プロローグ:三番目の個室、塩素の香る楽園
#ヤンデレ #執着 #ダークロマンス #ホラー #創作
2005年、東京。
東京の秋の空気は、まるで鈍いナイフのようにエドの肌を切り裂いた。ジャカルタから越してきてわずか三ヶ月の十一歳の少年。彼にとって学校は学ぶ場所ではなかった。そこは、理解できない言葉を話し、それでいて彼が痛いほど理解できる調べ――「嘲笑」で笑い合う、小さな怪物たちが詰まったコンクリートの箱だった。
鴎小学校、旧校舎三階。トイレのドアの前にエドは立っていた。制服は誰かに踏みつけられた足跡で汚れ、口角はズキズキと痛んでいた。
インドネシアでは、「弱い」という理由で殴られた。日本では、まるで死んでいない幽霊のように無視された。
「もし僕が本当の幽霊になったら、あいつらはようやく僕を見てくれるのかな……」
彼は静寂に向かって、ぽつりと呟いた。
床は冷たく、鼻を突くような洗剤の臭いが漂っている。エドは十円玉を持っていなかった。勇気も持っていなかった。ただ、気が遠くなるほどの「疲労」だけを抱えていた。
彼は三番目の個室へと歩み寄った。塗装の剥げた木製のドアは、まるで異界への入り口のように見えた。
コン、コン、コン……。
木を叩くエドの小さな手は震えていた。
「花子さん……遊びましょう」
震える声には、一時間目の休み時間からずっと堪えてきた嗚咽が混じっていた。
返事なんて期待していなかった。ただ、誰かに――たとえそれが悪魔であっても――自分の存在を認めてほしかった。
沈黙。隅にある壊れた蛇口から、水滴が滴る音だけが響く。
しかし、エドが冷たいドアにぐったりと額を預けたその時、声がした。個室の中からではない。まるで、脳の裏側に直接囁きかけられたような声。それは柔らかく、掠れていて、古い紙の埃と錆びた鉄の匂いを運んできた。
「……あなたも……置いていかれたの?」
エドはびくりと肩を揺らしたが、逃げなかった。恐怖よりも、誰かに抱きしめられたいという渇望が勝っていたのだ。
「僕には、誰もいないんだ」
東京のど真ん中にいることも忘れ、エドはインドネシア語で答えた。「連れて行って。お願い、君のいる場所に連れて行ってよ」
三番目の個室のドアが、ゆっくりと、ギィ……と音を立てて開いた。中の闇は、エドがこれまで見たどんな夜よりも深く、濃かった。その闇の奥から、指先が赤く染まった青白い手が這い出してきた。
その手はエドの首を絞めることはなかった。代わりに、そっとエドの頬に添えられ、涙と泥の汚れを、痛いほどの優しさで拭った。
曇ってこびりついた鏡の中に、エドは「それ」を見た。おかっぱ頭に、古びた赤いスカートを履いた少女。彼女は背後に立ち、死人のように青ざめた顔で、それでいて恐ろしいほど執着に満ちた瞳でエドを見つめていた。
「かわいそうな子」
なぜかエドの心に直接届く日本語で、花子は囁いた。「この世界は、あなたには少しうるさすぎるわね。あいつらを静かにさせましょう……一人ずつ」
2005年のその日、エドは求めていた「死」を見つけることはできなかった。代わりに、それよりもずっと危険なものを見つけた。
呪いという抱擁の中で、生き続けるための理由を。
切なさと狂気が入り混じる物語です。




