一撃
マクシムの探偵行為は何の意味もなかったのではないか?
素朴な疑問をシラにぶつけられて、少しだけ浮かれていた自分が恥ずかしくなった。
そこでナタリアが軽く首を振りながら言う。
「いいえ、シラ、それは違いますわ。意味はあります」
「どういう意味?」
「本当に『W・D』様が正しいとは限りませんもの。手段を確定させておけば、何の根拠もなくカルメン大佐を非難するような愚は避けられますわ」
「でも、マクシムが正しいかどうかは分からない」
「そうですわね。ただ、仮説があれば指針になります。証拠を探す方向性も明確化しますわね」
「マクシムが間違っていたら?」
「誤っている場合は間違っていることで、更に手段を限定できます。やはり無意味ということはありませんわ」
「なるほど」
シラは納得したようだった。
そして、マクシムも少しだけホッとしていた。
何の意味もなかったわけではないとナタリアに言われて内心胸を撫で下ろす。
完璧ではなくとも良い。
ただ、ひたすらに遅かったというだけ。
不完全であっても、人は自分にできることを考え、行動するしかないのだ。
「でも、シラの言う通り、このままじゃ意味がないよね」
「マクシムはカルメン大佐を無力化したいとおっしゃっているのですわね」
「うん。これ以上は殺させないようにね。でも、相手は国内最高峰の魔法使いだから僕らでどうにかなるかな」
「それは……」
ナタリアは口ごもった。
彼女が口ごもった理由がマクシムにも分かった気がした。
おそらく、殺すだけならそう難しくない。
ナタリアが竜たちに命じれば良いだけだからだ。
最強の魔獣であれば、人間種の魔法使いなど敵ではない。
しかし、その場合は周囲にも甚大な被害が及ぶだろう。
そもそも、カルメン大佐が人殺し――しかも、連続殺人犯だとしても殺したくはなかった。
ナタリアに手を汚させたくないという面もあるが、どうしてこんなことをしたのか、納得できる理由があれば知りたかった。
もしかしたら、何か大切な意味があったのかもしれない。
たとえば、それらの殺人を犯さねば、もっとたくさんの人が死ぬというような事態、だ。
マクシムはとりあえず思いついたことを言う。
「僕が食べ物に麻痺毒を混ぜたらどうかな」
「おそらくですが、難しいのではないでしょうか。『W・D』様の評価を考えると、既にカルメン大佐は自分が犯人だと特定された想定で警戒態勢に入っていると思いますわ」
「とりあえず、会えるかどうかから試してみるのは?」
「マクシムの身の安全は最優先ですわ。ですから、制圧し対抗できるだけの武力は必須です」
考えてみると、強い相手を制圧するというのは非常に難儀なことだった。
単純に打倒することも難しいが、仮に打倒できたとしても確実に被害が生まれる。困る。
「参ったね。『案山子』だけでも厄介なのに」
「どちらかといえば、カルメン大佐だけでも厄介なのにという感じですわね」
「『案山子』ハセ・ミコトが現れて、全部説明してくれたら楽なのにね」
「『W・D』の方が説明してくれそうですわ」
マクシムはナタリアと共にため息を吐く。
ナタリアが思い出したように言う。
「そういえば、ひいおじい様が言っておりましたわ」
「何を?」
「『逃げられる時は戦うな。逃げられない時は迷わず戦え』と」
「それ、どういう会話の流れで言ったのさ?」
「戦うべきかどうかの判断が難しいというお話ですわ。今考えると『竜騎士』という立場から戦う機会は多いと考えていたのでしょうね」
「『料理人』アダム・ザッカーバードの件がなければ逃げても構わないんだろうけどさ」
「ひいおじい様の言う『逃げられない』はそういうケースもあるのかもしれませんわ」
「大切な人を守るためや目的をどうしても達成したいとき、かな。なるほどね」
マクシムたちの会話を聞いていたシラが言う。
「なら、今は逃げるべき」
「いやいや、目的を達成しないとさ」
「危険が迫っている」
「? どうしてさ、僕らを誰が狙っているというのさ」
「カルメン大佐」
マクシムはナタリアと顔を見合わせる。彼女が言う。
「そうですわ。そのカルメン大佐も、竜の報復があるからワタクシたちは安全だとおっしゃっていたではありませんか。手出しはできませんわ」
「そこがおかしい」
「おかしい、ですか?」
「カルメン大佐、警戒態勢」
「だね。もう犯人だとバレているとしたら、警戒していると思うよ」
「どうして受け身?」
「受け身ってどういう意味?」
シラの言葉でナタリアの顔色がみるみると変わる。その可能性は見落としていた、と。
「シラ、あなたが言いたいのは、カルメン大佐が攻勢に移る可能性があるということですわね?」
「そう」
そこまで言われてマクシムも気づいた。
竜の報復があるから安全だという認識は間違っていないのだろう。
だが、逆に言えば、後のことを気にしなければ、その前提条件は崩れるということだった。
「そうか! 竜の報復を恐れなければ、僕らは安全じゃないのか……!」
「うん」
「いや、でも、『W・D』は大丈夫だって」
「あいつが絶対に正しいとは限らない」
「それは、そうかもしれないけどさ」
それはまるで計算されたようなタイミングだった。マクシムが窓の外を見た瞬間、たまたま目撃してしまった。考える間もなかった。ただ反射的に動いていた。「ナタリア!」と叫ぶ間もなく、彼女に覆い被さる。彼女は何が起きているのか分かっていない。目を白黒させている。シラは獣人種特有の反応速度で、マクシムより速く地面に転がっている。内心でナタリアを優先したことを謝る余裕はあったが、それは不思議だった。まばたきほどの時間しかなかったはずなのに。その後に起きることを考えてマクシムは目を閉じる。
次の瞬間、攻撃魔法の一撃が、マクシムたちの部屋にぶち込まれた。




