閑話20 見定め
【ダリル・マクラレン視点】
「リリエラ、今日は随分とご機嫌ね」
上機嫌でにこやかに食事をする娘はとても愛らしい。
「ふふ、私、学園で親友ができましたの!」
「あら?名前はなんて言うの?」
「シエラ・シュライヒさんです!」
「なんだって!?」
声を荒げずにはいられなかった。
娘が大聖女さまと親友に……。
大聖女さまがいらしてからというもの、リリエラの成長が私の予想の二歩も三歩も先を行くようになった。
「あなた、いくらシュライヒ侯爵が嫌いだからって……」
「ああいや、違う。別に怒ったわけではなく……喜ばしいことだっただけだ……」
「あら、そうなのですか?意外ですね」
妻のマリアナは心底意外という顔をしていた。
「聖女祭には行けなくてごめんなさいね」
「私も行きたい気持ちはあったんだが……」
「いえ、お父様もお母様も忙しいのは分かっておりますから……」
オルドリッジ領とゼラ領を管理することになり、領地が増えた嬉しい悲鳴の反面、教育や見回りなどで家を空けることが増えてしまった。
「リリエラには寂しい想いをさせてしまっているな……。何かしてほしいことでもあれば、遠慮なく言ってくれ」
「……それでしたら、折り入って二人に相談が……」
「何かしら?」
リリエラは唾を飲み込むと、意を決したように話し始めた。
「私……以前からお慕いしている殿方がおりまして……」
「なんだって!?」
「あら?」
想定外の話に、私は唖然としてしまった。
娘に婚約者を付けなかったのは娘たっての要望だったが、それは娘が聖女院の聖女秘書になりたいと言っていたからだ。
聖女院に所属する以上は、婚約者などを着けて縛る行為は政治利用になるためご法度だ。
あくまで自由恋愛を推奨させていたつもりだったが、いざそれを知ったときにまず思ったのが、「どこの馬の骨だそいつは」という感情だった。
「い、一体誰なんだ……?」
「聖女院の執政官の、ルーク様です……。ですが、今は私が一方的に好いているだけです……」
執政官の……ルーク……!?
あのシュライヒ家の息子ではないか……!?
驚くと同時に、「一方的」という言葉に少し安堵している自分もいた。
「ルーク様は私にとって、端から見て憧れているだけでした。あの物腰の柔らかさで若くしてアオイ様やサクラ様、ソラ様にお仕えをし、陰ながら補佐をしているさまをいつも映像で見ているだけで、私は十分でした……。ですが聖女祭の際に私の親友であるシエラさんが、私のためにルーク様を紹介してくださったのです」
なんと、大聖女さまの紹介だと……!?
シュライヒ家の息子が聖女院執政官になったと聞いたときはそれはもう羨ましかった。
聖女院に所属になると縁が切れ代わりに聖女院から援助金をいただけるが、それはおまけみたいなものだ。
聖女院は神職としては最高位の職であり、神様のご友人に仕える大変名誉な職業だ。
そして元家族には聖宝章とよばれる勲一等がもらえ、これを持つものは神様と聖女様が立ち入りを禁止した場所以外は立ち入ることを許されるのだ。
貴族は禁止されている事が少ないほど羨望の対象となる。
私は私が欲しかったものをことごとく手に入れるシュライヒ侯爵が羨ましかった。
「お父様がシュライヒ家をお嫌いだとはマーク侯爵様よりお伺いしました……。ですが妹のシエラさんが応援してくださったのです。ですから是非、ルーク様とのお見合いをさせていただけないでしょうか……?」
それほどまでにあのルークという男が優秀だということなのか……。
正直、マークは今でも好かない。
だが大天使様にお慈悲をいただいたことで、大聖女様には恩義がある。
それに二度目はないと言われた大天使様が見ているとも限らない。
恩義のある大聖女様のお怒りを買わないためにも、私は首を横に振ることはできなかった。
「……」
「いいですよ」
「お、お母様!?」
「マ、マリアナ……」
「いい加減意地を張るのはやめましょう?ダリルはね、学生の頃に恋していたセレーナ侯爵夫人をマーク侯爵に取られたから根に持ってるのよ……」
「そ、そうだったのですか……!」
驚いて口元を隠すリリエラ。
「わ、私は別に……消去法でマリアナと付き合ったわけではない……」
「あら?嬉しいことを言ってくれるじゃないですか。リリエラ、貴女はも恋をしたのなら、私みたく粘り強く一途に追いかけるのですよ!そうすればきっと、私のように掴まえることが出来るでしょう」
マリアナはそう言うと私に寄り添ってくる。
「はい……。ふふっ」
「どうかしたの?」
「いえ、親友にも同じようなことを言われたのです。『余所見をしないで、一途に追え』と……」
ソラ様が……。
「……わかった。私も直接会って、それから判断することにしよう……」
「お父様……!大好きです!」
こんなに嬉しそうなリリエラは初めて見る。
我が娘をこんな表情にまでさせる執政官は、いったいどんな輩なのか、見定めねばなるまい。