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19話 声

 戻ってきた大きな空間。ほんの数分しか離れていなかったが、空気はどこか変わったような気がする。

 ルナが首元にサーベルを当てられ、吸血鬼がサーベルを振り上げた時だった。ルナの体には生傷が多く、とても動けそうにない。こみあげてくる怒りが恐怖を塗りつぶしてくれる。


 吸血鬼がこちらに気づいた。その目は相変わらず冷たく、見つめられただけで震えそうな目。その目を寛人はそらすことなく、にらみ返した。


「無様に逃げたと思えば、どうしてここにいるのだ、貴様は?」


 吸血鬼は振り上げたサーベルを下ろしながら寛人に体を向けた。寛人はその言葉に黙って剣を抜くことで答える。倒れたルナが寛人を見ながら名前をささやいたのが見える。


「なるほど、貴様は自分も死ぬためにここに戻ってきた。そういうことか」


 剣を抜いて構える寛人を見ながらブルートは笑った。バカにした笑い。


「……」


「――だがなんだ? その目は。まるでこの私を倒すかというような目ではないか」


 寛人の目は恐怖などまるで浮かんでいない。その目にブルートは不快感を覚える。


「身の程知らずが。何をしようとこの私を倒すことなど不可能と思い至らないのか。――それならば、今この女のように、貴様も刻むだけだ……!」


 深紅のサーベルを構えなおしたブルートは、カタパルトではじき出されたように寛人に襲い掛かる。


「死ね」


 当たれば一撃で致命傷かという横なぎの一閃を、寛人はしゃがむことでかわす。黒の頭髪の先がサーベルで切り飛ばされる。

 寛人はカウンターでナイトソードを思い切り斬り上げる。鋭く空を切る剣の狙いはとがった細い吸血鬼の顎。


「その程度で」


 顔を後ろにそらすことで、いとも簡単にそれをかわしたブルート。その手に握られたサーベルは上段。体勢を戻したブルート。上段切りがうなりをあげて寛人の頭に迫る。


「……!」


 寛人はとっさに剣を横にし、それを受ける。ビリビリとすさまじい衝撃が腕に響き、そこから体に伝わった。片手でこのパワー。両手で剣を持つ寛人とは力の次元が違う。


「どうした、押し込まれているぞ?」


 挑発の笑みを浮かべながらブルートはさらに寛人の剣を押し込んだ。寛人の顔が苦痛にゆがむ。


「私を倒すのではなかったのか、人間!」


 ブルートは足を後ろに振り上げると、ボールをけるようにがら空きの寛人の腹に突き立てた。深々と刺さった足をブルートは降りぬいた。


「……!」


 なすすべなく転がる寛人。肺から空気が吐き出され、胃からはすっぱいものがこみあげてくる。

 何回転もした寛人は受け身を取ることもかなわず、固い岩肌にたたきつけられる。頭をしたたか打ったことで視界に火花が散り、意識が飛びそうになるが、それを何とか気合でとどめる。

 手放さなかったナイトソードを杖のように使ってなんとか上体を起こす。その頭上に冷徹な言葉が浴びせられる。


「無様に散れ」


 再び上段からの一撃。うなりをあげて首筋に迫る。いまだ強打したことによってはっきりとしない意識の中で寛人は前に飛ぶ。その時今さっきまで倒れていたところにサーベルが突き刺さった。固い岩肌はクッキーのように砕かれる。自分に当たれば確実に死んでいたなと、地べたに伏しながら意識を元に戻す。


 振り返ったブルートは残酷な笑みを浮かべた。転げまわる寛人をあざ笑い、どう殺してやろうかという算段を立てる。獲物は三匹。愚かにも自分に向かってきたものたちだ。見せしめのように残虐極まりない殺し方がいいだろう。ばらばらにするもよし、めった刺しもよし。いたぶるだけいたぶって、精神を壊すのもいいなと考えを頭で転がす。


 ブルートが考えを巡らせる中、寛人はなんとか立ち上がる。膝が震え、指先の感覚も薄れている。それでもこんな簡単にあきらめるわけにはいかない。寛人は歯を食いしばって、正眼に剣を構える。


「そうだ、まだこの程度だぞ。倒れるのは早いよな、人間。さぁ、来い!」


 言われるまでもないと、寛人は持てる力のすべてを腕に込め、大きくナイトソードを振りかぶる。奥歯が砕けそうなほど食いしばり、視線はまっすぐ吸血鬼に。渾身の上段切り。それを吸血鬼の脳天向けて振り下ろす。

