06.部下
「もしもし」
柊は2コール目で出た。連絡が付きにくそうだと勝手に思っていたが、なんやかんや連絡の速い男で助かる。柊はどうやら眠っていたようで半分寝ぼけたような声で答えた。
『なんだ。何か用事か』
爺さんは朝早く起きるイメージがあったがこの老人は違うようだった。どうやら本当に医者を本業としてしているらしく、普通の人間と同様の生活リズムで生きているようだった。いや、そもそも夜の世界、もといヤクザ等の裏社会の世界では活動的なのはお察しの通り夜が多いため、朝から活動的な人の方がレアだと捉えられがちである。まあ、そもそも真昼間から活動して下手に警察やら何やらに目を付けられるわけにもいかないし、何しろ白昼堂々任務などできるはずがない。下手すれば一般人も巻き込みかねない。そうなれば一発でお縄だ。
「彼女、目覚めました。俺はどうしたらいいっすか」
眠そうにしている老人は驚いたようで、電話口の向こうで物音がした。そして何かをがさがさと漁って何かを持ち出すと、そのまま電話を切った。どうやらこの部屋に向かってくるようだ。聖はそのまま扉を開き病室に戻った。
「おい、今から医者が来るからじっとしてろ」ぶっきらぼうにただそれだけ言って壁に凭れ掛かって白髪の彼女の様子を見た。直視はしないが視界に入るようにした。直視をすれば逃げられるかもしれない、そう思った。別に根拠はないけれど何となくそんな気がしたのだった。白髪の彼女は案の定、逃げる素振りこそ見せないが布団を頭から被って隠れるような素振りを見せた。足や髪の毛がはみ出ていたが本人は隠れているつもりらしい。下手だなあ、そう思いながら見なかったことにした。彼女には彼女の事情がある。指摘しても無駄かもしれないそう考えていた。別に彼女のことを言葉の通じないモンスターだと考えたことは微塵もなく、一人の人として受け入れている。それはもちろん当たり前のことだ。まあ、しかし彼女が医者という言葉をどこまで理解しているかは、微塵も見当はついていないが…。
「入るぞー」扉の向こうからしわがれた年寄りの声が聞こえる。柊だ。柊は小さくノックをすると部屋に入ってきた。もちろんその足音は静かで厳粛なものであった。まるで忍者かのようにベッドサイドへと歩を進めていった。柊は無言でその場に立ち尽くすと暫くして「顔を見せなさい」と優しい声で呟いた。恐らく白髪の彼女にも聞こえているだろう。
彼女はもぞもぞと顔を布団から出すと、ぼさぼさになった白髪で半分顔が隠れていた。聖は何となく見てはいけないような気がして、窓の外をぼんやりと眺めた。そもそも聖には若い女の傷だらけの姿を見る趣味もなければ、若い女の素肌や裸を眺める趣味はなかった。そもそもの話、女の肌だの髪だのと言ったものはあまり好きではない。触れたいとも思わないし、そもそも潔癖症であるので興味がわくことなどなかった。好きでもない女の肌に触れる等というのは御免である。この女はただかわいそうだったので助けてやっただけだ。金属音や、はさみの音が聞こえる。はさみが布を切り裂くような音。どうやら包帯やらガーゼやら色々取り替える作業をしているらしい。
ぱたぱたと足音が聞こえる。その足音はこの部屋にだんだんと迫ってきており革靴の音である。重い革靴の音。廊下で反響するとより重苦しいものと感じられる。その足音が部屋の前までやってくると柊はカーテンを閉めた。白髪の彼女を守るためだろう。軽いノックの音と「アニキィ」という呼び声。聖の部下である恩田宗助の声である。「入れ」と短く返して聖もドアの方に向かった。
聖はそのまま何も言わず書類の入った茶色い封筒と、透明な袋に入った銃弾を恩田に渡した。無言の圧というやつで一言も発さない聖を見て、恩田は何かを察したのか「了解しました。結果が出次第また連絡します」と告げると踵を返した。恩田の服の背中側の首元をぐいっと引っ張り自分の近くに寄せると「直接言いに来い」と耳元に囁いて手を離し、背中を手で押すようにして突き飛ばし部屋から追い出すと、恩田は化け物にでも襲われたかのように全身冷や汗をかいた状態で、足早に部屋の前から立ち去って行った。
聖は少しばかり使えない部下に小さなため息をつきながら部屋に戻り、今度はパイプ椅子に腰かけた。ずっと窓の外を見ているわけにはいかないし、窓の外を見れば先ほどの使えない部下のことが頭によぎって、この窓から飛び出してでも部下の胸ぐらをつかんで顔面をぶん殴りたくなりそうだったからだ。流石に今暴力沙汰を起こすのは得策でもなければ、あの白髪の女のためにもならないことは聖も馬鹿ではないので頭ではしっかりと理解していた。聖はこじんまりと座ると膝の上で拳をきつく握りしめ、無言でカーテンの方を見た。音は機械や機材の音のみで静かだった。声も大きな音もあまり立てられる様子はない。




