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03 『一年間の罠』


 ここで一つ、アルフェウヌは最初から親を信じていないと心の中で宣言していた。故に己の父と母(皇帝と皇妃)だけでなく、異母も同様に信用していない。

 そしてアルフェウヌは人使いに関してのみ胸を張れるほどの自信があった。それはもちろん雑に命令を下して無駄に使わすことではなく、そのメインは采配にある。能力を見極めて適材適所に運ぶ自信が唯一、アルフェウヌにはあったのだ。



 それを踏まえて、ライスピアの誕生日――


 一年前のこと。



          ◆◇◆◇◆



「来年のライスピアの誕生日――俺は一か八かの賭けにでる」


 専属執事を部屋に呼び出して、アルフェウヌは告げる。


「皇帝陛下の弱みを握る――それを貴方に指示することを許せ、専属執事よ」


 もう八年の付き合いになるこの専属執事なのだが、アルフェウヌは未だに彼の本名を知らない。聞いても流される。故に専属執事、という役職名で呼んでいる。

 微妙な距離感があるのだ。


 無論、アルフェウヌとて最初から彼に心を許しているわけではなかった。最初――かれこれ五年前までは皇太子としての仮面を被り、弟を見習って物腰柔らかい態度で彼と接していた記憶がある。


 だが、今は別だ。

 この専属執事は素のアルフェウヌを知っている。

 気を許していない相手には『私』という一人称を使い、口調を優しくしているアルフェウヌ。

 五年近く彼にはその態度を見せていない。

 なんせ彼は――、



「かしこまりました。完膚なきまでに遂行してみせましょう」



 どんな無茶にも二つ返事で答えてくれる。

 忠誠を示すかのように跪いてくる姿勢は最初こそ不可解であったが、今となっては既に慣れっこだ。


「陛下の弱みはどんな時にも役に立つ。――ライスピアの誕生日を祝わず、そしてこれ以上俺の弟を舐め腐るような輩がいるようであれば排除する。その手助けにもなるだろう」


「……今年まで、アルフェウヌ様以外のお方は祝うことさえしていませんでしたからね」


 アルフェウヌは眉間に皺を寄せ、苛立たしげに述べた。


「ああ。今年まで様子を見ていた。だが、もう我慢の限界だ。弟の悲しみに満ちている顔など見たくはない。だからこそ、俺はやれるだけのことを最大限やるつもりでいる」


「――――」



「こんな俺だが、専属執事、ついて来てくれるか?」



 齢八とは思えないほどに成熟しているアルフェウヌの口調や態度――それらに惹かれて専属執事はここにいる。だからこそ、断る道理を何一つとして持っていなかった。


「心得て」


 アルフェウヌは安堵したかのように表情を穏やかにした。


「ありがとう。兄として来年こそは、弟の誕生日を盛大に、それはもう燦然と輝いているイルミネーションを初めてみた時くらいの衝撃を植え付けなけてやらねぇとだな!! 多くの人に来てもらって、そして忘れることのできねぇ煌めく誕生日会を開催してやる!!」


 アルフェウヌの行動理念はいつだって、弟と妹の笑顔にある。いつ何時も、弟と妹の気持ちを第一優先にして考える節があるのだ。


 専属執事は暫く頭に疑問符を浮かべていたのだが、ともかく切り替えて、来年のライスピアの誕生日を備えて提示されたいくつかの命令を一つ一つ成していった。

 


          ◆◇◆◇◆



 かくして、アルフェウヌは一年も前から様々な場所に張っていた罠を全てを回収する時が来たのだ。

 

