10話 花の都での出会いⅡ
「おと、うと……?」
「はい」
目の前の少年はきっぱりと言い切った。たしかに容姿のあちこちにルナの面影が感じ取れなくはないが、それでも、いきなり現れた少年の言うことを信じることはできない。
「――いやいや、何言いだしてるんだ、少年。そんな安いウソ、大人には通用しないぜ」
「そ、そうよね。もしそうだとしても、話ができすぎてるわよね」
「信じてくれないですか?」
「そんな話を素直に信じろってほうが難しいと思うけどな」
ハインツやチークが信じてくれないとわかると、少年は寛人のほうを見やった。
「あなたは信じてくれますよね?」
何とも澄んだ瞳だった。ルナの瞳によく似て、その瞳の奥に秘めた力があるように寛人は感じた。この目をしている少年が嘘をついているとは、寛人は考えられなかった。
《あぁ、俺は信じるよ》
「本当ですか!」
キラキラとした瞳を向ける少年に、寛人はつづけて、
《もし本当なら、お願いしたいことがあるんだ》
「なんですか?」
《俺たちをルナに会わせてほしいんだ。俺たちはそのためにこの町に来たんだ》
「姉さ――姉にですか? じゃあ、あなたたちが姉の言っていた……」
少年はしばし黙り込むと、
「わかりました、屋敷に招待します」
《ほんとに?》
「もちろんです。姉と一緒に過ごしてきた人たちのお話も聞きたいですし」
「でも」と少年は言いよどむと
「姉は今ふさぎ込んだ状態でして。僕ともまともに会話してくれないんです。もしかしたら姉が出てきてはくれないかもしれないですが……」
それでもかまわないと寛人は返す。会えるかわからないじゃない。会って話をするまではこの町から出て行くつもりは一つもない。
寛人と少年の間でとんとん拍子の会話が行われているのを黙って見ていたハインツとチークに寛人は向き直ると、
《二人ももちろん、一緒に来るよな?》
「ヒロト、お前本気でついていくのか?」
当たり前だと、寛人は首を縦に振る。現状なんの手掛かりも得られていない中で、棚から降ってきたぼた餅。その真偽が定かではないが、今ここで無為に時間をつぶすよりはいいだろう。ぼた餅の中身が何だったかは行ってみてから判断すればいい。それがルナに会えるという中身ならこの上ないことだ。
その真意を気づいたのかは知らないが、黙り込んでいたチークは顔をあげると、
「そうね、とにかくついていきましょ。この子についていけば分かることよ」
チークも賛同したことで数的に不利になったハインツは、
「――しゃーないな。ここは寛人にかけてみるか」
「かけるも何も、僕はうそをついてませんよ。えーと……」
「ん? そう言えば自己紹介がまだだったな。俺はハインツ。ルナんちまでよろしく頼むぜ」
ハインツに次いでチーク、寛人と自己紹介。
「ハインツさん、チークさん、ヒロトさんですね。僕はマーズ=ソレイユと言います」
◇
美少年マーズを伴ってレストランを出た寛人たちが向かうのはもちろん、ソレイユ家の屋敷だ。
「衛兵がうじゃうじゃいるけど、本当に大丈夫なんだろうな」
店を出る前にトイレに行ったハインツ。そこから帰ってきたらいつになく弱気なことを言い出し始めた。
「ハインツが最初に言いだしたことでしょ、ルナのところに行こうって。今と言っていることが正反対に感じるんだけど」
「いやいや、そういうことじゃなくてな。確かにルナに会いたいとは言ったが……」
「なんのリスクもなしに簡単に会えるわけないじゃない。それにさっきマーズがルナと同じ家紋が付いたネックレスを見せてくれたじゃない。それでもまだ不安なの?」
「いや、そういうことでは……」
チークとハインツがぐちぐちと言い合っている中、マーズを先頭に屋敷の外縁をそって歩く。目指しているのは屋敷の裏門らしい。表門は観光客が多すぎて出入りにはほとんど使わないらしい。
「いや、俺がどうとかそんなことはよくて、問題なのはルナの親父のことだろ。シュタイナーは怪物だとか言ってたぞ」
《なんだ、さっきからその兜の下で震えていたのはルナの親父の噂にビビっていたからか?》
茶化すように寛人が笑うと、それに答えたのはマーズで、
「今父は帝都に出かけていますから屋敷にいませんよ。それに様々な用事があるらしくてあと数日は帰ってこないとか」
「え、あ……そうなの?」
