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七人目の勇者はなぜ仲間に殺されたのか?  作者: はまだ語録
第3部 全てのヒトガタを呪う者『案山子』
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来訪者

 名探偵である『W・D』は推理において全く頼りにならなかった。

 あまりにも根拠がなくて、ユーゴー殺害の犯人が本当にカルメン大佐なのか、マクシムは半信半疑だった。

 マクシムは無駄だと思いつつ、一応訊ねる。


「犯人はカルメン大佐って言うけどさ、その動機は分かっているの?」

「分からないぜ」

「名探偵……」

「調べるしかない──いや、とりあえず、待てば良いぜ」

「待つ? 待つって何を?」


 『W・D』は答えることなく、そのまま床で休み始めた。目を閉じ、小さくなる。

 ホテルのマクシムの部屋である。

 高級なだけあって、ベッドはダブルだし、ソファーも一流のものが備え付けられている。

 (どうして床にいるんだろう、犬だからかな)とマクシムが考えていると──トントンとノックの音がした。

 『W・D』がのそりと顔を起こしながら言う。


「来たな」


 マクシムはナタリアと顔を見合わせる。ルームサービスや掃除は頼んでいない。一体、誰が訪ねて来たのか心当たりがなかった。まさか、『(さむらい)』の人間? カルメン大佐だろうか?

 マクシムは警戒しながら扉を開ける。

 そこにいたのは、明らかにホテルの女性従業員だった。


「えーっと。どうしましたか?」

「ルームサービスのティーセットをお持ちしました」

「いえ、頼んでませんけど……」

「え、そんなことは――」


 従業員は部屋番号を見て、メモを見て、混乱している。

 マクシムはそれ以上の会話は止める。

 何となく押し問答は無駄だと思ったので、「ありがとうございます」と礼を言い、デザートとティーセットを受け取った。

 カップは四人分だった。

 そして、その時、()()が言った。


「頼んだのは自分であります!」


 マクシムとナタリア、シラの三人は一斉に声の聞こえた方向──部屋の奥を振り返った。

 そこにいたのは()()()()()()()()

 彼はゆったりとソファーに座ってくつろいでいた。

 マクシムは驚いて目を見開く。

 それはナタリアやシラも同様だった。


「一体、いつ、いや、どうやって」


 ヒトトセ・リョウはにっこりと笑う。


「何のことでありますか?」


 とぼけるヒトトセ・リョウに「何のこと、じゃないぜ」と『W・D』が立ち上がりながら言う。

 ヒトトセ・リョウは目を丸くする。


「え」

「大したトリックじゃないぜ。動揺するな」

「い、犬が喋ったでありますか!?」


 『W・D』はヒトトセ・リョウの驚きを無視して言う。


「入り口に人が来た、そちらに意識を集中させている間に窓から侵入した。それだけだぜ」

「どうしてそんなことをするのさ。ここ最上階だよ」

「最上階はルーフバルコニー付き特別プランだ。その気になれば最も入りやすいぜ」

「いや、そうかもしれないけど……」

「相手の意表を突いて、主導権を握る。それだけだろう。大した意味はないぜ」


 そして、相手の意図を叩き潰した結果、『W・D』が主導権を握っていた。

 彼が床で寝そべっていたのも、ヒトトセ・リョウから見えないように低い体勢になるためだったのか、とマクシムはようやく意図を理解した。

 ただ、どうしてヒトトセ・リョウがこの部屋を知っていて、このタイミングで現れることが読めたのか、それは分からなかった。

 それこそ、名探偵だから、という答えで説明は済むと思ってしまいそうだ。

 ヒトトセ・リョウは少し赤くなりながら言う。


「いやいや、それよりも喋る、犬!」

「うるさいぜ。俺のことを犬犬言うんじゃないぜ、人」


 ヒトトセ・リョウは口をパクパクさせながら何も言い返せなくなっている。

 完全に名探偵の勝ちだ。

 『W・D』はマクシムたちに言う。


「いいから早く座れよ。『案山子』の話をしてくれるんじゃないか」


   +++


「今回の殺人について『案山子』は関与してないであります」


 ヒトトセ・リョウはそう言った。

 『W・D』のことは自分の中で折り合いがついたのか、もう触れなかった。

 ティーセットは彼の手ずからお茶を淹れた。

 マクシムたちは少しだけ警戒して飲むことに躊躇したが、ヒトトセ・リョウは美味しそうに飲み始めた。警戒が馬鹿らしくなり、四人でお茶を口にしてから、彼はそう切り出したのだ。

