15.愉楽な旅を所望する
「ほんと」
レオが過ぎ去りし懐かしい記憶を振り返っていると、リチェは有言実行とばかりに街の高台からスケッチしながらぽつりと言葉こぼす。
「僕だって人間なんだから、それなりの道徳心をもっているのにね」
リチェは目線をキャンバスに固定したまま、いつもと変わらないゆるい笑みでくすくすと音を立てた。
つかみどころのない人間ではあるけれど、最強で最恐の番人とも言えるリチェ。そんな人間を国側に引き入れた王がリチェに甘いのは当然と言える。
「なら、真面目な顔をするんだな。いつも締まりのない顔をしているから信用されないんだ」
「うーん。それは聞き捨てならないね」
スケッチするのは休憩と言わんばかりに鉛筆を置いたリチェはレオと目線を合わせると、指先を自身の眉間にもっていき上へと伸ばした。
「こーんな風に眉間にシワばかり立てて不機嫌そうにしているレオに言われても説得力がないよ?」
「っ…! だれのせいだとっ!!」
美貌も相まって声を荒げたレオの凄みのある顔も、リチェには効かない。
これもまたいつものことなのだ。
「うんうん。不思議だよねー。僕も気ままでのんびり旅のつもりなんだけどね」
至極真っ当なことを言うように語るリチェ。
タチが悪いと、レオは重いため息を落とすのだった。
「ま、でも。ソアのことも、街の人たちのことも考えてくれるみたいだからね。彼は優秀な執政官だよ」
ゆるい笑みでもなく、真面目な硬い顔でもない。どこか安心したように遠くを眺めるリチェは穏やかな表情を浮かべた。
リチェの言うとおり道徳心はあるのだ。
一見すれば、実の両親の死を悲しまないなどと言う態度は冷徹に見せてしまうだろう。
しかし、育ての親とも言える老夫婦との間にあったのは愛情だったし、実の両親に対しても記憶が少ないながらも存在はしている。
リチャード・ダブスキーが画家名として使用している名”リチェ”は幼少の頃からの愛称である。
この愛称で呼ぶことを希望したのはリチェ自身である。
リチェに出会ってすぐ、レオは理由を問うた。
『なんか耳馴染みがいいんだよね。僕、そういう直感は大事にしたい性質の人間なんだ』
『は、はぁ…?』
その時はよくわからなかったが。リチェと月日を重ねてきて感じるのは、たぶん、両親から呼ばれていた愛称なのだろうと。
「そうだな。丸投げしたみたいだが?」
「僕の仕事は監督査察のみだからね!」
ゆるいからなんでも許すわけでもない。悪いことは悪いと行動を起こすことができる。
真面目だと言うリチェもまた、真面目なのだとレオは思う。ただし、面倒だなと思うことからはとことん避けるので周囲にいるレオたちはたまったものじゃないことも。
「さてと、これを描きあげた次はどっちの方角に行こっかなー」
肩の筋肉をほぐすように腕を空に向かって伸ばすリチェ。
「・・・そろそろ海の幸が食いたい」
いつも振り回されるのだから、これぐらい自分の希望は言っていいだろう。
「いいね。僕も久しぶりに食べたいかも」
リチェはそう言うと再び鉛筆をとった。
レオはその様子を見ながら、まだ時間がかかると見込み、頭の中で旅の算段を立てる。
次の街までまたしても長旅になることを踏まえ、食糧の買い足しと経路の確認が必要だ。
レオがあれこれと思考を巡らせていると、ふたたび懐かしい記憶に触れた。
『芸術は長く、人生は短し……つまり、人生楽しんだもん勝ちだと思わない?』
この放浪の旅をはじめる前、レオがリチェに言われた言葉。
予想外だったことも楽しんでしまうリチェとの旅は、レオにとって気苦労は絶えることはないが、騒がしくも愉快だと感じている自分がいることも確かだ。
『だからね、レオ。僕は、愉楽な旅を所望するよ』
…See you next journey!
ドタバタ騒がしく時々ゆる〜い、2人の旅まだまだ続きますが
ここで一区切りとさせていただきます!
タイミングなど合えばエピソードを追加しようと思います。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
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●芸術は長く、人生は短し
(Ars longa vita brevis)
古代ギリシアの医者ヒポクラテスの言葉が由来の慣用句です。




