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20話 ゴッド・ワード

「許さない、か……」


 血を吐きながら立ち上がった寛人を前に、ブルートはつぶやいた。脳裏に浮かぶは最愛の家族の姿。そしてその凄惨な最期。瞬く間にブルートの心は怒りで染まっていく。


「許すのも、許さないのも、決めるのは私たち強きものたちだ! 貴様ら人間が決めていいことなど、この世に一つもないのだ!!」


 叫ぶブルートを寛人は見据えた。その目は後悔など、とうに捨てた目。宿るのは自分が信じる正義を果たすために目の前に敵を倒すという強い意志。ただでさえ苛烈なブルートの攻撃を食らって死にそうな体で言葉を発したのだ。内臓は傷つき、頭が激しく痛む。目の前は明滅し、焦点も定まりづらい。それでも、ここで倒れるわけにいかないのだ。寛人は自分に喝を入れ、その足を踏ん張った。


「もう終わりにしてやる! この手で、貴様のすべてを!!」


 深紅のサーベルを一薙ぎすると、ブルートは地面をけって寛人に襲い掛かる。サーベルは両手持ち。力でねじ伏せ、完膚なきまでに打ち倒すべくブルートはサーベルを振った。

 寛人も大きく息を吸い込み、ナイトソードを振り上げる。まっすぐ突進してくるブルートに対し、真っ向勝負の形になる。寛人は目を見開き、相手を見定めると剣を振り下ろした。


「これでっ!!!」


「負けるもんかーーーっ!!!」


 両者が叫び、手にした得物を一閃させる。火花が散り、高い金属音が響く。つばぜり合い。両者の顔の距離は手のひら一枚分もないほどに近い。その距離で彼らは互いをにらむ。


「その体で一撃耐えたことは褒めてやる。だがな、貴様にはもう踏ん張るだけの力もないはずだ。あとは力で私が押し込めば貴様は耐えきれずに、そのまま真っ二つになる」


 ブルートが言ったように血を流しすぎた寛人はうまく力が入らない。そもそも本気の吸血鬼の一撃をまともに喰らって剣を落とさなかっただけ十分なほど。腕はしびれて感覚をなくし、食いしばった奥歯が嫌な音を立てる。今出せる全力の力をもってしても、寛人とブルーとの力の差は歴然。押し込まれていく。耐えきれなくなれば剣をはじかれ、サーベルで切り裂かれるのは明白。


「そうだ、貴様も自分の力のなさに絶望し、私に恐れを抱いたまま死んでゆけ! 私が今まで葬ってきたものたちのように! そこに倒れている貴様の仲間も、その運命をたどるのだからな!」


「!!」


「嘆くがいい、この世の残酷さを、理不尽なことわりを。そして知れ! どれだけ必死に生きようと貴様ら人間がつかめる未来などないとな!!!」


「……」


 ブルートの咆哮はこの空間に響き渡った。残響が残り、不協和音を奏でた。だが寛人にそれは届かない。

 寛人は今自分の命が尽きようかというこの状況の中で、それなのに、その心は凪のように穏やかだった。明鏡止水。その言葉を体現する心の静けさ。

 何も言い返さない寛人を見、ニヤリと笑ったブルート。勝負を決めるべく、寛人のナイトソードをかちあげる。体勢が大きく崩れた寛人に、再び高速の突きをくらわそうと、体勢を低くする。何の反応もない寛人に勝利を確信したブルートは叫びながらそのサーベルを突き立てた。


「愚かさをその身に抱いて滅びゆけっ!!!」



「――」


 赤い閃光を残すかのような突きは確かに放たれた。しかしその刃は寛人の体に一片も届かなかった。

 折れた刃が地面に落ち、乾いた音を立てた。それは地面で数回跳ねると、その身を赤い液体へと変えた。

 動けないブルート。その視線は今しがた体勢を崩し、後ろにのけぞるように体を浮かせていた一人の青年に注がれている。手にした赤いサーベルは中ほどからたたきおられ、ついにはその手から零れ落ちるように元の血へと姿を変えた。サーベルをたたきおった寛人は何も言わず、そして動かない。大きく踏み込んで横方向の一閃を繰り出した姿勢のまま、微動だにしていなかった。


「貴様、いったい何を――」


 ブルートは不気味なものを見たような声色を出した。見えなかったのだ、寛人の攻撃が。視線を外した覚えはない。それなのに見えなかった。流血が止まらないこの体で、どうやってあの速度、力が出せるのか。今まで数えきれないほどの人間を狩ってきたブルートですらわからない、異様な寛人の雰囲気。