 そして皇城らしい綺麗な廊下を進むそのアルフェウヌの服装もまた、皇族らしい綺麗な正装である。正装というのは緑色が基調の制服の上から白いマントを羽織っているものだ。


 しかし、白い手袋は着けていない。ここまで整えていても弟に会いに行くためだけに身につけていた、白が基調のラフな格好なのだ。


 そして向かう先はもちろん、皇帝陛下の側室が暮らす別館である。無論、許可はとっていないため突撃訪問になるのだが、皇太子としての権威があれば然程問題はないはずだ。


 すると、後ろをついてきている専属執事から言葉を投げかけられた。


「アルフェウヌ様、浮かれすぎです」


 彼は先ほど目配せをしたばかりの青年だ。

 共に罠を張っていてくれたり、皇帝陛下の側室が暮らす別館に突撃する、と報告したら渋々ついてきてくれたりと、何かと心優しき執事である。


「浮かれていたって良いだろう。ライスピアに害を成した婦人をこの目で見るために向かっているんだぞ」


 ライスピアは凄いのだ。五歳の時には既に物腰が柔らかく人に接していた。見習わなければならない点が多い。ゆえに実に誇りに思う、というのがアルフェウヌの評価だった。


 しかしながら、ライスピアはその人間性も努力も正当に評価されず、過労死一直線の生活を送っている。弟妹に対して正当な評価を下さない者を許せてなるものか。


「十月……今日は待ちに待ったライスピア様のお誕生日ですからね。ですが、使用人の間でも話題にすらあがりませんでしたよ」


 去年も一昨年もライスピアの誕生日会は主役とアルフェウヌ以外の人は来ることもなかった。となれば専属執事が嘘をついていないことくらいはすぐにわかる。

 本当にライスピアをなんだと思っているんだ?


「……それに皇位継承権を争う兄弟同士の仲が良いのも、皇帝陛下はどう思っているのでしょうか」


「父上が何を思おうと、弟や妹に対して険悪な空気を作るなんて私には無理だ。心が痛んでしまう」


 もしこれを良く思ってなかったとして、険悪な空気にしようと手を出してきたら皇帝だって関係ない。『クソ親父』だって吐き捨ててやるとアルフェウヌは心に決めている。


 元より親なんて信用していないのだ。だから早く自立出来るように、知識も技能も十分に蓄えておかなければならない。それが十分に出来ていたら、もし何かあった際に弟や妹を守ることだって出来るだろう。


「案外良く思われているかもしれませんよ」


「そうかもしれないな。だが止めよう。皇帝陛下の意思を予想するなんて無礼になるかもしれない」


「…………」


 専属執事は黙り込んだ。そして不思議そうにアルフェウヌを見つめたのちに口を開いた。


「そういえば、プレゼントはお渡しになられないのですか?」


 小首を傾げてそう聞いてきた。

 さきほど、誕生日の弟の部屋に行っていたアルフェウヌの手元にプレゼント箱が見当たらなかったからこそ、専属執事は疑問に思っているのだろう。

 しかしながら、アルフェウヌは明るい顔をして答えた。


「それなら既に渡しているぞ」


 その答えによって、執事の頭の中は更に疑問符だらけになったのか不思議そうな顔をした。


「確かライスピア様のお部屋に向かわれた際の時刻はまだ陽没四時で、アルフェウヌ様が眠っている時間も含めたら渡している隙なんてないはず……」


 執事が言う陽没というのは元いた世界で言う大まかな夜を表している。この世界には陽昇〈朝〉と陽没〈夜〉の大まかな時間と、


〈陽昇は六時〜十八時・陽没は十八時〜六時〉


 と定められており、時間で区切られている。陽没・陽昇を省いた数字のほうの時間は前いた世界と対して変わらないらしい。標準時というものもあり、この世界もまぁまぁ発展しているのだ。

 何より月が一月から十三月まである点を省けば、一月の日数も然程変わらない。


 そう――つまり今は朝の六時、お日様が昇っいる真っ最中だ。外はまだ少しだけ暗いだろう。この世界でも基準として日付けが変わるのは前の世界と同じらしい。

 それを踏まえて、


「いつ……?」


 執事は震えた声で聞いてきた。


「もちろん、零時丁度――今日になったタイミングでだ。兄なら弟の誕生日は誕生日になった瞬間に祝いたいものだろう? だからライスピアの部屋のドアの前で張っていてな。日付が変わったタイミングで渡させてもらった」


「…………」


 その説明に、執事は二の句が継げなくなったのだろうか。

 別館の前に着くまで一言も話さなかった。


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