3話 失声
レイシアから渡されたダーツの矢を寛人は無言で眺めた。
「なによ黙っちゃて」
「……?」
「知らないの? ダーツよダーツ。こんな風にして投げて的に当てる遊びよ」
「……」
「あっ! あなた「これで転生する世界決めんの?」とか思ってるでしょ! 意外かもしれないけど今の転生業界は転生者にどこの世界線に飛ばされても文句を言わせないために、くじ引きとか運が絡む方法で転生する世界を決めさせるようにしているの。いわゆるクレーマー対策ね」
まさか転生させるための業界があることにも驚いたが、転生することにさえクレームをつける人間もいるのだなと寛人はあきれた。
レイシアはあきれる寛人をそのままにダーツの的に駆け寄った。ダーツの的は回転式になっているようでレイシアが手をかけると若干動いた。その的には四等分にされた選択肢。
「説明するわね。いまからあなたにダーツを投げてもらい、当たった世界線があなたが転生する世界よ。選択肢は『元の世界・現在』『元の世界・未来』『元の世界・過去』『異世界』の四つ。元の世界・現在は赤ちゃんからのやり直し、それ以外の世界では今の状態のあなたがそのまま転生することになるわ。まずはここまでオッケー?」
こくんと寛人はうなずく。それに満足したようにレイシアもうなずいた。
「よっし! それじゃあ早速投げてもらおうかしら。私がこの的を回転させて、合図を出すからそしたら投げなさい」
寛人はダーツの矢を右手にやさしく持って構えた。ダーツの矢を投げたことはほとんど、いや一度もないがあまり力を入れても飛ばないことはわかっている。そっと放ればいいはずだと寛人はイメージを膨らませる。正直人生をやり直すことができる機会はもう金輪際ないだろうからどの世界にあたっても文句はない。その心持ちで寛人はダーツの的を見据えた。
「準備オッケーみたいね。それじゃ、回転スタート!」
レイシアは勢いよく的を回転させた。くるくると回りだした的はなかなかの速度で回転している。これではねらって打つなんて芸当はできないだろう。
寛人は程よい緊張と興奮をはらんだ表情で的をにらんだ。そこにレイシアの声がかかる。
「ダーツ投擲5秒前! 5、4、3、2、1……ゴーーッ!!!」
レイシアの合図で寛人はダーツの矢を投じた。ダーツの矢は弧を描きながらまっすぐに的に向かう。空を切り裂きながら矢は飛び、そして的に突き刺さった。
矢が当たったのを確認するとレイシアは的の回転を手で押さえた。ゆっくりと回転を止めた的にはピンと矢が立っていた。その矢が突き刺さっていたところは――
「『異世界』ね」
レイシアは確認の声を出した。確かに矢は『異世界』と書かれているところに突き刺さっている。つまり寛人の異世界転生が確定したということだ。
「おめでと~! あなたは異世界に転生することが決定しました~!!」
レイシアはパチパチと手をたたいた。寛人はそれにぺこりと頭を下げた。なんか祭りか何かのイベントじみた感じで終わったが、これでもとに生きていた世界ではないところに生き返ることになったのかと寛人は感慨にふけった。
「ちょっとちょっと、まだ感慨にふけるのは早いわよ。異世界転生するのなら、もう一つやらなければいけないことがあるわ」
レイシアはそう言ってまたどこからか数枚のトランプのようなカードを取り出した。
「今度はこのカードを一枚選んでもらうわ。書かれているのはあなたの異世界の職業ね。選択肢は『農家』『鍛冶職人』『商人』『帝国兵』『貴族』『冒険者』。私がカードをよく切ってあなたに見せるから、あなたは一枚とってね」
向こうの職業すら運任せであることに、寛人はまた面食らったが、これもクレーマー対策らしい。
レイシアは慣れた手つきでカードを切る。寛人から見ても不正みたいなことはないようだ。そのカードを裏側にし、扇状に広げた状態でレイシアは寛人にカードを突き出した。
「さ、選びなさい。何引いても文句は無しよ」
寛人はうなずくと、カードをまじまじと見つめた。カードの裏には模様が描かれているがどれかが違うということはなく、何か印があるようなこともない。完全に運任せ、自分任せの職業探し。異世界がどんなところかは知らないが、平和に農家なんていいかもしれないと寛人は考えた。
