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本日も断罪いたしましたわ――全部勘違いでしたけれど  作者: くろのわーる


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第5話:上品な顔をした公開処刑サロン



 午後のサロンは、いつも通り優雅であるべき空間だった。


 紅茶の香り、軽やかな笑い声、上品な社交の会話。


 ――少なくとも、形式上は。


「……聞きまして?」


 一人の令嬢が、扇子の陰で囁いた。


「例の、公爵令嬢様の“試験”のこと」


 その一言で、空気が一段階だけ冷える。


(試験)


 その単語は、紅茶に入れる砂糖のように、場を一気に支配した。


「婚約者を……“試して”いるのだとか」


「まあ……なんて高度な選別」


「選別……?」


 言った本人は、何かに気付いて口をつぐむ。


 それは“今の言葉を言い換えるべきでは?”という本能だった。


「しかも、結果がすでに……複数」


「複数……」


 誰かが小さく息を呑む。


(複数人が“結果として処理された”)


 誰もそうは言っていないのに、誰もがそう理解してしまう。


「伯爵家のご子息ですら……」


「完璧な方だったと聞きましたのに」


「完璧“だった”……?」


 言葉が勝手に死の匂いを帯びていく。


 令嬢たちは気付いていない。


 ただ会話しているだけだと思っている。


 だが実際は、全員が“判決の読み上げ”をしていた。


「少し……怖くはありませんこと?」


 ぽつりと一人が呟いた。


 それは正確には疑問ではない。


 “共犯になりたくないという祈り”だった。


「だって、基準が分からないのですもの」


「どこで落とされるのか、誰も知らないなんて」


「……息を吸っても、ですか?」


 その瞬間、場が止まる。


(息を吸っても落ちる?)


 そんなはずはない。


 ないはずなのに、誰も否定できない。


 なぜなら――“分からない”からだ。


 その時だった。


 サロンの扉が、音もなく開いた。


「――ごきげんよう」


 静かな声。


 なのに、全員の背筋が一斉に伸びる。


 そこに立っていたのは、公爵令嬢。


 話題の中心人物そのものだった。


(来た)


(今、来るべきではない人物が来た)


 誰もそう指示されていないのに、全員が同じ結論に至る。


「お話、楽しそうですわね」


 穏やかな笑み。


 完璧な所作。


 何一つ乱れていない。


 それが逆に、最も怖い。


「い、いえ……そのような……」


 令嬢の声が裏返る。


(違う、これは雑談です)


(裁かれるような会話ではありません)


 だが、すでに遅い。


「構いませんわ」


 彼女は静かに椅子に座る。


 まるで――審査官の席に。


「噂というものは、広がるのが仕事ですもの」


(噂は仕事)


(つまり今、私たちは“業務報告をしていた”ことになるのでは?)


 誰かがそう考えてしまった瞬間、紅茶が少し苦く感じた。


「それで?」


 カップを持ち上げる仕草すら、優雅すぎる。


「わたくしは、どのように語られておりますの?」


(来た)


(確認ではない)


(最終確認だ)


 令嬢たちは全員、同時に悟る。


 これは会話ではない。


 “採点前の口頭試問”である。


「……殿方を、試していらっしゃると」


 誰かが答える。


 声は震えていない。


 だが、手は震えていた。


「ええ」


 即答だった。


「その通りですわ」


(肯定された)


(訂正されない)


 つまり――事実。


 サロンの空気が一段階、重くなる。


「なぜ、そのようなことを……?」


 これは質問ではない。


 “最後に残された生存確認”だった。


 彼女は紅茶を一口含み、ゆっくりと言う。


「簡単なことですわ」


「わたくしにふさわしくない方と、時間を分かち合う理由はございませんもの」


(ふさわしくない)


(時間を分かち合わない)


 つまり――“同席不可”。


 一部の令嬢の顔が青くなる。


 なぜなら、今この瞬間のサロンもまた――“審査対象”に含まれている気がしたからだ。


「誠実さは、取り繕えるものではありませんわ」


 その言葉で、誰も息を吸えなくなった。


(誠実さ=取り繕えない)


(では今の私は?)


(私は今、取り繕っている?)


 思考が勝手に自滅していく。


「ですので」


 彼女は静かにカップを置く。


 音がやけに大きい。


「皆様も、試されてみます?」


 その瞬間――

 サロン全員の脳内で同じ翻訳が発生した。


(試される=選別開始)


(今ここで?)


(全員?)


「…………」


 誰も動けない。


 誰も喋れない。


 紅茶だけが、普通に香っている。


 やがて――


「い、いえ……私たちは……その……」


 誰かがようやく声を絞り出す。


 だがそれ以上は続かない。


 “拒否”ではない。


 “申請放棄”だった。


 沈黙。


 完全な沈黙。


 その沈黙を見て、公爵令嬢は小さく頷く。


「……そうですのね」


「ここにはまだ、“残れる方”はいらっしゃいませんのね」


(残れる)


(残れない)


(ここにいるだけで試験)


 誰も訂正しない。


 できない。


 こうしてサロンは――


 ただの午後のお茶会から、全員が勝手に受験生になる空間へと変貌した。


 そして本人だけが最後までこう思っている。


 今日も、皆様と穏やかにお話できましたわね。


 後日。


「お嬢様、サロンへの参加者が著しく減っているそうです」


「そう……皆様、お忙しいのね」



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