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七人目の勇者はなぜ仲間に殺されたのか?  作者: はまだ語録
第3部 全てのヒトガタを呪う者『案山子』
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告発の結末


 ──『さむらい』と相反する組織にも情報を渡していた。


 テルツァはそう言った。

 正直、スパイ活動についてはマクシムも少しだけ考えていたし、その疑問を一度カルメン大佐たちにぶつけている。

 だが、二重スパイということまでは想像していなかった。

 ナタリアが驚いた顔のまま問いかける。


「テルツァさん、それは真実ですか?」

「本当よ。信じられない気持ちも分かるけどね」

「失礼ですが、正直に告白した意図を教えてくれませんか。どうしてワタクシたちに伝えたのですか?」

「アダルジーザとユーゴーが殺された。もうメイド天国(うちの会社)は長くないでしょ」


 それが根拠だ、とテルツァは自暴自棄的な口調で言った。

 自分ももう長くないと覚悟しているようだった。

 考えてみると開き直ったのか、余裕が見え隠れしている。

 彼女は淡々と続ける。


「それに、あなたは『竜騎士』、つまり、英雄の子孫でしょ? 伝えておく方が良いと思ったの」

「……正直、ワタクシたちも何ができるか分かりませんわ。この連続殺人事件を止めることができるのか……」

「そこまで期待していないわ。『案山子』に狙われたら逃れることはできないもの」


 そもそも、犯人はカルメン大佐だから『案山子』ではないはずだ。

 マクシムはその疑惑を伝えるかどうか少しだけ迷ったが、却下する。

 証拠がないし、この件は『W・D』に任せている。

 それに、テルツァはこの犯行を『案山子』によるものだと確信しているようだった。

 マクシムは代わりに確認する。


「これ、やっぱり、『案山子』の仕業なんですよね」

「そうだと思っているけど、それが?」

「いえ、偽物というか……」

「模倣犯を疑っているの?」

「そうです、はい」

「それはないわ。そもそも、呪詛を操って人を殺せる以上、それは『案山子』だわ。模倣の域を超えているでしょ?」

「やっぱり、犯行には呪詛が使われているんですか?」

「ええ、間違いない。私も確認したもの」


 呪詛を満足に扱えないカルメン大佐が犯人だというのに、呪詛の使用が確認されている。

 それは不可解な出来事だった。

 カルメン大佐が嘘をついていて、『案山子』並みに呪詛蒐集が叶うとしたら筋は通るが、それでも疑問は残る。

 どうしてカルメン大佐がそこまで強い呪詛蒐集能力者なのか、という謎だ。

 前代の『案山子』ハセ・サトリに直接師事したテルツァですら、ずいぶんと弱い能力者なのだ。

 英雄に並び立つとは考え難かった。

 テルツァは紅茶を飲み干してから立ち上がる。


「じゃあ、私はもう伝え終わったから」

「少しお待ちください。肝心なことを聞いていませんわ」

「肝心なこと……ああ、二重スパイの?」

「そうです。『メイド天国』はどこの組織に情報を売り渡したのですか?」


 ナタリアが引き留めたことで、テルツァはもう一度座った。

 マクシムも訊ねる。


「そもそも、『士』に敵対した組織なんてあるんですか?」

「私は敵対した組織とは言ってないわ」

「えっと、じゃあ?」

「相反した組織と言ったの。『士』は外敵に備えているけど、その組織は主として内患に備えているの。相互補完しつつも上下関係が存在している」


 テルツァは空になっていたカップに今一度口をつけて、それが空になっていることに気づいて苦笑する。そして、言った。


「メイド天国が情報を売り渡していた組織は――『()()』よ」

「『与力』って……!」


 ナタリアは衝撃を受けているが、マクシムとしてはピンとこない。

 『与力』は『士』の下部組織という話を聞いていただけだからだ。

 一種の下克上だろうか。

 なかなか、厄介な情報だった。


   +++


 テルツァはホテルを後にしながら先ほどの会話を思い出す。

 『与力』に情報を売り渡したという話を聞いた『竜騎士』たちは目を丸くしていた。


「いや、どういう意味があるのさ、それ」


 『竜騎士』の恋人だと思われる少年は首を傾げる。

 あまり重大さを理解できていないのだろう。彼は続ける。


「意味ないでしょ。だって、協力関係にある組織なんですよね?」

「ええ、でも、『士』が一方的に協力を得る関係なの」


 テルツァも詳しくは知らないので、概略だけを伝える。


「『士』の人間は超人揃い。でも、一般的な治安維持には人海戦術、つまり、人の数がモノを言う場合も多い。『与力』はあくまでも裏方。その辺りの不公平感で中には不満を持つものがいた、らしいわ」