それを聞くと、ハインツは大げさなほど安堵のため息をついて、
「そ、それなら安心だな……」
ずいぶんと安心した様子のハインツに寛人とチークは首をかしげる。らしないなと。あの吸血鬼と対峙したときですら不敵な笑みを浮かべるほどの男だ。帝国軍将軍と言えど噂程度で恐れおののくようなことはないはずだが。
「さ、つきましたよ」
表門とは比べもつかないほど小さな鉄格子。装飾の類は一切なく、実用性だけを求めたデザインのようだ。日の光も満足に当たらないそこがソレイユ家の屋敷の裏口らしい。
マーズは鉄格子横についている金属のプレートに触れた。銀に輝く正方形の金属プレートはマーズの手が触れると青の鈍い光を発した。すると鉄格子にかけられていたであろう鍵が開くカチンという音が小さく響いた。
「このプレートに触れると鉄格子が開くんです。開けられるのは本当に限られた人だけですけどね」
何か魔術的なロックが施されているであろう鉄格子を押し開きながらマーズは言う。限られた人というのはおそらくソレイユ家の人間ということに違いない。
鉄格子の先はまさに森の中だった。太陽に少しでも近づこうというかのように成長した背の高い木々が寛人たちを見降ろしている。木々に茂る濃緑の葉は光をいっぱいに浴びてその葉脈を浮かび上がらせている。
吹く風には緑のにおいが乗り移り、天高いところから降り注いだ光のシャワーは歯に遮られていることで木漏れ日となって柔らかく寛人たちを包み込んだ。吸い込んだ空気が肺胞を満たし、不純物を取り除いて洗い流してくれたような錯覚に陥らせる。
「気持ちのいいところね……」
ハインツの口から「あぁ」と意識したのかしてないのかわからない声が出る。広大な屋敷だということは周りを一周したときからわかっていたことだったが、これほど立派な森があるとは思いもしなかった。
「皆さん、こんなところで立ち止まってないで早くいきましょう」
生まれた時からここに住んでいるマーズには普通の景色なのだろう。寛人たちをせかして前を進む。
マーズの後ろを視線をさまよわせながら歩く寛人たち。外の喧騒も届かない森の小道を縫っていくこと数分。ようやく屋敷と思しき建物の前にたどり着く。
マーズいわく、屋敷の正面から見た時と同じく、淡い色のレンガでつくられている屋敷の裏手らしい。正面玄関は観光客の目に留まる可能性もあるため裏口から屋敷に入ることにしたのだ。
蝶番がきしむ音を立てながら戸を押し開く。建物内の空気が外に押し出され、寛人たちになかのにおいを運ぶ。戸の先は数メートル行ったところで右方向に折れている。照明をたいていないためか屋敷の中は若干薄暗かった。
「なぁ、今更だけど俺たち勝手に屋敷に入っていいのか? いくらマーズが連れてきたとはいえ……」
確かにこれでは寛人たちがマーズを脅して中に入らせたと衛兵にとらえられてもしかたがない。マーズが正しいことを言ってくれれば問題はないとは思うが。
「大丈夫ですよ。きっとすぐに迎えに来ますから」
「迎え?」というハインツの疑問を無視し、マーズは廊下を進み始める。そそくさと進むマーズはそこそこ歩くスピードが速いため、大人の寛人たちものんびりしていることはできない。
やはりというか、屋敷の中にも豪華な装飾が施されている。ところどころにはソレイユ家の家紋をあしらった彫刻が見受けられる。廊下のところどころには誰が描いたのかは知らないが湖のほとりを描いた風景画や椅子に座った女性を丁寧に描写してある絵画など、様々な名画?がかけられている。壁に備えられたランプ一つとっても美しい形をしているほどだ。この絵画たちは化け物みたいな値がするに違いない。
屋敷の端から入ったからかはわからないが屋敷内はしんと静まっており、使用人の一人すら見えない。まるで寛人たちとマーズだけがここにいるかのような感覚を覚えさせる。
全く誰とも出会わないまま進んだ寛人たちは一つの扉の前にたどり着いた。意識したのだろう、左右の扉の木目はほとんどぴったり同じ。取っ手部分は金に輝いている。メッキではないだろう。それを手にし、マーズは扉を開けた。
「おかえりなさいませ、若様」
「ただいま、グリンセット」
そこに立っているのは、今日もバッシっとスーツを着こなし、完璧な執事としてふるまうグリンセット=ブローだった。




