告発の結末
──『士』と相反する組織にも情報を渡していた。
テルツァはそう言った。
正直、スパイ活動についてはマクシムも少しだけ考えていたし、その疑問を一度カルメン大佐たちにぶつけている。
だが、二重スパイということまでは想像していなかった。
ナタリアが驚いた顔のまま問いかける。
「テルツァさん、それは真実ですか?」
「本当よ。信じられない気持ちも分かるけどね」
「失礼ですが、正直に告白した意図を教えてくれませんか。どうしてワタクシたちに伝えたのですか?」
「アダルジーザとユーゴーが殺された。もうメイド天国は長くないでしょ」
それが根拠だ、とテルツァは自暴自棄的な口調で言った。
自分ももう長くないと覚悟しているようだった。
考えてみると開き直ったのか、余裕が見え隠れしている。
彼女は淡々と続ける。
「それに、あなたは『竜騎士』、つまり、英雄の子孫でしょ? 伝えておく方が良いと思ったの」
「……正直、ワタクシたちも何ができるか分かりませんわ。この連続殺人事件を止めることができるのか……」
「そこまで期待していないわ。『案山子』に狙われたら逃れることはできないもの」
そもそも、犯人はカルメン大佐だから『案山子』ではないはずだ。
マクシムはその疑惑を伝えるかどうか少しだけ迷ったが、却下する。
証拠がないし、この件は『W・D』に任せている。
それに、テルツァはこの犯行を『案山子』によるものだと確信しているようだった。
マクシムは代わりに確認する。
「これ、やっぱり、『案山子』の仕業なんですよね」
「そうだと思っているけど、それが?」
「いえ、偽物というか……」
「模倣犯を疑っているの?」
「そうです、はい」
「それはないわ。そもそも、呪詛を操って人を殺せる以上、それは『案山子』だわ。模倣の域を超えているでしょ?」
「やっぱり、犯行には呪詛が使われているんですか?」
「ええ、間違いない。私も確認したもの」
呪詛を満足に扱えないカルメン大佐が犯人だというのに、呪詛の使用が確認されている。
それは不可解な出来事だった。
カルメン大佐が嘘をついていて、『案山子』並みに呪詛蒐集が叶うとしたら筋は通るが、それでも疑問は残る。
どうしてカルメン大佐がそこまで強い呪詛蒐集能力者なのか、という謎だ。
前代の『案山子』ハセ・サトリに直接師事したテルツァですら、ずいぶんと弱い能力者なのだ。
英雄に並び立つとは考え難かった。
テルツァは紅茶を飲み干してから立ち上がる。
「じゃあ、私はもう伝え終わったから」
「少しお待ちください。肝心なことを聞いていませんわ」
「肝心なこと……ああ、二重スパイの?」
「そうです。『メイド天国』はどこの組織に情報を売り渡したのですか?」
ナタリアが引き留めたことで、テルツァはもう一度座った。
マクシムも訊ねる。
「そもそも、『士』に敵対した組織なんてあるんですか?」
「私は敵対した組織とは言ってないわ」
「えっと、じゃあ?」
「相反した組織と言ったの。『士』は外敵に備えているけど、その組織は主として内患に備えているの。相互補完しつつも上下関係が存在している」
テルツァは空になっていたカップに今一度口をつけて、それが空になっていることに気づいて苦笑する。そして、言った。
「メイド天国が情報を売り渡していた組織は――『与力』よ」
「『与力』って……!」
ナタリアは衝撃を受けているが、マクシムとしてはピンとこない。
『与力』は『士』の下部組織という話を聞いていただけだからだ。
一種の下克上だろうか。
なかなか、厄介な情報だった。
+++
テルツァはホテルを後にしながら先ほどの会話を思い出す。
『与力』に情報を売り渡したという話を聞いた『竜騎士』たちは目を丸くしていた。
「いや、どういう意味があるのさ、それ」
『竜騎士』の恋人だと思われる少年は首を傾げる。
あまり重大さを理解できていないのだろう。彼は続ける。
「意味ないでしょ。だって、協力関係にある組織なんですよね?」
「ええ、でも、『士』が一方的に協力を得る関係なの」
テルツァも詳しくは知らないので、概略だけを伝える。
「『士』の人間は超人揃い。でも、一般的な治安維持には人海戦術、つまり、人の数がモノを言う場合も多い。『与力』はあくまでも裏方。その辺りの不公平感で中には不満を持つものがいた、らしいわ」
「それで情報を明け渡したんですか?」
「ええ、情報は大切でしょ」
「それは分かりますけど、んー。二重スパイ……」
マクシムは納得しないまでも理解してくれたようだった。
『竜騎士』──ナタリアが口を開く。彼女の視線は鋭い。詰問する口調だ。
「実際、どんな情報を渡したのですか?」