「お前じゃねぇ……」


「――なに?」


 どろりと、寛人の耳から一筋、血が流れだす。


「許す? 許さない? そんなこと、お前ひとりが決めていいもんじゃ、ねぇぞ……!」


 ブルートは寛人のその声色と、にらみつけてきた眼光に恐れをなした。今まで人間程度に恐怖など感じなかったブルートが、初めて目の前の人間が怖い、そう感じたのだ。


「俺たちが決めるんだよ、自分の人生は。未来も、夢も、自由も、俺たちの全部はお前なんかに決められていいほど安くはねぇんだよ……!」


 ゆっくりとその体勢を直す寛人から、ブルートは無意識のうちに距離を取った。目の前の人間はもう限界を優に超えているはず。しゃべっただけで口から血を吐くくらいだ。恐れることはない。自分がチョイとつついただけで倒れるだろう。――それなのに、なぜ自分がこれほど相手から圧を感じているのか。ブルートはわからない。


「――はっ……」


 思わずこぼれた笑い。何を自分は恐れているのかと。ただの死にぞこない。それに恐怖を感じるほど、自分は落ちぶれてしまったのかと。なに、あとは自分のスキルで消し飛ばせば、何も残らない。


「そうか……貴様は自分たちの愚かさから目を背けて、それでも抗おうというのか……」


 ブルートの背後に無数の魔法陣が現れる。魔法陣は鮮血の赤を光らせる。


「ならば、その抵抗ごと、私が砕いてやろう!! 『鮮血術式』、烈血の裁き(レッドジャッジ)!!!」


 刹那、魔法陣から鮮血に染まった無数のナイフが姿を現す。鋭利な刃先はすべて寛人に向けられている。鮮血術式の中でも最高火力の大技。たった一人の冒険者相手に使うのはもったいないほどの一撃。


「だったら、俺も使うぜ……」


 寛人がつぶやく。目の前には無数の『死』があるというのに、その心は穏やかだ。


 その時だ。寛人に宿ったスキルに異変が起きたのは。先ほどまで文字化けしていたスキルは、寛人がその力を使おうと思ったことで、ついに完全起動し始めたのだ。



 ――〈種別・パッシブ。内容・使用sy=*+?――――〉



「初級魔法――」


 寛人の言葉と同時に、構えた左手に魔法陣が現れる。



 ――〈内容・使用者がスキルをt&¥!@――――〉



「初級魔法程度で、この私の奥義を受けようなどと――」


「火の詠唱――」



 ――〈使用者がスキルを唱えた時、そのスキルh$#”)――――〉



「火球――」


 寛人が唱えたのは初級魔法、火球。名前通り、炎の弾を生み出し、それを投げつける魔法。とても簡単な魔法でマジックポイント、つまり魔力が少なくても唱えることができる。その一方威力はお世辞にも強くなく、実戦で使う冒険者はまずいない。そんな魔法の、はずだった。


 寛人の魔法陣に現れた火球は最初は一般的なサッカーボール大だった。だがそれで成長は終わらず、どんどんと大きくなっていく。そして最終的には直径三メートルはあろうかという大きさまでになったのだ。


「な、んだそれは――!」


 ブルートは戦慄する。目の前の人間が唱えたのは紛れもなく初級魔法。あまりにも簡単で、威力がない、初歩の初歩であるスキルのはずだ。それなのにこの大きさ。そしてより恐れるべきは内包された魔力量。人間から生み出されたものとは思えない、超高密度の魔力の塊。吸血鬼をはじめとする魔族ですらこれほどの魔力の密度を持つ魔法は放てないだろう。


「ぐっ……!! その程度でッ!!!」


 ブルートはついに大技を放つ。鮮血術式の大技が、まっすぐ寛人に向かっていく。

 寛人は迫る無数の刃を前に、ついにその名を叫んだ。もし、かっこいい技が修得できたら、こんな名前を付けようと思って考えていた名前の一つ。その一つを、寛人はたかが初級魔法の火球に授けた。炎の力を持ち、そしてその能力が抜きんでた者を指す、『豪』を冠する名前を。


炎豪(えんごう)!!!」 


 放たれた火球は、初級魔法の域を優に超え、高等魔法、いやそれ以上の力をもって烈血の裁き(レッドジャッジ)と衝突する。そしてその無数の血の刃を一瞬で蒸発させた炎豪はその勢いが衰えることもなくブルートに直撃する。


「なんだとッ……ごボッ……ハッ!!!」


 あまりの灼熱。ルナの爆炎魔法ですら傷一つ負わなかったブルートは、そのあまりにも魔力純度の高い一撃に吹き飛ばされる。

 火球はブルートを飲み込んだまま岩肌に直撃し、凄まじい勢いで爆散した。衝撃は洞窟どころか山をも揺らす。圧倒的威力によってえぐられた岩壁は黒く焦げ、そこにブルートが突っ伏していた。


 寛人が炎豪を放った瞬間。寛人がこの世界に転生したときから身に着けていたスキルが完全起動した。声を失ったことで手にしたスキル。寛人しか持っていない、特別なスキル、『真・言の葉(ゴッド・ワード)』は、皮肉にも声が出せないはずの寛人が無理に声を出したことで、その姿を現したのだ。



 〈内容・使用者がスキルを唱えた時、そのスキルは神と同質の力を持つ。〉

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