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山を登り始めたときとは違って、プラトンが怯える様子はなくなった。ソクラテスがいることで、彼の言うところの危険はなくなったということなのだろうか。
「いやあ、俺はどうにも、あのわけのわからん植物お化けが苦手で」
プラトンが恥ずかしそうに頭をかく。彼は感情を表すときに髪の毛をグシャグシャとかき回すのがくせなのだろう。
「こいつ、子供の頃にあれに捕まって、ションベン漏らしたんだぜ」
ソクラテスが笑う。
「おいおい、やめろよ。子供の時の話じゃないか」
「大人も子供もあるか、このションベン垂れ」
僕にとっては嫌なやつだが、じゃれ合っている二人を見ると、口の悪い友達同士に見えた。それも、プラトンが優しい性格をしているからだろう。
やがて山の中腹に差し掛かると、ログハウスが見えた。山壁にめり込むようにして、洒落たログハウスが建っている。
「あそこが、預言者様の家だ」
預言者などというものだから、テントとか草を編んだ家を想像していたのに、ちゃんとした家に住んでいることに拍子抜けした。
玄関の扉を叩くが、反応がなかった。
「どこかに出かけてるんじゃねえの。あのジジイは神出鬼没だから」
「誰がジジイだって?」
いつの間に現れたのか、僕たちの後ろに小さなおじいさんが杖をついて立っていた。僕はその顔を見たとき、何かの冗談で、僕は担がれているのかと思った。なぜなら、村長と全く同じ顔をしていたからだ。事前に、プラトンから村長の双子の兄弟と聞いていなかったら、混乱していたことだろう。
「預言者様。お久しゅうございます」
プラトンが地面に手をついて挨拶した。驚いたのは、嫌々だがソクラテスさえ同じ様に地面に正座してみせたところだった。この預言者はそれだけ高い地位にいるということだろう。僕も同じ様に地面に伏すべきか迷っていると、預言者は僕の顔をじろりと睨んだ。顔は村長と同じだが、雰囲気はまるで違う。
「言わんでもわかる。ヒッポカンポスのことじゃろう」
「は、はい、そうなんです。妻が……」
僕が話し始めようとするのを、預言者は手で制した。そして、持っていた杖で、ソクラテスを小突いた。
「相変わらず口の効き方がなっていないのう。お前さんはジジイになってもそのままなんじゃろのう。お前さんらの目的はわかっとる。まあ、家に入れ」
預言者は玄関を開けると、牛のようにゆっくりとした歩調で家に入って行った。
「なあ、俺はここで待っていてもいいかな」
プラトンが弱々しい声で言う。見ると、また顔が真っ青だ。
「こいつは、ジジイが苦手なんだ。ジジイの魔術が怖いんだよな」
ソクラテスがプラトンをあざ笑う。プラトンは力なく笑った。
「お前がいないと面白くないから一緒に入れ。命令だ」
ソクラテスが言うと、プラトンは諦めたように深いため息をついて、膝についた砂を手で払った。おでこにも砂がついていたが、黙っていた。