数十秒ほど考えた寛人は寛人から見て一番右側のカードに手をかけた。その手をレイシアもじっと見つめる。寛人はその手にしたカードをそのまま勢いよく引き抜いた。引き抜いたカードを寛人は恐る恐る表にかえした。
「――!!」
寛人はそこに書かれている文字を凝視した。
「あら、あなたが選んだのは『冒険者』ね。というわけで、あなたの職業は『冒険者』に決定しました~!!」
レイシアは再び手をたたいた、先ほどより少し盛大に。拍手を終えたレイシアは寛人からカードを受け取ると三度どこからか紙と羽ペンを取り出した。
「それじゃあ、あとはこれにサインを頂戴。ここに名前を書いて、「私は転生契約に承認します」って言う意味だから。あ、いちおう契約内容に目を通しておいてちょうだい」
寛人はそれらを受け取り、契約内容に目を通した。契約は次の人生が終わるまでとか、契約期間中、つまり第二の人生中には契約の変更はできないとかがつらつらと書かれていた。その長い文章の最後に書かれていた文に寛人の目が止まる。
『転生のサインをした瞬間に契約者の持つ最も不要なものをいただきます』
寛人はレイシアに紙を見せてその文を指さした。
「ん? あぁ、それね。転生する人がみんなして聞いてくる文なんだけど、転生時にはどうしても命を引き換えさせる分の対価みたいなものが必要なの。でも安心して。今まで数百人の転生を担当してきたけど寿命を取られたとか、体に障害が出たなんて大事になった人はいないわ。大体とられるのは本人が気が付かないほど要らないものだから。それにその分すごいスキルを取得できるのよ!」
寛人はレイシアの説明にふむふむとうなずく。ずいぶん都合がいい気がするが、ほぼただで力と第二の人生をゲットできるなら何の不満も文句もない。
寛人はしゃがみ、地べたに紙を置いて慣れない羽ペンで峰谷寛人と書いた。それを受け取ったレイシアは不備がないかを確かめるとにこりと笑った。
「うん、バッチリね。これであなたは転生に同意したことになるわ。もう引き返せないから、いまさら辞めますは言わないでね」
レイシアの確認に寛人はうなずいた。これで人生やり直しが確定したのだ。友だちゼロ人のスーパーコミュ障という肩書きはすでに過去の物と言っていいだろう。まもなく始まる新たな人生に寛人は心を踊らせた。
瞬間、寛人の周りに青白い光が立ち現れた。オーロラのように美しい光は寛人を取り囲む。表現するなら、まるで光の牢獄のように、美しさの中に怖さを孕んだベールはあっという間に寛人を包み込んだ。突然の出来事に寛人は驚愕と心配の表情で光の檻を見渡した。
「驚かなくて大丈夫。さっき言ったあなたにとって一番要らないものを今回収しているの」
レイシアはさも当然のように言った。レイシアの説明中にも光のベールは輝きを増していく。しかしそのベールに包まれている寛人にはなんの変化もない。体になんの違和感も感じないため、寛人は本当に自分が気がつかないような要らないものを取っているんだなと納得した。
やがて寛人を包んでいた光は弱くなっていき、火が消えるようにふっと、静かに消えた。寛人は手を握ったが、特に違和感もない。しかし先ほどは感じなかった、何か大切なものが抜け落ちたような気配を寛人は感じ取った。
「ね? 特に何ともないでしょ?」
レイシアが寛人の顔を覗きながら言う。
「……」
「あれ? どしたの? うんとかすんとか言いなさいよ」
「……」
「ちょっと、無視しないでよ! 黙ってちゃわからないわよ」
レイシアは語気を強めて寛人に迫る。しかしそんなレイシアのことを寛人は全く見ていなかった。寛人は口を半開きにした間抜けな顔をしていた。ただその顔には明らかに不安と愕然の混在した表情がありありと浮かんでいた。寛人は震える手を喉元に当てた。
「……!!!??」
「ちょっと、何一人で驚いてるの? 教えなさいよ」
レイシアの不満そうな声に寛人は勢いよく顔をあげた。その顔は引きつり、頬が不自然にひくついている。そして寛人はあるジェスチャーをした。それを見てレイシアは言った。
「何その変な動き……。なに? 口の前で右手パクパクさせて、そして手でバツ印? それってどういう――って、まさかあなた……!!」
レイシアは寛人に起こった事態を正確に言った。
「声を、失ったの!!?」