第4話:大事件発生
「エリス、本日の予定は?」
テーブルの向かいで、ともに午前の紅茶を味わっていた侍女に尋ねる。
「お嬢様、本日は婚約者試験を受けたいという者が一人おります」
試験の話は、すでに翌日の朝には社交界の話題となっていた。
「次は誰が犠牲になるのか」
「どのような勘違いだったのか」
皆、興味深げに囁いている。
――ええ、構いませんわ。
私は見せるために、やっているのですから。
誠実さの裏側に隠された事件を解き明かすために。
昼前、屋敷の中が少しだけ緊迫していた。
誕生日会の後に、しっかりとアポイントメントを取ってきた律儀な来客。
「本日は、お時間をいただきありがとうございます。シャルロット嬢」
目の前に立つのは、伯爵家のご子息。
社交界で何度か、顔を合わせたことがありますわ。
落ち着いた物腰に、丁寧な言葉遣い。
洗練された仕草。
貴公子といった風貌。
ご令嬢たちからの人気は高いと、伺っております。
前回とは違い、“まともそう”に見える方。
見た目だけは……。
「いえ、こちらこそ」
私は微笑む。
彼も釣られて、微笑む。
少し離れた位置にいる侍女には、さぞ良い雰囲気に見えていることでしょう。
「それで、今回はどのような試験を?」
期待と、わずかな警戒。
良い傾向ですわね。
「簡単なことですわ」
私は軽く扇子を広げる。
「本日一日、“あなたのセンス”を見させてもらいますわ」
――観察された時、人は良く見せようと無理をする。
人は、自分でも気付いていない“本能”を選んでしまうものですから。
「……センス、ですか」
困惑した表情。
「ええ」
その顔に視線をまっすぐに向ける。
「どうぞ、ご自由に」
――どのように振る舞うか、すべて拝見しておりますわ。
一瞬。
ほんの一瞬だけ、彼の瞳が揺れた。
けれどすぐに、整えられる。
「承知いたしました。私のセンスがシャルロット嬢に刺さるか、試させて頂きます」
――その言葉が、どこまで本物か。
確かめさせていただきますわ。
この目で――しかと。
「それでは、よろしくお願いいたします」
軽やかにスカートの端を浮かせると私は彼に近寄る。
反対側には侍女のエリス。
まずは、定番の服のセンスからよ。
マジマジとつま先から頭の先まで見定める。
「あ、あの……これはいったい?」
「黙って下さい」
エリスから厳しい叱責。
黙らせた彼を静かにじっと、品定めする。
見終わるとエリスから声がかかる。
「お嬢様、こちらへ」
部屋の隅、聳立に隠れる。
彼は私の姿が見えなくなるまで見送っていた。
侍女も一礼すると、私の後ろに付き従う。
もちろん――完全に離れるわけではない。
これからするのは、採点だ。
「お嬢様、気付きましたか」
彼女の冷たい声。
「ええ、当然ですわね」
いったい彼女は何に気付いたというのかしら。
「……ズレておりました」
そのひと言で……全て理解しましたわ。
……さて。
どちらが“本当の姿”なのかしら。
採点後。
私たちは、何事もなかったかのように彼の前に立った。
整った笑み。
乱れのない所作。
薄っぺらい言葉。
――そして、完璧な髪型。
「お待たせしましたわ」
侍女と戻った私は彼に近づく。
「流行の服、清潔感、試験を受けに来ただけのことはありますわね」
たったこれだけの言葉で彼の表情が、わずかに緩む。
――その瞬間。
「ただ」
静かに、言葉を落とす。
終わらす訳がない。
扇子で目標を差す!
「そのカツラは、少し外れやすいようですわね」
彼の表情が凍った。
私の鋭い視線が彼をいとも容易く貫く。
空気が、張り詰める。
「……何のことでしょうか」
声が、ほんのわずかに硬い。
白々しい言葉。
不快を感じているのか、眉が少しだけ上がる。
扇子をゆっくりと開き、口元を隠してから告げてあげる。
「じっくりと見させてもらいましたわよね」
それだけで十分だった。
彼は何かを言いかけて――言葉を失う。
もう、取り繕えないと理解したのでしょう。
「全て、お見通しですわ!」
私が扇子でビシッと差すと、侍女のエリスが動く。
証拠を奪い取るために、彼の髪へ。
ええ、重要な証拠ですからね。
「痛たっ!痛い!――」
私は即座に視線を外す。
興味を失ったように。
「エリス、戯れはそれくらいに」
ゆっくりとエリスも手をしまった。
――質感が似ておりましたものね。
静かに扇子で仰ぎながら、窓の外を見る。
それが合図。
彼は何か言いたそうに、私と侍女を睨むがすでにエリスが扉を開けて待っていた。
有無を言わせない連携。
来た時とは、違い。
彼の肩は怒っていた。
けれど。
扉から出る直前。
ほんの一瞬だけ――振り返る。
その目には、先ほどまでの余裕はなく。
私に向けられた隠しきれない感情が、剥き出しになっていた。
――どうやら。
仮面が一度外れてしまえば、戻せないようですわね。
それが貴方の、本当の姿でしたか……。
彼が出て行くまで、一度も目を合わせることはなかった。
エリスがゆっくりと扉を閉める。
異物がいなくなった部屋に静けさが戻った。
……さて。
今回は、少しだけ。
ほんの少しだけ――期待していたのですけれど。
窓の外では陽が煌々と照らす。
開いていた扇子を閉じると、エリスに話しかける。
「――次は、どなたが残るのでしょうね」
「お嬢様の審美眼を欺ける殿方など、おりませんわ」
――ええ、だから。
誰一人、残れないのかしら。
――試験は、まだ始まったばかりですもの。
「――ええ、まだ」