 その一撃をブルートは涼しい顔をして受け止める。金属独特の高い音が響き渡る。寛人は体重をかけ押し込もうとするが、サーベルはびくともしない。ブルートは何とも愉快そうな表情。何もできない寛人をバカにし、楽しんでいるのだ。


「そうだ、もっと来い! 血を流し、命を削り、そして己の無力さを思い知れ!!」


 ブルートはいとも簡単に寛人の剣をかちあげる。浮いた寛人の体はがら空き。そこに何発もの突きが直撃する。何発かは寛人の体を突き抜け、サーベルの切っ先が背から見える。が、それは即死の一撃にはなっていない。ブルートが死なないところを狙って突きを繰り出しているからだ。


「……!!!」


 まともに突きを食らった寛人の口から血が吐き出される。焼けるような痛みが意識を吹き飛ばす。後ろによろけた寛人にブルートは追撃の回し蹴りをくらわせる。左横腹に突き刺さった蹴りは何本ものあばらを砕き、そのまま寛人を岩の壁に吹き飛ばした。寛人がたたきつけられた岩肌はあまりの衝撃に砕け散り、土煙をあげた。

 壁に寄りかかるように立っていた寛人は、意識がほとんど飛んだ状態。手からはナイトソードが零れ落ち、むなしい音を響かせる。寛人は壁に背をこすりながらへたり込むように倒れた。


「ヒ、ロト……!」


 倒れた寛人にルナが声をあげる。しかしその声も弱弱しく、寛人には届かない。

 痛々しいルナの声だけが響くと、ブルートはつまらなそうに動かなくなった寛人を見た。


「こんなもの、か。気持ちだけは一人前だったのだろうが、それではなにもなせない。力もないのに私に挑んだ、決まりきった結果だ」


 薄れゆく意識。寛人は後悔した。なぜこんな化け物にまた挑もうなどと思ったのか。なぜ逃げなかったのか。かなわないことなど、当の昔に、ハインツがやられたことでわかっていたではないか。それでもルナは自分に、逃げろと、言ってくれたではないか。その覚悟は並大抵の決断ではなかったはずだ。それなのに、自分はルナの覚悟を踏みにじってここに戻ってきてしまった。何ともかっこ悪い、無様な姿だろう、何もできないで返り討ちとは。


「しかし本当に愚かだな、人間というのは。貴様らもそうだが、あの村の者たちはもっと愚かだった」


「……!」


「貴様らのことだったのだろうな。お前たちの名を必死に叫んでおったぞ。どれだけ救いの声をあげようと助けなど来ないというのに、来ても何の救いにもならんというのに、自分の最期というものに向き合おうともしない。強者が弱者を食い殺す。この真理を受け入れない、愚者の集まりだった。誰かにすがらないと自らの命一つ保証できない、子供一人も敵の手から守れない」


「……!!」


「子供もまるで間抜けだったな。お前なんか兄ちゃんたちが倒す、だとか言っていたな。ただの虚勢。親兄弟が目の前で殺され、気でも触れたかと思っていたが。貴様らは結局、子供たちの英雄ですらなかったということ」


「……!!!」


「力のない弱者は、強者にその人生すら決められるものだ。いつだってそれは変わらん。貴様ら弱い人間どもは我らのような力のあるものにひれ伏すしかないのだよ。それなのに、人間は愚かにも我らを支配し、滅ぼそうとした。世界の絶対的真理を理解しようとしない、野蛮な獣以下の存在! そんな貴様らが己の人生を歩むことなど――」


「ふざけるな……」


 空間に響き渡るブルートの冷徹な声を、突然違う声色が遮った。その声はルナの鈴のような声でもなく、ハインツのバリトンの声でもない。その声はどこか頼りなく、小さいものだったが、確かにこの空間にいる全員の耳に届いた。


「ふざけるな……!!」


 より大きく響いた声は大気を震わせる。ブルート、ルナはその声の主を見、ハインツはその声に意識を取り戻した。


「どれだけあんたが強かろうと、あんたが決めていい人生なんて、この世には一つもないんだぞ!」


 鼻から熱いものが吹き出すのもかまわず、その人物は声をあげる。ただでさえぼろぼろに傷ついた体を痛めつけることになることを知りながら、声をあげた。


「みんな必死に、生きてた、生きようとしていたんだぞ。夢や未来を思い描いて、それがかなう日を信じて、力振り絞って、それでも笑顔で、生きてたんだぞ!!」


 口から血があふれ出し、意識がより薄れそうになるも、それでも叫ぶ。


「愚かなのはあんたのほうだ……! 絶対許さねぇ……俺が、絶対お前の腐った性根、叩き直してやる!!!」


 血を吐きながら立ち上がった寛人は、再び剣を握った。今度こそ目の前の敵を打ち倒すために。


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