「『士』の人間の個人情報とかね。私はあんまり関わっていなくて、アダルジーザがメインで、ユーゴーが補佐。あと、エンリコ社長が首謀者ね。ミッチェンはほとんど知らないはず」
「確かにそれはクリティカルな情報かもしれませんわね。情報を押さえることで立場を覆すつもりなのでしょうか……」
「そこまでは私には分からない。『士』の面々は超人であっても、所詮は人間だもの。たとえば、家族を脅すなり、情報を元に操るのは難しくないかもね」
「実際に何か動きはあるのでしょうか」
「さぁ。でも、私は知らないわ。でも、多分、動いてないと思うわ」
「そうですか」とナタリアは少し安心したようだ。
テルツァは嘘の説明をした。
嘘と言っても一点だけで、ほぼ真実だ。
テルツァはアダルジーザと同じくらいこの件に関わっていた。
どちらかというとエンリコ社長の共犯者と言うべき存在だった。
しかし、それは言わなかった。
それから二人と別れるまで知っている情報は全て明け渡した。
その情報をどうするかは彼らに任せようと思っていた。それはもう彼らの仕事だった。
テルツァはいつまで『案山子』に見逃していて貰えるかは分からなかった。
次の瞬間殺されるかもしれないという恐怖心がないわけではない。
ただ、まだ死ぬことはできない。
『案山子』の名前を広めるという約束を、前代の『案山子』ハセ・サトリとの約束を彼女はまだ忘れていなかった。
実際に狙われているとしても、いや、狙われているからこそ安全である可能性の高い『竜騎士』たちに伝えたかった。
そうすることでこれから行うことのインパクトが強くなるのだ。
テルツァは目的地へ移動した。
+++
ディアマンテは国内でも最も大きな駅がある。
複数路線が東西南北に向いているハブ駅として、さまざまな用途で使用されている。
大きなお店なども多く集まっているため、駅前広場の人通りも国内有数である。
テルツァはその広場のベンチに座り、少し時間を潰して待っていた。
人が行き交う姿を見て、時折口ずさむ。
案山子何故殺す
案山子は優しい
苦しいこの世から解き放つ
エンリコ社長にこの童謡を伝えたのは彼女だった。
その歌も、師匠である『案山子』ハセ・サトリに教えて貰っていた。
結婚をせず、子どももいないテルツァにとって、伝えるべき相手は仲間くらいだった。
それももう終わりだ。
帰宅時間帯になり、人通りが増えてきたところで準備が整った。
テルツァは大きな声で叫ぶ。
「『案山子』! 『案山子』のせいよ!」
周囲は「なんだ、こいつは?」という目で見ている。立ち止まる者が増える。視線を集める。
その視線を意識しながらテルツァは更に叫ぶ。
「私は今から殺される! それは全て『案山子』のせいなの!」
髪を掻きむしり、腕を振り回し、半狂乱になって叫び続ける。
それは演技だったが、本気でもあった。
遠巻きにしながらテルツァを見る群衆。
テルツァは呪詛蒐集能力で、ヒトガタを作り上げる。
それは人生最期のヒトガタ──テルツァを模している。
人間大のサイズがあったが、それは一般人には見えない。
当然だが、呪詛は隠すことも見せることも可能だった。
「ああああ! 怖い怖い怖い怖い!」
テルツァは叫びながら――振り回した右手でヒトガタの胸を一突きした。
激痛。
言葉通り、胸を貫くほどの痛みを覚えていた。
血を吐きながら胸元を見ると、ヒトガタと同じ個所、同じサイズの空洞ができていた。
そのまま前のめりに倒れる。
流血が、生暖かい血が体の下を広がっていく。
テルツァは死を意識した。
それは案外甘美なものだった。
痛みが消えていく。
ゆっくりと視界が暗くなる。
周囲の人間が悲鳴をあげている。
『案山子』に殺された! という声もある。
彼女は人間大のサイズのヒトガタは作れなかった。
何故ならば、才能が不足していた。
だから、『案山子』にはなれなかった。
ただし、一つだけ例外がある。
自分自身のものは――実寸大のヒトガタが作成できたのだ。
可能だったからこの計画を考えた。
すなわち、殺される前に死ぬ。
死刑宣告を受けた受刑者が、死刑前日に首をくくる――その気持ちがテルツァにはよく分かった。
待つということは苦痛が伴うのだ。
誰かに選択権を奪われることはそれくらい辛いことなのだ。
自殺を決心してからようやく余裕が生まれたくらいだ。
だが、それはこの呪詛を用いた自殺の本題ではない。
テルツァは最期の最期に微笑んだ。
本物の『案山子』に殺される前に人前で死ぬ。
それがテルツァの考え。
『案山子』の存在を証明する。
悪評という形で、約束を果たすための選択だった。