「それで情報を明け渡したんですか?」

「ええ、情報は大切でしょ」

「それは分かりますけど、んー。二重スパイ……」


 マクシムは納得しないまでも理解してくれたようだった。

 『竜騎士』──ナタリアが口を開く。彼女の視線は鋭い。詰問する口調だ。


「実際、どんな情報を渡したのですか?」

「『士』の人間の個人情報とかね。私はあんまり関わっていなくて、アダルジーザがメインで、ユーゴーが補佐。あと、エンリコ社長が首謀者ね。ミッチェンはほとんど知らないはず」

「確かにそれはクリティカルな情報かもしれませんわね。情報を押さえることで立場を覆すつもりなのでしょうか……」

「そこまでは私には分からない。『士』の面々は超人であっても、所詮は人間だもの。たとえば、家族を脅すなり、情報を元に操るのは難しくないかもね」

「実際に何か動きはあるのでしょうか」

「さぁ。でも、私は知らないわ。でも、多分、動いてないと思うわ」

「そうですか」とナタリアは少し安心したようだ。


 テルツァは嘘の説明をした。

 嘘と言っても一点だけで、ほぼ真実だ。

 テルツァはアダルジーザと同じくらいこの件に関わっていた。

 どちらかというとエンリコ社長の共犯者と言うべき存在だった。

 しかし、それは言わなかった。

 それから二人と別れるまで知っている情報は全て明け渡した。

 その情報をどうするかは彼らに任せようと思っていた。それはもう彼らの仕事だった。

 テルツァはいつまで『案山子』に見逃していて貰えるかは分からなかった。

 次の瞬間殺されるかもしれないという恐怖心がないわけではない。

 ただ、まだ死ぬことはできない。

 『案山子』の名前を広めるという約束を、前代の『案山子』ハセ・サトリとの約束を彼女はまだ忘れていなかった。

 実際に狙われているとしても、いや、狙われているからこそ安全である可能性の高い『竜騎士』たちに伝えたかった。

 そうすることで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 テルツァは目的地へ移動した。


   +++


 ディアマンテは国内でも最も大きな駅がある。

 複数路線が東西南北に向いているハブ駅として、さまざまな用途で使用されている。

 大きなお店なども多く集まっているため、駅前広場の人通りも国内有数である。

 テルツァはその広場のベンチに座り、少し時間を潰して待っていた。

 人が行き交う姿を見て、時折口ずさむ。


 案山子何故殺す

 案山子は優しい

 苦しいこの世から解き放つ 


 エンリコ社長にこの童謡を伝えたのは彼女だった。

 その歌も、師匠である『案山子』ハセ・サトリに教えて貰っていた。

 結婚をせず、子どももいないテルツァにとって、伝えるべき相手は仲間くらいだった。

 それももう終わりだ。

 帰宅時間帯になり、人通りが増えてきたところで準備が整った。

 テルツァは大きな声で叫ぶ。


「『案山子』! 『案山子』のせいよ!」


 周囲は「なんだ、こいつは?」という目で見ている。立ち止まる者が増える。視線を集める。

 その視線を意識しながらテルツァは更に叫ぶ。


「私は今から殺される! それは全て『案山子』のせいなの!」


 髪を掻きむしり、腕を振り回し、半狂乱になって叫び続ける。

 それは演技だったが、本気でもあった。

 遠巻きにしながらテルツァを見る群衆。

 テルツァは呪詛蒐集能力で、ヒトガタを作り上げる。

 それは人生最期のヒトガタ──()()()()()()()()()()

 人間大のサイズがあったが、それは一般人には見えない。

 当然だが、呪詛は隠すことも見せることも可能だった。


「ああああ! 怖い怖い怖い怖い!」


 テルツァは叫びながら――振り回した右手でヒトガタの胸を一突きした。

 激痛。

 言葉通り、胸を貫くほどの痛みを覚えていた。

 血を吐きながら胸元を見ると、ヒトガタと同じ個所、同じサイズの空洞ができていた。

 そのまま前のめりに倒れる。

 流血が、生暖かい血が体の下を広がっていく。

 テルツァは死を意識した。

 それは案外甘美なものだった。

 痛みが消えていく。

 ゆっくりと視界が暗くなる。

 周囲の人間が悲鳴をあげている。

 『案山子』に殺された! という声もある。


 彼女は人間大のサイズのヒトガタは作れなかった。

 何故ならば、才能が不足していた。

 だから、『案山子』にはなれなかった。

 ただし、一つだけ例外がある。

 自分自身のものは――実寸大のヒトガタが作成できたのだ。

 可能だったからこの計画を考えた。


 すなわち、()()()()()()()()


 死刑宣告を受けた受刑者が、死刑前日に首をくくる――その気持ちがテルツァにはよく分かった。

 待つということは苦痛が伴うのだ。

 誰かに選択権を奪われることはそれくらい辛いことなのだ。

 自殺を決心してからようやく余裕が生まれたくらいだ。

 だが、それはこの呪詛を用いた自殺の本題ではない。

 テルツァは最期の最期に微笑んだ。


 本物の『案山子』に殺される前に()()で死ぬ。


 それがテルツァの考え。

 『案山子』の存在を証明する。

 悪評という形で、約束を果たすための選択だった。

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