 ──今回の。

 つまり、ユーゴーの殺人事件についてだろう。

 しかし、どこでその情報を仕入れたのか、それも不明だった。

 『W・D』は言う。


「知っているぜ」

「え?」

「それより、だ。俺としてはあんたの正体が気になるぜ」

「自分は『案山子』の名代であります」

「ふーん。そういうことか。なるほど。分かったぜ」


 『W・D』はそれで全てを納得したのか、ひとつ頷いた。

 そのまま『W・D』は再び目を閉じて休み始めた。

 マクシムは唖然とする。


「え、あの『W・D』さん?」


 『W・D』は面倒くさそうに片目を開けてボソッと言う。


「……お前らはお前らで聞きたいことを聞け。どうせ向こうの目的はもう終わっている」

「もう終わっている? どう意味さ」

「ああ。ユーゴーの殺人に『案山子』が無関係って話が伝えたいだけだぜ。もう俺に知りたいことはない」


 だから、休むと言ってから再び『W・D』は目を閉じてしまった。

 もう事件の全貌を掴んでしまったというのか、あの会話だけで。

 いや、マクシムが経緯も伝えてはいるが、つまり、それは同じだけの情報はこちらも持っているということだ。

 これが名探偵。

 マクシムは驚きながらも、今自分にできる最大限の原因究明を行おうと思う。


「ヒトトセさん。ひとつ質問して良いですか」

「はいであります!」

「どうしてあなたは僕らにコンタクトを取るんですか」

「? どういう意味でありますか」

「『案山子』は人を殺していないんですよね」

「はいであります。『案山子』はもう人殺しではないであります」

「じゃあ、そもそも、僕らのところに出てこなかったら良いじゃないですか」


 そう、本当に『案山子』が無関係なら無視するのが一番なのだ。

 ヒトトセ・リョウの行動は疑われる切っ掛けを作っているようだと、マクシムは感じていた。

 ヒトトセ・リョウは少しだけ苦笑しながら言う。


「それは『竜騎士』たちが途中から参加しているから、そう考えるでありますよ」

「途中? どういう意味ですか?」

「既に『案山子』が疑われている状況に、あなたたちが参戦してきたのであります」


 ヒトトセ・リョウはゆっくりと、噛むようにして説明をする。


「現在の『案山子』の関与が疑われている殺人事件は現在時点で七件あります。

 あなたの知るのはユーゴーと『メイド天国』従業員のアダルジーザの件だけかもしれませんが、『案山子』の関与が疑われている事件は、それ以前にも五件も起きています。密室殺人や不可能殺人も『案山子』なら可能。呪詛が観測されているのが根拠。そういう疑惑です。自分は『案山子』の疑いを晴らすために動いているであります」

「そうなんだ。じゃあさ、『案山子』に会わせてよ。それでずいぶん解決するからさ」

「それは無理であります」

「秘密主義が疑いを濃くしていると思うんだけどなぁ……」


 マクシムは後頭部を掻きながらぼやく。

 そこでナタリアが提案する。


「それではこちら側の重要人物と会うというのはいかがでしょうか」

「『案山子』は無理であります」

「いえ、ヒトトセ・リョウ様。あなたに提案しています。会うのはあなたですわ」

「自分で、ありますか……?」

「ええ。疑いを晴らしたいのであれば、コミュニケーションを取り、誤解を取り除くことが一番の近道だと思いますから」


 ヒトトセ・リョウはナタリアの提案に驚いたようだった。


「自分……。なるほど。それなら大丈夫であります」


 ヒトトセ・リョウは頷いた。

 あまりにもあっさりとした態度でナタリアは驚いた。念押しの意味で確認する。


「一応、『案山子』ハセ・ミコト様に確認された方がよろしいのではありませんか?」

「いえ、自分の行動については裁量がありますから大丈夫であります。それで、自分は誰と会えば良いでありますか?」


 ナタリアはマクシムに頷いた。

 マクシムが彼女に代わって提案する。


「ダメだったら言ってくださいね。というか、こちらもアポを取っているわけではないので、断られる可能性がありますが……」

「構わないであります。あなたが言う通り、自分も歩み寄りは必要だと思うであります」

「ありがとうございます。会って欲しいのはメイド天国従業員のミッチェンさんです」

「分かりました。会いましょう」


 ヒトトセ・リョウはこの件を快諾した。

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