ、部外者のために精霊と事を構えるメリットはないんじゃなかろうかなあ」

 醒めた目で、預言者は僕を見下ろす。その視線は、今まで感じたこともないくらいの圧力があった。

 彼のいうことはもっともだ。預言者どころか、村の人間に、僕に加担するメリットはない。手土産すら持ってこなかった僕に、彼は憤っているのだろうか。

「お前さんは島に厄災をもたらす存在じゃ。自覚しとるか?」

 預言者は煙管を口から離し、煙を吹きかけてきた。

「な……」

 僕はあんぐりと口を開けて、魚のようにパクパクした。

「お前さんがいなければ、船は難破しなかったかもしれん。お前さんがいなければ、天海はヒッポカンポスに連れ去られなかったかもしれん。お前さんがいなければ……」

「もう止めてくれ」

 僕は叫んだ。

「なんなんだ。僕はただ、村長にあんたに会いに行けと言われたから来たんだ。それなのに、俺自身が厄災? そんな説教聞くために来たんじゃない!」

 僕は激高した。眼の前が真っ赤に染まる。部屋の中にある、何かわからない道具たちをなぎ倒した。

「やめろ兄弟」

 プラトンが僕を羽交い締めにする。それでも、僕は止まらなかった。人間というのは、自分が思っているよりも、ずっと力が出せるもので、これが火事場の馬鹿力というやつなのだと思った。

「僕は、妻を取り戻したいだけなんだ。さっさとヒッポカンポスの居場所を教えろ」

 プラトンを引きずりながら、預言者に近づく。預言者は、逃げるでもなく、煙管を咥えたまま僕を眺めていた。ソクラテスは僕を見て笑っているのかと思ったが、正座したまま俯いていた。

「そうやって、厄災を振りまくのか」

「なんだと?」

「今まで、何度、厄災を繰り返してきた」

「僕は今まで暴力なんてふるったことはない!」

 吠えると、空気がビリビリと震えた気がした。部屋の扉がガタガタと音を立てる。地面がグラグラ揺れる。頭蓋骨の中がグツグツ煮えたぎっている音が聞こえた。

 預言者の眉間にシワが寄る。

「そうか。お前さん、気付いていないんじゃなあ。自身が厄災の中心であることを……」

 預言者が憐れむような眼を僕に向ける。

「ふん、預言者なんて胡散臭いと思っていたんだ。何の力もないんだろう。ただのインチキだ」

 興奮して勝手に口が回る。

「やめないか、兄弟」

「いいや、やめないね。何か力を持っていることを証明して見せろ」

 僕が挑戦的に言うと、預言者は部屋の中に視線を巡らせた。

「その壺は蛙だ」

 煙管で僕の横にある壺を差した。

 何を言っている。壺は壺だ。やはり、こいつはただのインチキ祈祷師の類だ――。

 僕は顔を引きつらせて笑った。それは、虚無的な意味で笑ったのではない。瞬きをした次の瞬間、壺が巨大なガマガエルに変わっていたからである。

「な、何……何をした」

 全身から汗が噴くのを感じた。

「何も。お前さんの言うとおり、ワシの力の証明をした、というところじゃの」

「壺を変身させた……?」

「いいや、変身させたわけではない。この世界の認識を変えたのじゃ」

「今まで、僕が壺と認識していたから壺だったのであって、蛙だと思わされていると言うことか」

「世界の理を変化させたのじゃ」

 そんなこと、可能なのか――まじまじと蛙を見つめる。蛙は瞬きをして、喉を鳴らした。

「どうじゃ、わかったか」

 預言者の声とともに、蛙は壺に戻った。

 理解を超えた現象に、喉がカラカラになるのを感じた。

「まあ良い。どのみち、ワシらは厄災に逆らえん。力になろう」

 預言者は大きく口を開けて笑うような奇妙な表情をした。ほとんど歯がなかった。

 僕は荒れ狂う闘牛の様に、熱い吐息を漏らした。体は熱いままだが、思考は落ち着きを取り戻しつつあった。

「ヒッポカンポスから、お前さんの妻を取り戻すならば、手伝ってもらおう。儀式が必要じゃ」

 また儀式か。怒りが収束して行くのを感じた。預言者が協力的な言葉を口にしたからだろうか、理性を取り戻した。

 この島に来てから、時折、自分自身が抑えられなくなってしまう。以前の僕はこうではなかった。もっと理性的だったはずだ。島の何が、僕をそうさせるのかわからなかったが、とにかく自分ではない人格に支配されているような、そんな気がした。

「手伝いとは?」

 何度も深呼吸をすると、ようやく、プラトンが解放してくれた。ポケットから紙巻を取り出すと、僕に咥えさせる。預言者がマッチを投げて寄越した。

「ヒッポカンポスは精霊。ワシらとは、別の次元の存在。追いかけても無駄じゃ。よって、ここに誘き寄せる」

「そんなことができるんですか。ヒッポカンポスは海にいるものだと思っていました」

 完全に落ち着いた。普段の自分を取り戻した。

「高次元の存在から見れば、ワシらのいる低次元の位置座標なんて意味はない」

「存在は重なり合っている」

 僕が言うと、預言者は深く頷く。

「低次元からのアクセスは不可能だけれども、高次元から引きずり出せば良いってことか」

 自分で納得するために呟く。

「わかったら、ワシが言うものを持ってこい」


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