閑話14 御託宣
【エルーシア視点】
エリス様がソラ様に告白なされた後、私は残るように言い渡されました。
聖女様でもなんでもない私が、女神様の御座す天庭にまで来ているという非現実。
地に足がつかないとはこの事を指しているのでしょうか?
……天庭なので実際、地に足は付いていないのですが。
「エルーシア……いえ、私もエルーと呼んでいいかしら?」
「も、勿論で御座います!」
「堅苦しいのはなしにしましょう」
そうおっしゃられても、私は緊張を解くことができませんでした。
なにせ、相手はこの世界の唯一の女神様。
幼いころに私が生き存えた恩人のサクラ様と、ソラ様をこの世界に召喚なさったお方。
故に私は物心ついたころからずっと、女神さまに感謝してまいりました。
今日も一日無事でいられることに感謝し、祈りを忘れた日は一度もありません。
対して私はいち信者の、ただの平民出身のメイド。
そんな人間が信じる女神様のお声を賜るなど、本来あり得ないことです。
「まずは、ソラ君に優しくしてくれて、ありがとう」
謝られた次は、感謝をされてしまいました。
私はその一つ一つのお言葉を、透き通ったお声を、一言も聞き逃すことがないように集中しておりました。
「彼の味方でいてくれたこと、そして彼を理解してくれたこと。 本当に感謝しているわ」
「そ、それは……サ、サクラ様との約束でしたから……」
とてもやさしいお声に、私は自らの信じていた女神様を信じていてそれが間違いではなかったと、そんなことを思っていました。
しかしエリス様はふぅと息をつかれたとき、空気が変わりました。
「けど、あの熱の日」
「あっ……」
その一言で、エリス様が私に何を仰りたかったのかが分かったような気がしました。
「貴女、ソラ君に告白されそうになったわよね?」
エリス様は一気に険しいご尊顔をなされました。
「も、申し訳御座いません!」
エリス様がわざわざ全世界に「私の想い人」であることをお告げしてまで牽制したお相手に、事故とはいえ告白されそうになるなんて。
「メイドの分際で身を弁えず……」
「違う! そんなことじゃないわよ!」
あれ……?
何が違ったのでしょうか?
「あの時、どうして断わったの?」
「へ……?」
しかし、エリス様がお怒りになられたのは、まったく逆のことでした。
「あんなふにゃふにゃソラたんの誘惑に負けないなんて……じゃなくてっ!!」
エリス様は首を横に振りました。
確かに、あの時のふにゃふにゃしたソラ様はとてもお可愛らしかったです。
「貴女、ソラ君のこと好きよね?」
……神様は……何でもお見通しなのでしょうか。
「で、ですが……!」
「さっき言ったでしょう? 私のことよりソラ君の意志を優先しなさいって!! なのに貴女は……」
「ちょっと、ストップ! ストップ! 落ち着きなさいエリス! ほら、過程をすっ飛ばさないの!」
サクラ様がお怒りになられるエリス様に仲裁してくださいました。
「エルーちゃん。 あの日貴女はソラちゃんに何て言って断ったか、覚えてるかしら?」
「は、はい。 確か……『それ以上は、本当にダメです』と……」
「そう。 その後ソラちゃん、謝ってなかった? 『ごめんなさい、もう言わないから許して』って」
「えっ……!?」
どうしてサクラ様は、お分かりになられたのでしょうか……?
「エルーちゃん。 貴女は、ソラちゃんのトラウマを踏んでしまったみたいね……」
「ト、トラウマ……ですか!?」
またしても私は、やってしまったのでしょうか……。
「カエデは他の聖女の時とは違って、きちんとこちらに来る時期を話し合ってからこちらの世界にきてもらったの」
エリス様は千年以上前の事を、昨日のことのように語られました。
「でもこちらに来る前、ソラ君に見つかったらしくてね……。 カエデはごまかしたんだけどソラ君は勘が鋭い子だったみたいで。 カエデともう逢えなくなるんじゃないかと思って、引き留めようとしたみたい」
「その結果、二人は半ばケンカ別れみたいになってしまったらしいわ」
そこでようやく私は自分のしてしまったことに気付きました。
「カエデが亡くなる間際の話だけど、彼女は自分がソラ君を大切に想っていたことを伝えられなかったことを後悔していたわ……。 それに、ソラ君もそう……あの日ソラ君が起きたときに言った『おばあちゃん、大好き』も、前世で伝えられなかったからこそ出た言葉なのよ」
思い返せば、ソラ様は普段から定期的に「いつもありがとう」と感謝のお言葉を口にしておられました。
ソラ様は楓様と離ればなれになってしまった時のことを後悔し、今度こそ後悔しないようにご自分の気持ちを伝えるようにしておられたのですね……。
それなのに、私ときたら。
自分で自分のことを殴りたくなってきます。
「わ、私は……なんてことを……」
ツーっと垂れてきた涙を拭いました。
「ね、エルーちゃん、正直に答えて」
「ぐすっ、はい……」
「貴女はソラちゃんの事、好き?」
サクラ様が優しいお声でそうお聞きくださいました。
「……は、はい……。 お慕い……しております……」
墓場まで持っていくつもりだった、恋心。
ですが私が信仰しているお二方を前に、嘘はつけませんでした。
エリス様の美しいご尊顔がずいっと近付きます。
「なら、ここで約束して。 次は、絶対に貴女からは止めないこと。 今度こそソラ君を、私達で幸せにするのよ!」
「っ、はいっ! 約束……いたしますっ!」
エリス様は、ご自身が一番愛されているソラ様のことを他人が愛してしまっても、お怒りにならずにソラ様のことを第一にお考えになる、とてもお優しい女神様です。
だからこそ私はお二人が結ばれることを、切に願っているのです。
ですがエリス様は私のことを、恋のライバルとして正々堂々と戦いたいとおっしゃっているのです。
すべてはソラ様が、真に幸せになるために。
「いい返事ね。 あ、ソラ君が他の子に惹かれていたら同じように伝えるのよ? いーい? これも、約束」
そう仰るとエリス様から小指を差し出されました。
私は「はいっ!」と頷くと、小指を差し出します。
神様とする指切りはまるで時間が止まったかのように感じるほど貴重な体験で、私にとってかけがえのない思い出となりました。




