第74話 王子
お洒落……かどうかは分からないけど装飾の凄い白い馬車は過ぎ去るかと思いきや、僕たちの前で止まりその扉が開かれる。
「王太子殿下の御前であるぞ!女郎共、跪け!」
護衛の一人と思われる男性がそういい放つ。
「よい。きっと我の顔を知らない聖女学園の者達だろう?ならば名乗るだけだ」
護衛が手を取り出てきたのは、白い礼服に格式ある花柄の紋章やきらびやかな装飾に包まれた、赤がかった茶髪のふわっとしたオールバックの青年。
これがサクラさんの嫌っていた、セイクラッドの王子……?
「我が名はセイクラッドの第一王子、アール=セイクラッド。ハインリヒより、よく来たな」
ちょっと服装が派手すぎる気もするけど、お洒落に気を遣っているし、何より顔が良い。
僕なんかよりずっと格好いい青年という印象だけど、どこにそんなにも嫌う要素があるんだろう……?
そんなことを思っていたら、いきなりこちらへ来て、でれっとした顔をした。
「今年は粒ぞろいのようだな……貴様、名をなんと云う?」
「リ、リリエラ……マクラレンと申します……」
王子に聞かれ怯える声でそう答えたリリエラさん。
「なるほど、マクラレンのところの侯爵の娘か!道理で美しかろう……!」
首をくいっと上げるアール王子に、顔をそらすリリエラさん。
「……リリエラ嬢、私の側室か嫁になる気はないか?」
ちょっ!?
いきなり何言ってんの!?
「マクラレン商会にはいつも国としてお世話になっている。それにそなたは美しい……」
「ヒッ……」
リリエラさんが声にならないくらいの小さな悲鳴を漏らした。
さっきの男前な顔はどこ行っちゃったの……?
そしてリリエラさんには想い人がいる。
それを応援したい僕として、それは許せなかった。
「王太子殿下……お言葉ですが、リリエラ嬢には婚約者が居る身で御座います」
婚約者に関しては半ば口から出任せだ。
「貴様……女郎の分際で、王太子殿下に指図する気かッ!?」
いちいち口を挟んでくるな、この護衛の人……。
「よい。我も別に婚約者が居る者を奪う趣味はない……しかしそなたも美しいな……名をなんと申す?」
え、嘘でしょ……?
僕……男だよ!?
そんなことを思っているとアール王子は今度は僕のところへやってくる。
「私、シエラ……シュライヒと申します」
「おお、あのシュライヒ家の……噂の大聖女さまの弟子か!?道理で愛らしいと思ったぞ!」
僕の顎をくいっと上げ、再びでれっとした顔を見せる。
「貴殿に婚約者が居ると聞いたことはないな……どうだ、我の妻になる気はないか?」
確かに婚約者はいないけど、流石に男同士はまずいでしょ……。
近付いて僕のことをなめ回すように見てくるニヤケ顔に、僕はぞくりと背筋の凍るような感覚を覚えた。
「……アール王子、そういった話はここでするものではないだろう?」
「そなたは……アレン殿!?」
アレンさんが助け船を出してくれた。
「……そうだな。是非我が城へ来てくれたまえ!シエラ嬢ならば歓迎しよう!」
そう言うと王子は馬車に乗り、颯爽と走り去っていった。
「……すみません、私がもう少し早く介入していれば……」
アレンさんが謝ってくる。
「いえ、私は大丈夫です……。それより……リリエラさん、大丈夫ですか……?」
あんなに怯えたリリエラさんは初めてだ。
想い人がいるのに一方的に言い寄られて、しかも王子という権力者で逆らえなかったんだ、無理もない……。
「と、とても怖かったです……。ですが、私のせいで、シエラさんが……!!」
「気にしないでください、きっとなんとかなりますから……」
「そんな気楽な……相手は王子殿下です!逆らえないのですよ!?」
いや、聖女だから逆らえないことはない。
でもそれ以前に、彼には先に誤解を解いておかないといけないだろう……。
アール王子も流石に僕が男だと知って告白したわけではないだろうし……。
というか……僕ってそんなに男らしくないんだな……。
男として、どんどん自信がなくなっていくのであった……。




